こども王

こども王 第6話「第5章」

門に張られた薄紫の紙切れは、風にめくれていた。紙には整然とした楷書で、新たな「訓練召集」の通告が記されている。字は役所の判子とともに押され、末尾には宰相グレイの名にも見える重い印が添えられていた。城下の子どもたちの集まる前庭で、十歳の王はその紙をじっと見つめた。

門に張られた薄紫の紙切れは、風にめくれていた。紙には整然とした楷書で、新たな「訓練召集」の通告が記されている。字は役所の判子とともに押され、末尾には宰相グレイの名にも見える重い印が添えられていた。城下の子どもたちの集まる前庭で、十歳の王はその紙をじっと見つめた。

「僕は、ここにいる誰も戦地に出さない。出させはしないよ」

リクは言葉を短く切った。言葉の向こうにあるのは、戴冠式で決められるという大人たちの約束を、子どもを前提に進めようとする圧力だった。彼の目は、募る恐怖で顔を青ざめさせた小さな手を握る教師に向いていた。教師の名はイサナ。学校の昼休みにはいつも笑っていたが、今は額に深いしわを寄せていた。

「王様、でも――これ、ちゃんとした書類なんです。城府の図書に載っている『臨時動員規則』に似せてあります。公示の手続きを経ているように見えて、外から見ると合法に見えるんです」

イサナの声は震えていた。彼女の背中には子どもを抱くような習慣が染みついている。リクはその背中を見て思った。イサナは自分の意思で子どもを守りたい。だが、家庭の重みや、給料のことで揺れ動くのも事実だ。彼女は仲間であり、同時に自らの選択を抱える一人の大人だ。

「合法に“見える”だけなら、手続きの中身を突けばいい」リクは静かに答えた。「直接ぶつかるのは避けるよ。王宮の大人たちと張り合うよりも、書類の穴をついた方が早い。公示に定められた日数、押印の順序、承認の回覧──そういうのを一つずつ洗い直す。動員は『執行』されるまで効力が発生しない。時間を稼げば、同意の場を作れる。大人が自分の責任を取るように仕向けるんだ」

傍らでユウという名の孤児代表が、小さな拳を握りしめた。ユウはまだ手のひらが柔らかく、その眼差しに強い決意が揺れている。彼は先日のリクの会議で、自分の言葉で「行きたくない」と言う練習をした子の一人だった。リクはその訓練を繰り返したのだ――子どもたちの意思が強制の口実にされないよう、子ども自身の言葉を守ること。だが今回は、言葉の力だけでは足りない。紙切れ一枚で人が連れ去られることを、彼は知っていた。

「君は僕の能力を使えるじゃないか」ユウの視線は真っ直ぐだ。「ユウが『行きたくない』って言えば、王令で止められるんでしょ?」

リクの胸がぎゅりと締め付けられた。子どもの自発的な願いだけを王令に変えること――それが自分にできる“魔法”であることを、彼らは知っている。だが同時に、願いを誘導したり、繰り返し使えば暴走し、自分の年齢が一日進む代償を払うこともまた、彼らの知るところだ。何より、子どもたちにその負担を負わせるわけにはいかない。

「今は、君たちの言葉で願わせるのを使わない」リクははっきりと言った。「それは最後の手段だ。今日は書類の穴を突いて時間を稼ごう。ユウ、君には――君たちには、嘘でも強制でもなく、自分の言葉を使ってほしい。けれど、それは戦場に行かないための戦術じゃなくて、自分を守るための言葉であってほしいんだ」

ユウは俯いた。彼の唇が震え、やがて小さな声で「わかった」と答えた。周囲の子どもたちも、先に聞いた「自分で選ぶ」練習を思い出している。リクはその表情を見て、胸の痛みを少しだけ抑えた。

午後になると、城下の役所から使いがやってきた。役人は官服の襟を正して、学校長の前に立った。彼の手にはさらに厚い「補助奉仕団」の名での通達があり、印の押し方は門に貼られていた紙と同じだった。だが、リクが顧みてきた書類の基準に照らすと――そこには、ある重要な不備が幾つか見つかった。

「掲示期間が規定の一日足りません。署名欄も、正規の公証印ではなく代理印が使われています。こちらに本来必要な『家庭への同意の写本』が添えられていない。これらは後から正すことができる項目ではありません」

リクのそばにいる若い法務官、フェイは静かに説明した。フェイは王府の文書行政に携わる若者で、年は二十を少し超えたところだ。彼はリクの頼みで夜遅くまで法典を読み解き、行政手続きの細かい落とし穴を探していた。

「つまり、正しい手続きを踏まずに発布された命令は、執行される前に差し止められる可能性がある。裁判または行政の審査で指摘されれば、その場で滞る」フェイはそう付け加えた。

リクは一息つくと、学校の黒板に大きく「手続きの穴」と書き、子どもたちにも見えるようにした。彼は言葉を選んで、子どもたちに説明した。

「戦争っていうのは、たしかに大きな決断を伴う。でもね、決めるのは僕たち子どもじゃない。大人が責任を取るべきものなんだ。大人が自分の手で決めることを避けるとき、代わりに僕たちの体や言葉が利用される。だから僕は、大人が自分の責任を放棄することをやめさせたい。今は紙切れの穴をつぶして、彼らを追及する時間を作る」

その瞬間、教室の空気が変わった。子どもたちの目に怒りが混ざり、保護者の顔には疲労と不安が残る。イサナは黒板の文字を指でなぞり、沈黙の内に何かを決めたようだった。

その夕方、イサナのもとに一通の召還状が届いた。差出人は城府の視察官の名を騙る男で、封筒の中には厚手の紙幣とともに、優しい言葉が添えられていた。「学校の安定のために、今は協力が必要です。拒めばあなたの家族に不利が及ぶこともあるかもしれません」——その言葉に、イサナは初めて耳を塞ぎたくなる思いを抱いた。誰かを守るために、守るべき人の選択が脅かされる。リクはその手紙を見れば、脅しの匂いがすることを嗅ぎ取れた。

「イサナさん、受け取ったのか?」リクは問いただした。

彼女は首を振らず、目を伏せた。「受け取りました。でも……どうすればいいのかわからない。子どもたちの面倒を見るという仕事と、私の親の治療費と。拒めば、家のことが滞るかもしれない。けれど、協力すれば子どもたちを危険に晒すことになる。それが正しいのかどうか――」

「正しいかどうかは、ただ一つの判断で決まるわけじゃない」リクは静かに言った。「でも、誰かが守られるために別の誰かが無理をするのは間違っている。だからこそ、僕は手続きを利用する。時間を作って、議論の場をつくる。君には君の選択がある。僕は強制しない」

イサナは肩を震わせ、やがて小さく笑った。笑いには疲労も混じっていたが、どこか安心の色もあった。リクの言葉は、押しつけではなく、選択肢を示す灯だった。

夜が深まる頃、保護者の一人が学校の玄関までやってきた。男は汗をかき、顔は青ざめている。彼の名前はタケル。職を失いかけ、妻と幼い娘を抱える父親だ。彼は紙を握りしめながら、リクの前に跪いた。

「王様、僕の子はまだ六歳です。けれど、昼に役所の人が来て、『年齢の改竄が必要だ』と言って行きました。金を渡すから登録してくれと。家族を守るためなら……」タケルの声は途切れた。金が働く恐ろしさは、幼いリクにもわかる。人々は生きるために選択肢を迫られる。そしてそれを利用するのが、大人の怠慢だ。

リクは立ち上がり、タケルの肩に手を置いた。「君の子は行かない。今はその手続きを止める。僕たちは、君たちが選べるようにする。君が金で売られるようなことはさせない」

代償を払わずに子どもを救うことはでき