白砂月時計のルゥン

白砂月時計のルゥン 第7話「第6章」

砂の風は音を削ぎ落とし、星の光だけが砂粒の縁を銀にする。馬車を降りた場所は、クレセントからそう遠くない筈なのに、そこには村でも軍でもない「境界」の匂いが充満していた。鉄と焼けた布、そして何よりも──時砂を煮詰めたような焦げた甘さが鼻腔を満たす。静寂は重く、しかし確実に、動きを縛っていた。

砂の風は音を削ぎ落とし、星の光だけが砂粒の縁を銀にする。馬車を降りた場所は、クレセントからそう遠くない筈なのに、そこには村でも軍でもない「境界」の匂いが充満していた。鉄と焼けた布、そして何よりも──時砂を煮詰めたような焦げた甘さが鼻腔を満たす。静寂は重く、しかし確実に、動きを縛っていた。

シアはいつものように十三拍を刻み続けていた。手のひらの動きは小さく、だがそれは周囲に波紋を広げるように効いている。十三拍があるからこそ、彼らは歩幅を合わせられる。だが今夜、その鼓動は遠く黒い円の方へ吸い寄せられるように聴こえた。

黒い満月は、空の一角に異物のように据えられていた。欠けた月の冷たい白に対し、それは鉛色の円盤をして、縁に赤い筋が脈打っている。縁のさらに外側、黒い輪の上に刻まれた小さな凹みが十三個、規則正しく並んでいた──遠目にもわかるその輪は、月の外郭に添えられた不吉な十三目盛りのように見えた。赤い筋はそこから内側へと流れ、黒い円の内部を脈打つ血管のように走っている。赤は光にも見えたし、流体にも見えた。何かが濃密に封じられていることを否応なく告げる。

「──やはり早いな」エドの声が低く、刃物のように砂の空気を切った。黒い満月の下に配置された陣列は既に動いており、いくつかの筒状装置が地面に突き刺さっていた。それらは小さな喉を開けて、砂を吸い上げるポンプのように見える。パイプは宙へ上がり、黒い円へと伸びていた。

ミナは眉を寄せ、馬車の縁に立って前方を睨んでいる。ノクは毛を逆立て、低く唸る。彼らの前には、村人たちが何人か、兵士に押し立てられるようにして集められていた。だがその人々は動いていない。ある者は口を大きく開けたまま、ある者は半歩を踏み出したまま、牛乳瓶が宙に浮いたように見えた。砂粒がその周囲で風に舞うのではなく、空中で細かくとぎれ、ときに人の髪に張り付いていた。まるで世界の一部が、黒い円に向けて糸を引かれ、そこで瞬時に固められていったようだ。

「見えるか?」ヴァルガの声は、離れた位置からもはっきり届いた。黒い満月の前に立つのは、時間院の長──いかにも威厳のある軍服に身を固めた男だ。年はルゥンより幾らか上、顔には深い皺があり、その右手には小さな懐中時計が握られていた。男は一瞬、時計の蓋を開け、指先で針を確かめる。盤面は単純で、だが時間の針はほんのわずか進んでいる。ルゥンは、それが二秒ほど先行しているのを、無意識に確かめた。針と心拍のズレが、短い閃きのように胸を刺した。

ヴァルガはゆっくりと前へ歩を進め、空を仰いだ。黒い満月は彼の声に反応するかのように、内側の赤い筋を深く揺らした。彼の背後、兵士たちは規則正しく並び、筒状装置の制御レバーを押さえている。筒の口からは薄い蒸気のようなものが漏れ、それが月へ吸い込まれていくように見えた。

「止めれば、失わない」ヴァルガの声は冷たいが、どこか脆さも内包していた。「老いることも、災いに押し潰されることも、終わる。私がそれを止める。私は、もう二度と、あの夜を……見たくないのだ」

彼の声に続けるように、四、五人の兵士が肘を突き出し、手の甲で何かを指差した。そこに立っていたのは、村の鍛冶屋の女と見える人で、口が半開きのまま固まり、目は空ろだ。女の背中には小さな砂時計が縫い付けられているように見えた──それは徴税印のように見え、そして現実には、彼女の胸の上で小さな砂がゆっくりと沈んでいくのが見えた。黒い満月の領域にある者は、見た目には停止しているように見えても、体のどこかに短い時間の流れの差が生じている。吸い取られた「時砂」は黒い円の内部へ送り込まれ、赤い筋の中に沈んでいく。

「あなたはそれを、強奪と呼ぶだろう」ミナが吐き捨てるように言った。「人の明日を奪うのを、止めようとするんだ。どうして正当化できるの?」

ヴァルガはゆっくりと笑った。笑いは柔らかく、しかし重みがあった。彼は振り向き、四人を見据える。目は鋭く、そしてどこか遠くの火事場を見ているようだった。

「正当化など、要らぬ」彼は言葉を選ばずに続けた。「人は失う。自然は残酷だ。だが私は、合理的に失わせない術を編み出した。私が黒を造れば、災害は何年も凌げる。人々は予定より長く生きる。誰も、突然の嵐で家族を失わぬようにできるのだ。誰もが予測できる日々を持てる。ましてや、私がその日々を管理する──それが秩序というものだ」

その言葉には、餓えた者に向けるパンのにおいのような誘惑があった。受け取れば飢えは一時的に満たされる。しかし同時に、そこには誰かの皺や息、笑顔が薄くなって消えていく映像が付きまとった。ルゥンは胸の中で、あの工房の崩落した夜を思い出していた。助けを求める声と、錆びた歯車。彼は、あのときどうしようもなく、修理を選んだ。だが今ヴァルガは、その修理を全世界に施そうとしている。

「あなたは自分が正しいと信じている」ルゥンは静かに言った。声は震えていなかったが、胸の奥がぎゅっとなる。彼は今、同じ種類の決断の前に立っていた。差し迫った目の前の人を救うか、もっと大きな秩序のために時間を奪うか。だが彼にはもうひとつの恐れがあった。自分が修理するたび、何かを失うという代償の記憶が胸を締めつける。もし彼が黒い満月を破壊しようとしてかつ失敗すれば、ここにある第一針が王都の手に渡るだろう。そうなれば、クレセントの未来は根こそぎ奪われる。

「お前は、私にとって奇妙な存在だな」ヴァルガは懐中時計を指先で摩りながら言った。「時計守のくせに、人の時間を奪うことを恐れる。だが恐れには傍観と、決定の二種類がある。私は傍観はしなかった。私は行動した。行動は痛みを伴う。だが痛みは管理できる。お前のように、一時間の記憶を失う恐怖で怯えるのは、非効率だ」

エドの顔が険しくなった。彼は何かを言いかけ、やめた。ミナは拳を握り、膝のばねを蹴るようにして飛び出そうとしたが、兵士が馬車の周囲を取り囲んでそれを阻む。ノクは唸り、けれども吠えはしない。シアは目を閉じ、十三拍をゆっくりと打ち続けた。その拍は、場を落ち着かせるかのようであり、しかし同時に黒い満月の呼吸と同期しているかのようにも感じられた。彼の最後の拍が空へ吸い込まれると、黒い円がまたひとつ、渦を巻いた。

そのとき、筒状の装置のひとつが明瞭な音を立てた。音は低く、空気を切るようながら、同時に柔らかくもあった。ルゥンの耳には、それが砂時計の底に落ちる一粒の砂の音のように聴こえた。装置の先端から小さな光の糸が伸び、空気を切り裂き、村の鍛冶屋の女へと差し伸ばされた。光が触れた瞬間、女の体の周囲に薄い薄い硝子の膜のようなものが生まれ、彼女の目だけがわずかに動いた。だがすぐに目は閉じられ、そして瞳から一粒の涙がぽろりとこぼれ落ちるように見えた。だがそれは落ち切らず、空中で止まったまま、やがて赤い筋の中へ吸い込まれていった。

ミナの叫びが、ついに実体を伴って飛び出した。彼女は装置へ駆け寄ろうとしたが、兵士の隊列がその前へ出た。エドは短く息を吐き、かつての同僚の顔を見つめた。しかし彼らも機械の前で無力だった。筒から伸びた光は束となり、何本もの細い管が空へ向かって行き交い、黒い