ちいさな牙で竜を噛む

ちいさな牙で竜を噛む 第4話「第三章」

朝の光は低く、港町リュネの石壁を赤茶に染めていた。潮の匂いが路地の隙間を満たし、屋台の歌が二つ三つの音節を繰り返して岸辺へと反響する。だがその穏やかさの下で、地面は何かを囁いていた――微かな振動が石を伝い、足の裏から骨を通して胸の奥で三拍子を刻む。ルカは歩幅を狭め、ただそれに耳を澄ませた。聞こえるようで聞こえない、しかし確実にそこにある拍動だった。

朝の光は低く、港町リュネの石壁を赤茶に染めていた。潮の匂いが路地の隙間を満たし、屋台の歌が二つ三つの音節を繰り返して岸辺へと反響する。だがその穏やかさの下で、地面は何かを囁いていた――微かな振動が石を伝い、足の裏から骨を通して胸の奥で三拍子を刻む。ルカは歩幅を狭め、ただそれに耳を澄ませた。聞こえるようで聞こえない、しかし確実にそこにある拍動だった。

今朝、港の防壁付近にいるのは二人の人間と三体の魔獣だった。同行者はこうだとルカは心の中で数え直す。ルカ・十歳、前世の記憶を抱えた少年で袖には昨夜の噛み跡を縫った跡がある。セラ・薬師見習いの少女、薬袋を肩に掛け、昨日の倉庫侵入で左手首を擦りむき包帯を巻いている。魔獣は三体――ポロ(灰色の小竜。左翼膜にまだ黒い熱傷痕を残し、吐ける火花は一つだけ)、ミミ(翼鼠。羽膜が裂けて飛べず、夜目が青緑に光る)、ガンガ(泥亀。甲羅に古いひびと浅い瘢痕があり、右の眼は視力が落ちている)。数え方は単純だ。二人の人間と三匹の仲間。彼らはここ数日で互いに出会い、まだぎこちないが確かな連帯を築きつつあった。

「ガンガは今日も動かないのかしら」セラは低い声で呟いた。薬師の観察眼が、今朝は不安へと傾いている。ガンガはいつも通り、防壁のすぐ下に半ば泥に埋まるようにして体を伏せていた。住民の多くはそれを怠惰だと笑い、子どもたちは甲羅を石で叩いて遊ぶ。だがルカが背甲に手を置くと、硬い鱗の間から誰かを守るために身を潜める意志が伝わってきた。彼はその重さを、前世に猫の息づかいを数えた夜と同じように受け止める。

小さな騒ぎが北の堤で始まると、町の人々が石畳に集まり始めた。犬が吠え、荷車がぎしり、子どもたちが親の足元に顔を埋める。群衆の恐れは伝染し、それは魔獣たちの感覚へも鋭く響いた。ポロは膝の上で背を丸め、胸の小さな火花が不安定にまたたく。ミミは眠気のまぶたを開け、夜目で辺りをスキャンする。ガンガは泥の中からゆっくりと首を伸ばし、甲羅の縁で泥を払ってから、甲高くもなく低くもない音で地面を叩いた。

叩かれた回数は三度だった。低く、規則正しい三拍子が石を通し、ルカの掌へ、脚へ、胸へと伝わる。最初は「何か」としか感じられない震えだったが、セラが顔色を変えた瞬間にそれは意味を持ち始めた。彼女は即座に持っていた棒片を地面に当て、目を閉じて振動を脈打つように聞いた。研究ノートに書き付けられない観測でも、身体は証言をする。

「これ……振動よ。地下から来てる」セラの声には興奮と不安が混じっていた。彼女は港の近くで奇妙な魚の群れの動きを見ていたことを思い出し、点と点が線になったのを自分で確かめたように目を細める。「排水路の方角に、何かがいるんじゃないかしら。規則的な拍動、巣の鼓動に似てる」

その言葉を聞いて群衆の中の一部がざわついた。噂はすぐに形を取り、顔見知りの行商人が唇を尖らせて誰かを煽る。ルカは深く息を吸い込み、ポロの額に触れて心音接続を確かめた。接続は、相手が自ら心を開くときにしか成立しない。ポロは小さな信頼をルカへ預け、その恐怖の粒を彼に見せた。熱が胸に返り、喉の奥がチクチクと痛む。彼は一拍で接続を切り、熱を手の中に閉じ込めた。

「動かないふりで守る……」セラが小さく笑った。「泥亀のくせに器用なことをするわね」

ガンガは視線を合わせるようにゆっくりと甲羅を傾け、片目をこちらに向けた。その眼の奥には、昔の痛みといま守るために沈めた決意が同居している。ルカはポロをさらに抱きしめ、ミミの眠りを邪魔しないように静かに言った。「ミミは休ませておく。僕はガンガの打つ拍子をもう一度だけ聞くよ」

セラは頷き、包んだ薬袋を抱えて群衆へ歩み寄った。短い間に彼女は、村人たちに簡潔に説明を始める。恐れを鎮める言葉は、必ずしも理屈でなく手際から生まれる。彼女の落ち着きが、少しずつ周囲の空気を引き戻した。ルカはガンガの甲羅に指先を置き、ただその振動を感じた。三拍子は徐々に強くなり、それはまるで地下の何者かが目を覚ましつつある合図のようだった。

群衆の一人が石を持ち上げ、ガンガめがけて投げつけようとした。瞬時にルカは飛び出して男の腕を掴んだ。鉄の冷たさが掌に伝わり、怒りが男の胸から匂いたつ。しかしルカは他者の怒りに入り込むつもりはなく、静かに手を押して言った。「やめて。ガンガはここを守ってる。彼は自分で選んでるんだ」

その言葉がすべての誤解を解くわけではなかったが、セラが即座に地面の振動の読み方を示すと、少しだけ理性が戻ってきた。彼女はガンガの叩いた三拍子を計測し、反響の強い地点を指で示す。ルカはその結果を頭の中で合わせ、排水路の方向を詰めた。地図が頭に描かれるように、点が一つに繋がっていく。

「もしこれが巣の鼓動なら、魔獣たちが同じ方向を避けている理由が説明つく」セラは言い、薬袋から巻紙を出して簡単な図を記した。「排水路のどこかで、何かが孤独や恐怖を吸い上げている。巣が活動しているのよ」

ルカの胸に、小さな決意が灯る。巡りの獣神が最初に告げた言葉が、ここで実際味を伴って現れている。竜は魔獣を生み出すのではない。竜は孤独と恐怖を食らい、それで育つ――その可能性が目の前で動き始めたのだ。ガンガの三拍子は、ただの地鳴りではなく、巣のリズムを知らせる警鐘だった。

作業は迅速になった。セラは村人たちに避難の仕方を示し、必要あれば防壁の一部を開けて安全な通り道を作ると約束した。ルカはポロを抱えてミミの側を一度だけ撫で、彼女の前腕に残る裂け痕を確認する。昨夜の檻からの脱出で付いた噛み傷は、外見ほど深刻ではなかったが、飛べない翼の名残はまだ脆く、夜の恐怖は消えていない。ガンガはゆっくりと立ち上がり、背中をこちらに向けてさらに地を叩いた。彼の甲羅には隠された小さな凸凹があり、それが振動をより遠くへ伝える道具の役目を果たしている。

だがルカは黒い滴のことを忘れてはいなかった。倉庫から滲み出ていた粘った液体が、石の隙間を伝い地下へ吸い込まれていった。同じ滴が今、ここからも一滴、石の目地へ落ちるのをルカは見た。ミミの夜目がそれを捉え、瞳がぴくりと反応する。滴の中に迸る黒い影は、単なる汚れではなく、どこかの奥へと続く道しるべのように見える。セラはノートに小さな丸を付けた。それは五つの空白印のうちの一つで、彼女の頭にはすでに遠くの記録と繋がる糸が通り始めている。

仕事が終わる頃、町の被害は最小限にとどまった。子供たちは屋内へ誘導され、礫や棒を手にした者たちも落ち着きを取り戻している。ガンガはまた泥へ沈み、片目だけをこちらへ残して静かに息を整える。セラはノートをしまいながら笑みを浮かべた。「あなたたち、ただの泥亀だと思ってた。ごめんなさい」その言葉に、ルカは軽く笑った。前世の彼は、急いで手を差し伸べて相手の望みを踏みにじりがちだった。ここでは「待つ」ことが救いになった。

だが港の古い石段の下から、また黒い液滴が地面へ落ちるのをルカは見逃さなかった。滴は静かに石の目地を伝い、地下へ戻っていく。三拍子はまだ遠くで続いている。セラは遠くを見るようにして、ノートの空白印にもう一つ丸を加えた。その瞳には好奇心と警戒が同居してい