鍛星のクラフト・レゾナンス 第12話「第十一章 折れる理由」
鉱山の坑道に、静けさのようなものが降りてきた。歓声も、機械の断続的な唸りも、さっきまで共に鳴っていた四人の鼓動すら、遠くで細くなる。連環剣を鞘に収めたカナタは、薄い汗で掌が滑るのを感じながら、刃の残り香のような金属の余韻を耳に探した。星鉄の声はまだくすぶっている。だがその色合いに、ふたつの違和感が混じっている。ひとつは――外から来る何かの干渉、もうひとつは、仲間の胸の内側から波打つ不穏な波であった。
鉱山の坑道に、静けさのようなものが降りてきた。歓声も、機械の断続的な唸りも、さっきまで共に鳴っていた四人の鼓動すら、遠くで細くなる。連環剣を鞘に収めたカナタは、薄い汗で掌が滑るのを感じながら、刃の残り香のような金属の余韻を耳に探した。星鉄の声はまだくすぶっている。だがその色合いに、ふたつの違和感が混じっている。ひとつは――外から来る何かの干渉、もうひとつは、仲間の胸の内側から波打つ不穏な波であった。
「――来るぞ」
言葉はガルドのものだった。彼の声は低く、坑道の湿った岩肌に反射して重く沈む。リノは矢筒から矢を抜き、弦を手の中で確かめた。セイアは無言で手を胸に当て、目を閉じたまま祈るのでもなく呼吸を整えている。三人の身体は戦いの余燼にあるはずなのに、どこかぎこちない。カナタにはその原因がわかった。術的な何かが、彼らの過去と恐れをねじ曲げている。
最初に襲ってきたのは視界の変化だった。坑道の空気が突然濃密に色づき、周囲の色彩が鋭くなった。リノの周囲は風の青が異様に深くなり、矢羽根の先に黒い影が集まっている幻が見えた。ガルドの拳からは火色の残像が延び、かつて封じた力が暴走寸前の熱を帯びる。セイアの手から零れ落ちる光は、ひび割れた骨と血の影を伴っていた。カナタの視界には――彼のかつてのオフィスの蛍光灯が割れる映像が差し込む。粉塵の中で誰かが倒れ、彼は慌てて「大丈夫だ」と繰り返す。だが言葉は薄く、事態は取り返しのつかない方向へ進んでいく。
幻覚は音も伴っていた。遠くから金属をこするようなうめき声が聞こえ、弦がプツリと切れる音、誰かが呻くような低い濁流。ヴァルクの声は直接聞こえない。だが、それを仕掛けているのは彼だとカナタは確信していた。審査官の操る星鉄の微弱な共鳴が、記憶と決意の核を揺さぶる。彼の狙いは明らかだ。連環剣の最も脆いところ、仲間同士の信頼の糸を断ち切ること。
「リノ、後ろ!」誰かが叫んだ。だがリノは矢を放たず、手を引っ込めた。矢は弦を離れる前に止まり、指先で震えている。ガルドは全力で腕を振り上げるが、途中で腕を引く。セイアの顔は真っ青になり、手の中の光がちらついては弱まる。四人の手が剣の柄に触れた瞬間、刀身が低い音を立てた。殊更に聞こえたわけではない。だがその音が、心臓の奥に直接響いた。
金属の表面に、細い亀裂が走る。最初は髪の毛一本ほどの線だった。それが波紋のように広がり、刃の中心を裂く。連環剣は、仲間の結びつきが揺らぐたびにそうしてひび割れてきた。あのときとは違う光景だ。さっきの戦いの疲労を乗り越えたはずの彼らが、自分たちの足元で互いを疑う。刃はそれを見逃さない。
カナタの胸に鋭い痛みが刺さった。彼の頭の中で、金属の声がまるで叫んでいる。仲間の決意の断片が、まだ形のついていない調べが、一斉に彼の内部へ流れ込み始めたのだ。共鳴鍛造の能力は、素材だけでなく人の心の音を拾う。だが今はそれが逆流し、真実と偽りの境界をぶち壊しながら流れ込んでくる。カナタは重い目まいを覚え、膝の奥がふわりと落ちるのを感じた。
「カナタ、顔色が……!」セイアの声が遠い。彼はカナタの横顔を見て、ただちに手を伸ばそうとする。だが、そこにも偽りの影が差し込んでいた。セイアの胸の奥には「誰も代償を知らないままに助けを得る」という幻像が押し付けられている。彼はそれに激しく怯え、カナタから手を引いた。
カナタは本能的に、言葉を探した。かつての営業時代、彼は千通りの安心を作り上げる術を覚えた。トラブルは言葉で包める、数字は説明で滑らかになる、人は正しい言い方さえされれば動いてくれる――そう信じていた。だが今、どんなに美しい言葉を紡いでも、それは薄っぺらな布切れにしかならない。彼の言葉は幻覚の共振を洗い流せなかった。仲間の目は、カナタが作る安全網を貫いて、滲む不安へと刺さる。
「皆、聞いてくれ。落ち着いて──」カナタは焦って言葉を継いだ。いつもの滑るような口調で、事実を整理し、責任の所在を分割し、最適解を提示しようとする。だが言葉が出るたびに、彼の胸は鋭くえぐられるような痛みに襲われる。仲間の内側の重さが、彼の体にのしかかってくるのだ。これは能力の代償だ。彼は他人の本音を受け止めるほど、精神に傷がつく。営業で鍛えた「取り繕う技術」は、他人の痛みを肩代わりするためではなかった。ここで通用しないことを、身体が叫んでいる。
カナタは口を噤んだ。言葉は、もう内側からは出なかった。代わりに、彼は過去の一枚の映像を思い出した。白い蛍光灯の下で、納期表を指差している自分。技術者が青ざめた顔で「無理です」と言ったとき、彼が言い放った──「皆で頑張れば届きますよね。」その言葉の裏で、誰かが機械の軸に手を挟んだ。止まれなかった。止める権限を持っていながらも、目の前の数字を守ることに必死になっていた。あのときの選択が、彼の胸を今でも刺している。
「それは──お前のせいだって言うのか?」
リノの声は思い切り尖っていた。矢尻を指先で握る手に力がこもる。幻覚は彼女に「自分だけ逃げた」というイメージを強烈に見せている。小さい頃から風を読むことで世界の危険を察知してきた彼女は、逃げるという選択が自分の本能であることを恐れていた。そこへヴァルクの幻影は容赦なく侵入した。
カナタは耳鳴りの中で微笑もうとしたが、笑いは顔の筋肉を引きつらせるだけだった。言葉はいらない。今、必要なのは整った口調でも、説得のテクニックでもない。彼は胸の奥にある滑らかな言い訳を切り捨て、自分が見てきた真実を、そのまま語ることにした。
「違う。全部、俺のせいだ」カナタは声を落とした。声は荒れ、喉の奥を掠る。だがその一語一語は、どこか暖かさを含んでいた。「前の世界で、俺はよく言葉を作って、事を丸めてきた。いろんな合意を取り付けるのは得意だ。でも、それで誰かが苦しむのを見落とした。部下が疲れて倒れたのに、俺は数字を守ることを優先した。言い訳を並べるのも簡単だった。だけど――それで、誰の痛みも減らなかった。むしろ増やした。だから、ここで同じことはしない。言葉で『大丈夫』って言って終わりにするつもりはない。もしここで誰かが代償を負うなら、俺も一緒に背負う。約束する。逃げない。」
それは彼がこれまで誰にも聞かせたことのない告白だった。営業時代に作り上げた保身の型を、彼自身が壊しにかかった瞬間でもある。言葉の刃は、相手の嘘を見抜くと同時に、自分の虚飾を削り落とした。カナタの声は震えていた。だがその震えの先にある確信が、微かな熱を放った。
リノの顔が変わった。彼女の目に浮かんでいた影が、ほんの少しだけ薄くなるのがわかる。ガルドは固い顎を動かし、指先で拳を握り直した。セイアは目を閉じ、何かを飲み込むように息を吐いた。彼らの内側で、ヴァルクが落とした偽りの映像が揺らいでいる。だが完全には消えていない。幻は深く、根深い。彼ら自身の恐れが種となり、審査官の共鳴がそれを増幅していた。
「俺も言う」リノが、低く吐き出した。彼女の声はまだ小さく、だが折れた糸を結び直すように真剣だった。「私は矢を……相手の心臓を狙うことが怖い。誰かを撃つのが怖くて、手が震える。逃げたいと思う瞬間があ