こども王

こども王 第8話「第7章」

リクは背の低い木製の机に肘をつき、そこに無造作に置かれた小さな紙片をじっと見つめていた。紙には子どもの鉛筆で、はっきりと「せんそうにいかないで」とだけ書かれている。文字はぐにゃりとしていて、線が定まらない。机の向こう側には教師エレナが座り、顔を伏せたまま足先を揃えている。教室の外では、いつものように子どもたちのざわめきが薄く漏れてきた。

リクは背の低い木製の机に肘をつき、そこに無造作に置かれた小さな紙片をじっと見つめていた。紙には子どもの鉛筆で、はっきりと「せんそうにいかないで」とだけ書かれている。文字はぐにゃりとしていて、線が定まらない。机の向こう側には教師エレナが座り、顔を伏せたまま足先を揃えている。教室の外では、いつものように子どもたちのざわめきが薄く漏れてきた。

「今日、俺がすることは――条例を通すことだ。短期の、暫定条例。城下の子らを徴募から守るために、最低限の時間を稼ぐ法だよ」

リクは言葉を切ると、小さな拳を握りしめた。十歳の身体に似つかわしくない重さで、王冠が頭の上で少し傾いている。大きすぎる王冠はいつも彼を少し沈ませる。王冠そのものは金細工が華美で、周囲の大人たちは好意的にそれを受け取ろうとしたが、子どもとしてのリクには、それが重く、時に邪魔だった。

「でも、対立が強すぎるんだ。宰相のグレイが教師を買い、反対を煽っている。君たちの中にも、圧力に屈した者がいる」と、リクは言った。声は低く、それでいてぶれなかった。児童相談員として働いていた記憶が、言葉の選び方に落ち着きを与えている。

エレナが顔を上げ、うつむき加減に言葉を絞り出す。「リク様、私は――家族が脅されているの。夫に借金があって、屋敷の借金取りが教師に『意見を変えろ』と迫ってきた。私だけではなく、他にも……」

部屋の空気がぎくりと鳴った。リクは机の上の紙片に視線を戻し、その上に自分の小さな掌を置く。能力のことが頭をよぎる。自分より年下の者が自分の意志で選んだ願いだけを一日限り王令として形にできる。だが、願いを誘導すれば王令は暴走する。使うたびにリク自身の年齢が一日進む――それは、彼がどう考えても避けたい代償だった。

「君たちを脅すのは簡単だ。子どもから『先生が嘘をつかないで』なんて願わせて、それを王令にすれば、明日には皆が正直に話すかもしれない。でも、それは――」リクの声が途切れる。自分で子どもたちに願わせることは、誘導に他ならない。暴走の可能性。そして自分の歳を一日ずつ削ること。児童相談員時代に見た、追い詰められた家族たちの顔が浮かび、彼は首を振った。

「そうするつもりはない」とリクは続けた。「利用なんて、僕はしない。君たちも、したくないだろう?」

エレナの目が潤んだ。軽く頷く音が聞こえた。彼女はまだ教師としての意志を持っている。けれどそこに重くのしかかるのは、生活と家族の安全だ。グレイはそれを分かっていて、教師を買う。買われた者は、教壇で平気な顔をして生徒に虚偽を教え、大人の決まりを子どもたちに押しつける。

「なら、公の場で証言を集めよう」とリクは言った。声は小さくとも、決意がこもっていた。「教師たちの証言、子どもたちの声、父や母の話。隠されているものを出すんだ。人々の前で、真実を。誘導じゃなくて、自分の言葉で」

エレナはしばらく黙り、それからゆっくりと首を振った。「それなら、私も……協力します。でも、リク様、先生たちが公に話すのは危険です。屋敷から脅しが来る。証拠を握られている可能性もあるわ」

「だから慎重にやる」とリクは答えた。「僕は王だからと言って何でもできるわけじゃない。けれど、君たちが自分の言葉で証言できる場を作ることはできる。公開審理って言えばいい。城下の市庭で、誰でも参加できる場を設ける。真実を見たい人々を呼べば、圧力も効きにくくなる」

エレナはゆっくりと息を吐いた。「理解しているのね。あなたがあの――王冠をかぶって現れるだけで、話は違うかもしれない」

王冠の話が出ると、リクは軽く手で触れて冷やかすように笑った。王冠は大きすぎて、彼の小さな頭に不自然なほど重い。だが今は、それを政治的に使うべきでない。彼は自分の立場を利用するのではなく、人々の声を引き出す媒体にしたいのだった。

その日の午後、リクは子ども代表のタケ、書記役のロウ、そして教師の一部と小さな作戦会議をした。タケはまだ七つだが、議論に果敢に参加する。ロウは役所の若い書記で、昼間はリクの秘書役を務めている。彼らは、まず教師たちの生の声を集めること、次に親たちの証言を経て、最後に公開審理を設定することを決めた。重要なのは、誰も強制されない形で証言を集めることだった。

「先生たちを守る護送路も要る」とロウが言った。「もし脅しが来たら、証人を守るための居場所が必要です。民衆の前で矢面に立つ人間を、僕たちが守れるように」

「子どもたちの言葉を武器にするんじゃない」とタケが即座に反論した。「僕たちの言葉は僕たちのもの。誰かが使うもんじゃない」

リクは二人の目を交互に見る。どちらも真剣だ。彼は心の中で、能力を使わないことで自分に課したルールを再確認した。それは自分を縛るが、同時に自分を守るものでもある。自分の年を一日ずつ削ってまで早めるべき正義は、たとえその場の勝利をもたらすとしても、彼が守りたかったものと矛盾するかもしれない。

翌日、リクたちは教師たちの秘密の会合へ向かった。会場は古い倉庫で、暗がりの中にろうそくの灯りが揺れている。そこに集まったのは、城下の小学校の教師たちと、数名の青年たち。だが、一人、表情の硬い教師がいた。カズマという名の彼は、壇上に上がると声をぶすりと振り絞った。

「私は――条例に反対します」とカズマは言った。言葉は速く、隣にいた同僚の視線が彼に向かう。リクは胸が締めつけられるのを感じた。カズマはかつて子どもにやさしい教師として知られていた。彼の手が震えている。

エレナが立ち上がり、カズマに近づいた。「どうして?」と小声で訊ねる。だがカズマは俯いたまま、声を上げる。

「生徒のために最善というなら、長期的に見たら――徴募は不可避だ。国家には防衛が必要だし、あなた方子どもたちもやがてはその役目を担う。短期で守っても意味はない」

その言葉に一部はうなずき、また一部は眉を寄せた。だがリクは分かっていた。カズマの妻の話、ごく最近聞いた小包と、その中にあった黒い封書。ロウが目配せすると、彼は倉庫の影からすり足で近づく一人の少年に気づいた。少年の名はユウ。ユウは校庭で拾い物をするのが得意で、情報を盗むことにも長けているとリクは知っていた。

ユウは小さく息を飲むと、ポケットから古びた帆布の袋を取り出した。中には十枚ほどの銀貨と、封蝋された紙片がある。封蝋には見慣れぬ印章が押してあった。ロウが封を斬ると、中には短い手紙が入っている。文字は丁寧で、宰相グレイの屋敷の筆跡に類似していた。

「――特定の学区において、特定の教師を抑え、その見解を公にすること。費用は既に手配済み。異論が出た場合は追加の対価を支払うこと」手紙をめくったロウが呟く。

倉庫の空気が、まるで一撃を喰らったように震えた。カズマの顔が一瞬ふるえ、次に硬くなる。彼の唇が震え、「そんなはずは……」と言いかけるが、言葉はそこで切れた。誰かがすすり泣く音が聞こえた。教師の一人が、恐怖と恥の入り混じった表情で自分の胸元を押さえた。

「これを公にする」とリクは冷静に言った。「今日、まずは誰の前に出るかを決める。民衆の前で、証拠と証言を合わせる。圧力をかけた側を明らかにするんだ」