初級魔法で灯す王都の星環 第8話「第七章」
評議会の会堂はいつもより冷たく光っていた。大きな楕円形の卓を囲む議員たちの顔が、天井の魔力反射板に反射した青白い光で縁取られている。窓の外では夜の星環が淡く瞬いていたが、その光はこの部屋には届かない。届くべきものの光を、人が握り直していた。
評議会の会堂はいつもより冷たく光っていた。大きな楕円形の卓を囲む議員たちの顔が、天井の魔力反射板に反射した青白い光で縁取られている。窓の外では夜の星環が淡く瞬いていたが、その光はこの部屋には届かない。届くべきものの光を、人が握り直していた。
ヴァルドは席に座ったまま、地図を広げることもなく手元の資料に目を落とさせた。彼の右手には黒い手袋が嵌められている。掌の付け根に小さな刻印が施されており、それは外から見るとただ古風な紋様に過ぎないが、近づくと環が一つ多く描かれていることに気づく。通常の家紋では五つの輪だが、そこには六つ目が靄のように薄く描かれていた。
「星環の亀裂は拡大しています。現場の報告が示すところでは、亀裂の端からの魔力の漏出が夜間に増大しており、災獣の侵入頻度は指数関数的に上がっています」彼は静かな声で切り出した。響きは暖かくはないが、誰も反発できない確度があった。「提案する。防衛の主軸を、低出力の散発的配置から中央集中へと改める。限られた上級術師を中央結界に集め、短時間で最大効率の補正を行う。これが最も多数を救える合理的手段です」
周囲がざわつく。山積みの報告書を反対側の議員がせせら笑う気配がした。だがヴァルドの返答はやわらかく、しかし折れないものだった。
「確かに、初級術師による局所対応は即効性がある。しかしそれは場当たり的で、複数の小さな結界が同時に破られたとき、散開した術師は復旧に回れない。その間に亀裂は拡大し、人が失われる。統計が示すのは、集中投入による短期的な力の偏在が、被害総量を下げるということです」
数値が彼の言葉に伴って室内のホログラムに浮かんだ。青い線が夜毎の侵入数を描き、途中で赤いピークが脈打つ。ヴァルドはそれを指でなぞり、やがてホログラムの一角に小さな紫の点を投影した。それは訓練場の位置と、亀裂の反応波形が重なった地点を示している。
「ここです」と彼は短く言った。「この波形が示すのは偶発ではない。亀裂の挙動が、外的要因によって周期的に刺激されている可能性が高い」
会議の中に小さな緊張が走った。ある老評議員が声を上げる。「外部からの刺激だと? それは犯罪行為――」
「そうです。内部からの操作の疑いがある」と言い切ったのは別の意見だった。ヴァルドは黙って頷き、次の段取りを示した。彼の口調は計器士のそれで、感情が混ざる余地はない。だがその無情さは彼の過去の経験から生まれているのだと、彼自身は信じていた。
彼が若かった頃、辺境都市の大災の残骸を覚えている。風景は灰色で、炎は異様に冷たく、術式の残滓が空気を粘らせていた。彼は当時、ある部隊の指揮に加わっていたわけではないが、魔力の分配を監督する評議員補佐として現場に立っていた。決断はいつも数値と時間と損耗で測られ、死者は計算の余白で切り捨てられた。彼は結果を承認した。その夜、焼け跡に残された名簿を数えて、助けられた者の数の陰に消えた無数の名を見たとき、彼の中である結論だけが固まった。全員を救うことはできない。だからこそ、可能な限り多くを救うために犠牲は計算されねばならない――そうすることで未来の死者を減らせるのだと。
その信念は、寒冷な誓いとなって彼の肉に沁みこんだ。人々の感情をそのままにしておくことは、無秩序を生む。秩序とは、正確な手順と統制された力だ。だが秩序は血を伴う。血がつかねば秩序にはならない。彼はそれを嫌悪しなかった。嫌悪しているのは、無駄な死である。
「中央結界の強化は、短期的に訓練場の防備を縮小させます。臨時班のような配置はリスクを増やす」と若い議員が反論した。データを無視した感情的な擁護に聞こえた。ヴァルドは表情を引き締めた。
「リスクを増やす、という言葉を使うならば、どのリスクを増やすのかを定義してください。私たちには限られた上級術師しかいません。分散させればどこにも十分に行き渡らない。集中すれば一箇所は守れる。私は多数を選びます。多数を救うという定理に従えば、最善の選択です」
彼は立ち上がり、会堂の中央に置かれたテーブルの上の模型を手でなぞった。模型は王都の断面模型で、星環から落ちる魔力の流路が小さな光の線で示されている。ヴァルドは指先でその線を引き、特定の接続点を指示するたびに模型の内部に赤いリングが浮かんだ。指を下に押し付けた瞬間、模型の一部で光が沈み、周囲の小さな光が吸い寄せられるように中心へ流れ込む。
そのとき、彼の掌の黒い手袋の刻印が模型の光に照らされ、六つ目の環が微かに震えた。誰もそれに触れない。だが、彼の中でなにかが鳴った。過去に彼を震えさせたあの夜の記憶――救い損ねた者たちの列、そして数え切れぬ手続きと帳票。彼は己の内側の痛みを、合理性の名で、また一度だけ包んだ。
会議後、許可は付与された。上級術師の集中配備、夜間の人員再編、そして地下装置の設置計画の秘密裡な承認。これらはすべて法的には「臨時の収束措置」とされる。だがヴァルドはそれだけでは満足しなかった。彼はもっと確実に亀裂を制御する方法を欲した。外的刺激を生む要因を管理し、侵入の起点を一つに定める――そこに彼自身の手を入れるべきだと考えた。
夜のうちに、彼は技術官の一人を呼び出した。名はセリム。年は若く、耳の辺りに細かな機械痕がある。工房で使い古された眼鏡に反射する光を見ながら、セリムは小さく笑った。彼の役目は、地下の排水路と古い魔導管の図面を改訂し、ヴァルドの示した経路に沿って補助装置を設置することだった。
「何をするかは簡単です」とヴァルドは言った。彼らは地下の古い地図を並べ、その上に容易に隠せる小さな円盤状の装置の設計図を重ねた。装置は魔力の共振を拾い、それを反転・集中させて外側に送る。共振の位相を操作すれば、亀裂の一箇所を急性に刺激してそこからの魔力流を増幅できる。増幅された魔力は、夜のうちに災獣を引き寄せ、彼らの侵入を特定の地点に集中させる。
「それは――人為的な誘導ではないか」とセリムがためらう。彼の顔に小さな皺がよる。ほんの一瞬だ。だがヴァルドは冷たく微笑した。
「誘導と呼ぶならば、君は言葉の美しさにはまっている。だが現場の被害軽減を望むならば、その道具の必要性を理解してもらえるはずだ。私たちは盾を強くし、その盾の射程に人々を導く。犠牲は数で払われるが、総量は抑えられる」
言葉は静かにセリムの志に毒を流した。彼は機械屋根の下でいつも夢見ていた効率という名の美学に惹かれていた。彼は頷いた。作業は始まった。
工房の小さな明かりが消え、ヴァルドは夜の通路を通って町の下へ降りていった。彼の影は狭い灯りの縁に黒く落ち、手袋の掌が干渉して薄い光を刻む。地下は湿っぽく、古い石材の匂いと、動かなくなった魔具の匂いが混ざっていた。彼は薄暗がりの中で装置を抱え、呼吸を押し殺しながら配管の裂隙へと進んだ。
第一の装置を置いたとき、彼は手袋を外した。冷えた空気が掌に触れる。刻印は湿った石に映るわずかな光で輪郭を得る。彼の指先が装置の側面に触れると、装置は低い嗚咽のような音を立てた。表面に微かに脈動する模様が現れ、そこから淡い紫の光が漏れだす。光はまるで呼吸のように波打ち、古い排水路の壁面を舐