初級魔法で灯す王都の星環

初級魔法で灯す王都の星環 第12話「第十一章」

塔の壁面を伝う音は、金属のうめきと古木がすり寄るような低い軋みだった。タタラはその振動を掌の裏で確かめる。獣人の指先は油と鉄粉で黒く染まり、爪の間には昨日の夜まで砥いでいた歯車の埃がこびりついている。だが彼の目は、汚れを映すことも、名のある家紋を嘲ることもなかった。いま必要なのは、壊れかけたものをどうして一瞬でも保持するか――ただそれだけだった。

塔の壁面を伝う音は、金属のうめきと古木がすり寄るような低い軋みだった。タタラはその振動を掌の裏で確かめる。獣人の指先は油と鉄粉で黒く染まり、爪の間には昨日の夜まで砥いでいた歯車の埃がこびりついている。だが彼の目は、汚れを映すことも、名のある家紋を嘲ることもなかった。いま必要なのは、壊れかけたものをどうして一瞬でも保持するか――ただそれだけだった。

塔の内壁に残る「骨格」は、外から見るより複雑だった。通常の魔導骨は結晶のように規則正しく光る。だがここは波紋のように渦を巻き、ある一点へと収束している。光は芯のように白く、そこへ向かっている筋は薄く裂けて見えた。タタラはそれを指でなぞるふりをして、唇の端で舌打ちをした。工房で何百という破損箇所を直してきた経験が、静かに、決定的に告げている。

「一点に集められた魔力だ。内側から押し広げられて支柱が割れている」

彼の声は低かった。四人の輪の中心にいるのはリュネだが、今は彼女の顔に疲労の影がある。風を読むノアは口を固く結び、ミレアは包帯に魔力を注ぎながらタタラの言葉を待っていた。塔の内部ではまだ人の声がする。どこかで子どもが泣き、誰かが「動くな」と必死に呼びかけている。時間はもう残っていない。

「五連結で押し戻すのが最短だろうが……」ノアの言葉は、暗黙の同意を求めるように弱かった。リュネの指先がぱちりと震え、彼女は頷こうとした。タタラはその一瞬を逃さず、声を荒げた。

「それは、あんたの記憶を焼き尽くす。本当に戻らないぞ。五をやれば塔は止まるかもしれんが、そこで誰が次の橋を架ける? 俺達はその後どうするんだ」

言葉は荒いが、そこに怒りは混じっていなかった。タタラの怒りは、身を削って使う者を無造作に切り捨てるやり方に向いている。貴族の上級術師が「必要経費」として命を数に置くのを、彼は許せなかった。自分の手で人を助ける工房のやり方が、ここで試されていると感じていた。

リュネは短く息をついた。彼女の目には疲れだけでなく計算と秩序の光が戻ってきている。前世の燈(あかり)として、目の前の一人を救うことと全体を俯瞰することの間で何度も選んだ灯の影が、僅かに重なっているのがタタラにも見えた。彼女は五連結ではなく、他の道を探している──それが分かった。

「塔を直接支えるんじゃない。負荷をばらまくんだ」リュネの声は決められていた。「弱い力を等分して、時間を稼ぐ。それで中の人間を出す」

「等分って……杭だけで持つのか?」ノアの眉が跳ねる。彼の風読みがあるからこそ、外側からの負荷操作は可能だ。タタラは歯を噛んだ。自分の杭は過去の試験で寿命を見せている。高負荷を長時間維持すれば蓄魔器が膨張し、爆発する。だが、短時間ならば圧を分散する「バッファ」として使える。時間を稼ぐ、それが彼の仕事だ。

タタラは手許の工具包から、いくつかの中継杭を選んだ。いつもは小さい部品を直すときに使う軸、ねじ、歯車の組み合わせで構成された単純な装置だ。だが彼の手は折り紙のようにそれを組み替え、杭の先端に古い魔導蓄積輪を嵌める。輪は満ち欠けするように微かに光った。工房の片隅で何気なく収集していた「古い余剰部品」が、ここで生きるはずだった。

「俺は杭を塔の外側から打つ。角の応力集中を外へ逃がすんだ。氷の梁と風の流れで角度を作る。ミレア、治療で人を動かす順を作ってくれ。ノア、そこで風を読む。四人で時間を切る。押し付けられた上級には任せられない」

指示は短く的確だった。ノアの顔にやっと意思の光が戻る。ミレアは頷き、手の中で治癒の小さな光を探す。タタラは杭を抱え、塔の外壁へ向かった。瓦礫と粉塵の匂いが彼の鼻を突いたが、耳は震えに集中している。塔が吐く低音は鼓動のようで、そこには断片が落ちるごとに高くなる余震が混じっていた。

杭を打ち込む作業は、見た目以上に粗暴で緻密だった。タタラは尻尾を支えにして足場を作る。彼の体つきは頑強で、獣人としての反射神経が動く。杭を壁に叩き込み、輪を同調させるとき、彼は自分の手のひらに向かって囁いた。「頼む、いまだけは」。ただの祈りだが、工房で幾度も試行錯誤した彼の祈りは機械に届く。

杭は魔力を吸い、薄い光の帯を外へ引く。塔の内部の光が僅かに薄れる。四方に打たれた杭が、見えない糸で結ばれるように、塔を外側から引き戻す圧力が生まれる。だがそれは仮の平衡だ。杭は振動にさらされ、蓄魔輪の温度計が一つ、また一つと上がっていく。タタラは手で数を取り、時間を稼ぐ秒数を計算する。その計算は、工房で歯車の摩耗率を割り出した時と同じ冷たさで行われた。

「杭が持つのはあと何秒だ?」リュネが聞く。

「一二十、長くて三十秒だ。蓄積がここを超えたら破裂する」彼は答えた。「でもその間に避難路は作れる」

塔の上部で大きな断裂音がした。石がこなごなに砕け、粉塵が雲となって上昇する。中からは叫び声、子どもの嗚咽、鉄の軋みが折り重なった。タタラは呼吸を整え、次の作業へ移る。杭だけでは十分でない。彼は即席の「圧力分配器」を作動させる必要があった。工具箱の中から二つの古い伝導歯車を取り出し、壁に打った杭と杭の間を繋ぐ索へと嵌めこんだ。歯車は滑らかに回ると、その回転で一瞬だけ魔力を中和するリズムを作る。振動を乱し、内側に向かう力を分散させるのだ。

その瞬間、薄氷の梁が一つ、外側に向かって伸びた。氷は風に運ばれ、梁と梁が交差して格子を形成する。アニメーションに向く一瞬だった。氷の生成音は硬質な高音の弦のように鳴り、風のうねりは低い笛のように重なった。タタラはその音を感じ取り、歯車の回転のタイミングを風に合わせる。氷が固まると同時に杭の圧が分散され、塔の軋みは一瞬だけ静かになる。

だが、静寂は長くは続かない。塔の内側で何かが破れ、黒い膿のような魔力の渦が顔を出した。そこから噴き出したのは、普通の災獣たちとは異なる痩せた影の群れだった。彼らは熱を食うのではなく、魔力の濃淡を餌にしている。タタラはその姿を見て、指先が凍り付くような感覚を覚えた。彼の頭のどこかで、工房にあった古い設計図の模様が浮かび上がる。そこに刻まれていた環――塔の内側で揺れている模様と、同じものだ。

「第六の配列だ……」彼は小さく呟く。だがそれを確認する余裕はない。塔の一部が内側からぱっくりと口を開け、そこへ流れた魔力が噴出する。噴出は杭に直撃し、蓄積輪の一つが白熱した。タタラの手が滑り、工具が床へ落ちる。音が壊れるように響いた。

「逃げろ!」ミレアの声が走る。だが人々はまだ中にいる。タタラの視界は一瞬ゆがむ。自分の工房なら火花が上がる前に手で止められたかもしれない。しかしここは生身の街だ。彼は反射的に、工具の一つを放り投げ、杭の横にある古い革帯を引き抜いた。帯を自分の腰に巻きつけ、杭と自分を簡易的に結んだ。もし杭が弾ければ、少なくとも道具はその反動を受け止められるかもしれない。常識で言えば愚かな賭けだが、選べる選択肢は少なかった。

「動くな、タタラ!」ノアが叫ぶ。風の流れを作っていた彼の手が一瞬止まる。だがタタラは首を振った。工房で何度も危険を見てきた者の目には、ここで動くことが最優先なのだと映る。彼は尻尾を使って体勢を