月苗の辺境農園主は、欠けた夜を実らせる 第6話「第5章」
朝の風は冷たく、畝の上を薄く引き裂くように走った。トーマは畝の間をゆっくり歩きながら、指先で土の表面を撫でた。西側の区画は依然として白い。乾いた粉を撒いたように、葉も茎も光を反射して硬くなっている。三日目の光の下でも、そこだけ季節が止まってしまったかのようだった。
朝の風は冷たく、畝の上を薄く引き裂くように走った。トーマは畝の間をゆっくり歩きながら、指先で土の表面を撫でた。西側の区画は依然として白い。乾いた粉を撒いたように、葉も茎も光を反射して硬くなっている。三日目の光の下でも、そこだけ季節が止まってしまったかのようだった。
ミナは畝の端に立ち、鼻を少しだけ上げて目を閉じていた。細い耳がぴくりと動く。彼女の嗅覚は言葉より率直で、風向きひとつで西と東の違いを判断してしまう。やがてゆっくりと顔を上げ、トーマに向けて一言だけ告げた。
「西は、鉄と灰の匂いが混じってる。深いところから来てる」
トーマはうなずいて、ポケットから小さなガラス管を取り出した。前日、彼らが採取した各区画の土と水のサンプルがそこに入っている。井戸の水もその一つだ。昼の光にかざしたとき、井戸の水は確かに淡く、銀を薄めたように光って見えた。月のない夜でも光ると言われたとき、彼はそれを不思議な現象として片付けるつもりでいた。だが昨夜、聖堂で見た年輪の断片が彼の頭に残っている ― 何かが光を奪っていったという不穏な証拠。彼はその可能性を否定できなくなっていた。
「井戸をもう一度見に行こう。深くまで下りられる道具を持っていく」トーマは言った。声は震えなかった。前世の研究者なら、証拠を積み上げて論文にするように冷静に動いただろう。今の彼は、畝の向こう側に座っている人たちの夜を考えていた。声を失う代償を払ってまで、手元の紙片を丸め込むわけにはいかない。
ミナが小さく頷き、二人はノコを呼んだ。灰色の小竜は巣から顔を出すと、また石を抱えて近づいてきた。今日はいつもより多くの石を持っている。ノコはそのうちの一つを差し出すように地面へ置いた。石は表面がざらつき、銀白の紋様が螺旋状に入っていた。朝の光の角度で、その紋様がきらりと震える。
「これ……」トーマは石を手に取った。冷たさの中に、ふわりと温度差の波が通る。何かが脈を打っているようで、触れた指先に微かな振動が残った。ノコはじっと彼の目を見つめ、短い鳴き声を上げる。ミナは鼻を寄せて同意したように低く唸った。
「この石の周りは、苗の硬化が弱い。ノコはいつもそこを掘って隠してる」ミナの声には、少しの驚きと多分な安堵が混じっていた。ノコが収める宝物が、畑の異常のヒントになるとは誰も思っていなかっただろう。
井戸の縁は滑りやすく、長年の使用で石が丸く削られていた。トーマは縄を巻いた滑車を下ろす位置を指し、ミナとノコは押さえに回った。村の男たちが集まり、ひそやかな期待と不安が顔に刻まれている。ユリウスはまだ来ていない。噂によれば、王都から追われた彼は辺境でひっそりと暮らしているというが、導管の刻印を見れば彼の過去が二人を助けるかもしれない。トーマは内心そう望んだ。
「慎重にね。井戸の底は広い。何があるか分からない」ミナが警告する。トーマは小さく笑い、深呼吸して縄をつかんだ。足がぴたりと井戸の縁に沈み、真下へと視界が開く。光はふだんより淡く、しかし均等に広がっている。不思議なことに、水面は動かず、天を映した鏡のようだった。
下りは長く感じられた。冷たい石が肩に触れ、空気が湿って金属の匂いを帯びてくる。やがてトーマの足が、小さな空間の縁に触れた。そこは井戸の下に開いた洞で、ひんやりとした空気がゆっくりと吐き出されていた。光は天井の割れ目から差し込む半月のように流れ、洞の奥から来るかすかな脈動を照らしている。
トーマが洞の縁を回ると、彼は一瞬息を呑んだ。目の前に広がる光景は畑のそれではなかった。地面から、地中から、幾本もの細い管が伸び、洞を埋め尽くしていた。管は銀色で、表面に古い刻印が細かく打たれている。細い管は一つの太い幹のように束になり、やがてさらに大きな空洞へと溶け込んでいく。管の内側には淡い光が流れ、管の外面には微かに土埃と曇りが積もっていた。
それは月の根のようでもあり、人工の導管でもあった。光は管の内部へと吸い込まれていくように見えた。トーマの胸の奥が、じんと冷たくなる。ここに来る前、彼は井戸の水が夜ごと微かに光ることを奇跡だと片付けようとしていた。しかし今、その表情は消えていた。目の前の構造は、光を吸い上げて送るために設計されたものだった。
洞の奥から、金属が擦れるような低い音が遠くへ向かって流れている。音は規則的で、心臓のように脈打つ。トーマは石を胸元へ押し込み、手に伝わる振動を感じた。脈動と石の紋様が小さく合図を送りあっているように見える。
「下がって、誰か!」遠くからユリウスの声がした。彼は駆けつける途中で、村のはずれで足を止め、トーマたちの作業を察して走って来たらしい。息を切らして洞に降りると、ユリウスの顔が青白くなり、一瞬で表情が変わった。彼の手が、管の刻印に触れた。
指先でなぞられる印刻は、幾何学的で、器械的な設計図のようだった。角と円が組み合わさり、中央に小さな十字が刻まれている。ユリウスは数秒間、触れたまま動かなかった。やがて彼はその場から一歩後ずさり、声を震わせた。
「これは……永夜灯の標準刻印だ。古い型だが、間違いない。首都のものだ」
その言葉は洞を震わせた。外で待っていた村人たちの顔に波紋が広がる。永夜灯――王都が作り出して辺境へ光を供給してきた巨大な装置。その名を聞くだけで、ここにあるものの意味が明白になった。管は月光を人工的に吸引し、送り出す装置の一部だった。
トーマはユリウスを見た。彼の顔は複雑な色をしている。ユリウスの手には、長い間触れたくなかった過去が書き込まれている。村のうわさがすべて彼の背中を責めているのを、トーマは感じ取った。
「君は……」トーマは言葉を選んだ。「どうしてここに、この刻印を知ってるの?」
ユリウスは俯き、手のひらを握りしめた。彼は灯台術師としての名残の道具を腰に下げている。かつて、灯りを扱う技術者だった。それは人を助けるために尊い職業だったはずだ。だがその説明には、苦い色が入り混じる。
「自分で設計したわけではない」とユリウスは低く言った。「だが、改良の図面に印を刻んだことはある。弟の薬のために、あの設計に手を入れたんだ。あの頃は、夜の病が蔓延していて――弟が光に救われると信じた。だから協力した。導管をどこへ伸ばすか、どのくらいの圧で吸うか、そこまで提案した。今思えば……」
指先の力が抜け、ユリウスの肩が震えた。言葉が途切れる。トーマはその告白を聞き、胸に小さな衝撃を感じた。怒りの矛先を向けることは簡単だった。ユリウスは王都の道具を組んだ者の一人であり、その設計がこの村の光を奪った可能性が高い。だが彼の顔に、後悔と恐怖が刻まれている。弟を救いたかったという一点で人は変わる。
「逃げたいだろう」とトーマは静かに言った。「でも、今ここに必要なのは逃げる理由より、直す方法だ。どうやってこれを止めればいい?」
ユリウスの目が一瞬驚きに開く。彼は自分を責め、また誰にも頼れないと考えていたのかもしれない。だがトーマの声には、責める冷たさはなかった。むしろ、問いは手伝いを求める手のように差し出されていた。
ユリウスは深く息を吐き、跪いて管のつなぎ目を詳しく調べ始めた。