最下層の迷宮主は、救援信号で仲間を集める 第5話「第四章」
ジグは暗闇の真ん中で、自分の手の平を見つめていた。そこにはかつて、自分が振るったはずの魔力の痕跡は残っていない。焼け焦げたように平然と、まるで違う人間の掌のように乾いている。その感触が、彼の胸にいつまでも冷たい影を落としていた。
ジグは暗闇の真ん中で、自分の手の平を見つめていた。そこにはかつて、自分が振るったはずの魔力の痕跡は残っていない。焼け焦げたように平然と、まるで違う人間の掌のように乾いている。その感触が、彼の胸にいつまでも冷たい影を落としていた。
彼はかつて、斥候として誇り高かった。洞窟の呼吸を読むように地面の息遣いを掴み、微かな気配を断ち、仲間を先導してきた。だが採掘組合の連中が入ってきたとき、魔力経路は荒らされ、彼の術は言葉を失った。焼けた地下は反応を返さず、彼の魔法だけが空白になった。仲間は彼を「役立たず」と呼び、指差した。ジグはその日以降、足音を聞いても何も判じられない自分に苛まれ、声をあげられなくなった。
今は違った。膝の上で砂が滑る音も、遠くで滴る水の弾ける間隔も、すべてが彼の中でずらりと並んでいる。違いは、外から与えられたことだった。ルウの約束だ。彼が一つの約束を受け入れたのだ——「仲間の足音を見失わない」。その代償が何か、ジグは知っていた。約束は一人につき一つだけ。取り消しも取り替えもできない。だが選択肢があること自体が、彼には希望だった。
「ジグ、どうだ? 行けるか?」エナの声が低く、確かなトーンで通路に落ちる。彼女はいつもより厳しく、しかし依然として皆を守る盾であり続けている。足元の傷ついた仲間が微かに呻いた。モルクは鼻を鳴らし、前足で地面を掻いた。誰もが疲れていた。だが退くことは許されない。
ジグは一度深く息を吸い、瞼を閉じた。世界は暗闇だ。だが彼の中に新しい地図が生まれつつあった。目を閉じた視界の奥底で、白い円が軸になって現れる。――足音の円。最初はぼんやりした光輪だったが、瞬く間に数を増やし、左右に散り、遠近を表して並んだ。円は小石が水面に落ちるように震え、にわかに一定のリズムを刻み始める。
描写するなら漫画の一コマ目のようだ。ジグの瞼の裏に浮かぶ白い円が、彼の周囲を同心円状に広がり、仲間の位置がその中で点として灯る。だがそれは単なる視覚ではない。鼓膜の裏で低く鳴る、地盤の微かな振動が輪に色を与える。彼は目を開けると、無表情に前方を指差した。
「ここ、左だ。ゆっくり、三歩目で曲がれ」彼の声は細いが確かだった。エナが首を傾げ、ジグが一歩先へ出る。床は湿っていて足を取られそうだったが、ジグの足取りは確かだ。彼は音の差異で床の厚みを判断し、菌床の反応で落下罠の位置を推定した。ルウの与えた感覚は、彼の過去の知識と合わさって働く。魔法が消えたと自分を責めた日々が、今こうして生かされる瞬間が来るとは、ジグは思ってもみなかった。
通路が二股に分かれる。片方は狭く、壁面に古い赤い符が浮かび上がる。もう一方は広いが床が浅く抉れている。エナは一瞬迷った。その迷いの中で、ジグは小さく舌打ちをし、脳裏に浮かんだ足音の輪を頼りに決める。狭い方の壁に濃い振動が走っている。そこには、誰かが二列で歩くような複合的なリズムがあった。広い方は不規則だ。ジグは声を張る。
「狭い方、注意して。矢の仕掛けがある。三歩目で膝を落とせ!」
エナは反射的に軍律を整え、負傷者の体を揺らさぬよう皆へ指示を送った。彼女の盾が一振りで矢を受け止めることはできない。だが彼女はジグの声を信じた。彼の言葉はかつての自信の欠片を運んでいる。彼らは列を狭め、息をひそめて歩いた。矢はまるで壁から伸びた枝のように襲ってきたが、一列ずつが膝を落とし、矢はやがて頭上を越えた。
矢が過ぎ去る瞬間、ジグはふいに別のリズムを拾った。矢の唸りと同時に、遠くの方から硬質な、規則的な鼓動が伝わる。機械的な刻みだ。人間の足音とは異なる、金属が打ち鳴らされるような音。彼の内側の円はすっと伸び、輪の一つが無機質な青白さで染まった。
「……それ、機械だ」彼は低く呟く。声は誰にも届くようで届かない。エナが顔をしかめ、モルクが頭をかしげる。だがジグはその違和感で全身を引き締めた。機械の鼓動は、ここ数日のうちに誰かが地下で働いていることを示していた。採掘機のような規則的な打撃音は、自然の生態系が作る裂け目とは似つかわしくない。
ルウの約束が彼に与えてくれたのは、仲間の足音を「捉える」能力だった。歩く人物と、足場の性質、そして遠くから染み入る物音の質。それは魔力ではないが、彼にとっては事実上の第二の眼であった。しかも、この感覚は彼にしか届かない。ルウは誰にも同じ光輪を映さない。ひとりだけへの貸与。それが意味する孤独さも、ジグは知っていた。しかし彼は今、その孤独を盾にして立っている。
「エナ、ここで待て。一行分の距離を保て」ジグは促す。エナは眉根を寄せたが、ジグの確信に押されて頷く。負傷者はうめきながらも静かに身を委ねる。彼らは壁に沿って、音が薄い方へと堀割を進んだ。ジグは自ら先導し、足裏の微かな違和感を頼りに歩を調節する。彼が踏む地点一つひとつが、仲間の安全を左右する。かつて魔術で道を切り開いた自分を思い出し、そして今はただの足音だけで同じ仕事をしていることに、妙な安堵が湧いた。
やがて彼らは開けた広間に出た。天井は高く、古い灯りの跡が縦に残っている。空気は少しだけぬるい。そこは採掘者たちが通ったらしい足跡でざらついていた。ジグの輪は広がり、白い点が四、五個重なる。人間の足取り。彼は息を潜め、体を低くして囁いた。
「二つの列だ。規則が揃っている。採掘側の隊列だと思う。左側の列が前に出る。三十歩くらいで何かを始めるだろう」
エナが歯を食いしばる。ジグはその予測に合わせて隊列を引き返す案を出すつもりだったが、負傷者の呻きが不意に大きくなった。彼女の一人が乱暴に息を吐く。時間がない。そこでジグは決断する。彼は仲間を置いて待つ選択肢もあった。ルウを呼んで待つこともできた。だがジグはもう、誰かの命が彼の迷いによって縮むのを見るのは耐えられなかった。
「行く。私が先導する。ルウを待たせない」彼は声を強くし、エナの目を真っ直ぐ見た。そこにあるのは不安ではなく、動かざる決意だった。
エナは戸惑いを隠せなかったが、仲間の顔を見回す。負傷者の一人が冷たい額を汗で濡らしている。彼女は自分の盾を強く握り、頷いた。「分かった。ジグ、案内してくれ。だが無茶はするな」
ジグは頷き、前へ出た。白い輪が彼の足元で激しく跳ね、仲間の位置が小さな光点として並ぶ。彼は意識を内向きに集中し、地面の呼吸に耳を澄ます。鼓動はやがて遠ざかる規則性を保ったまま、だがはっきりと向きを示した。彼は斜め右へ進路を取る。そこは天井が低く、古い水脈が流れていると踏んだ。水脈は機械の足取りを狂わせるはずだ。
彼らが角を曲がる瞬間、突如として床が唸り、地面が半拍遅れて沈んだ。罠だ。鉄の杭が上がりかけ、砂煙と共に金属の香りが立ちのぼる。ジグは瞬時に足を滑らせ、仲間に叫んだ。
「膝だ! 前を見ろ!」
皆が指示に従い、身体を低くして地面を這う。尖った杭は脛元を掠め、鋭い金属音が静寂を破る。ジグの胸は激しく高鳴った。もし彼が遅れていたら、誰かが傷を増やしただろう。動悸のさなかに、ジグは自分の手を見た。震えている。だがそれは恐怖ではなく、確かな実感だった――この手が、誰かの道をつくっている。
広間を抜けると