陶工

陶工 第28話「終章」

アカリは土袋を膝に置き、御影石の堤に腰かけた。足元で溶岩は低いうなりを続け、空は焦げた橙色から藍へと移っている。堤の端にはあの黒い杯が立っていた。光は吸い込まれるように暗く、どこにもひびは入っていない。人々はその周りを通りながら、無言で掌を触れ、あるいは目を伏せた。黒い杯は、ここに居合わせた者たちの指紋と涙と、かつての支配のしるしを一身に引き受けていた。

アカリは土袋を膝に置き、御影石の堤に腰かけた。足元で溶岩は低いうなりを続け、空は焦げた橙色から藍へと移っている。堤の端にはあの黒い杯が立っていた。光は吸い込まれるように暗く、どこにもひびは入っていない。人々はその周りを通りながら、無言で掌を触れ、あるいは目を伏せた。黒い杯は、ここに居合わせた者たちの指紋と涙と、かつての支配のしるしを一身に引き受けていた。

「アカリさん、まだ?」とトマが声を掛ける。炭で煤けた作業着の裾を振るわせ、彼は土の皿を抱えていた。皿は薄く、縁には子どもの頃の落書きのようにぎこちない模様が描かれている。模様は、言葉にできなかった悲しみを焼き付けられた跡だ。アカリはゆっくり立ち上がり、土袋を持ち上げる。重さは単なる土の重さ以上のものではないが、彼女の掌に乗せると温度という感覚が返ってこない。指先はいつも冷たい。触れられるはずの熱が、彼女の中で蒸発してしまったのだ。

「配り終わったら合図を出して。順番は崩さないでほしい」とアカリは言った。声に迷いはない。彼女は能力の条件を皆に伝えている。ここに集った誰もが知っているはずのことだが、念のために彼女は繰り返す。私が手渡した土だけが、器に持ち主の言えない感情を模様として焼き付ける。感情は消せない。壊れれば暴れる。――その代償は、既に彼女が払った。温度感覚は戻らない。だが彼女はそれでも土を手渡した。

「お願いね。自分の器は自分で作って。私が土を渡すだけ。強制はしないから」アカリの手の中で、土の粒が乾いた音を立てた。誰も強制はしなかった。誰もが自分の言葉で、自分の手で作ることを選んでいた。なぜならこの術は、誰かの悲しみを奪うための道具ではなく、悲しみを形にして分け合える器をつくるものだからだ。奪えば消えるのではなく、分かち合えば支え合える。

最初に列になって立ったのはソワだった。年老いた女で、右腕に広い瘢痕がある。彼女は目を伏せたまま、じっとアカリの土を受け取ると、瓦礫の一片を指先で撫でるように土を手に取って、低い窯へと腰を下ろした。窯は人の数だけ並んだ小さな炉で、先週仲間たちと改修したものだ。窯の縁は叩かれ、磨かれ、いつの間にかひとつの音を纏っていた。それは日常の雑談に紛れると、いつしか子守歌のように聞こえた。いつもは不吉に思えたその響きが、今は人々の作業を繋ぐリズムになっている。

「怖いなあ」とソワが小声で呟いた。彼女の握る器の底には、青黒い斑点のような模様が滲み始めている。練り上げられた土は、言葉を飲み込まれた感情の肖像を浮かび上がらせる。アカリは窯の火力を目で確かめ、灰色の手袋をつけた手で慎重に皿を窯の中へ滑らせた。窯は応えるように低く鳴り、彼女の耳にはそれが子守歌へと聞き取れた。音が、そこにいる人の心の震えを整える。そうだ、思い出すのは禁じられた記憶ではない。ここで共に守ることを、声にすることだ。

作業は淡々と進んだ。村の人々は各々の器を手にし、自分の模様を見つめては溜息を吐いた。誰かの袖が触れるたび、器の模様が微かに震える。子どもたちも参加した。小柄なメイは口を真一文字に結び、鼻をすするのを堪えながら自分の壷をこねた。彼女は前に、器の模様を見て言葉を失った子だ。今は、自分の声を取り戻すためにここにいる。誰も彼女を押さえつけたりはしない。自分で器を持つことを選ばせたのだ。

正午近く、溶岩の流れがいつもの道を少しだけ変えた。地鳴りがして、堤に立っていた人々の顔に緊張が走る。アカリは瞬間、視線を固めた。目だけが告げる熱さはある。だがその熱さを手で確かめることはできない。彼女は土の袋を差し出し、次の家族へ渡し続けた。もし器が壊れれば、その中に眠る言えなかった怒りや恐怖が、文字通り「暴れる」。割れた陶片から炎のような形が飛び出すと、周囲の空気が震え、誰かの喉が引きちぎられるような叫びがあがる。あのときの代償を、彼女は忘れてはいなかった。忘れられないからこそ、彼女は慎重だった。

「アカリさん!」叫び声がした。堤の外側で、若者のひとりが足を滑らせた。彼が抱えていた皿が手から弾けた。音は裂けるようだった。陶片は飛び散り、土の模様が鋭く空気を切った。破片の間から、冷たい光が迸ったかのように、周囲の空気がねじれた。誰かが叫び、子どもが泣き出す。壊れた皿の破片に触れた者の瞳は、瞬間だけ赤く滲む。

アカリは反射的に走った。だが手は、いつもなら焼け焦げの熱でもう一度戻れないはずの場所を触れても、何も告げない。片腕を差し出すと、同時に風に乗って不協和音のような嗚咽が押し寄せた。破られた感情は辺りに散り、誰かの記憶の欠片を刺す。トマが、うずくまった若者を抱きしめ、周りの者たちが輪になって破片を囲んだ。アカリは自分が何をすべきかを知っていた。壊れた器をそのままにしておけない。割れた断片に曝された感情を、別の器で包むのだ。

「壊れたものは隠しちゃ駄目。包もう、声を出して。名前を呼んで、ここにあるって示して」アカリの声は震えた。彼女は温度を感じない代わりに、声の震えや呼吸の乱れを鋭く読み取る力を得ていた。破片の周りに、誰かが新しい器を差し出す。素早く、ひとつ、またひとつと破片を包み込むように重ねていく。包む行為は、暴れた感情を物理的に受け止めることでもあり、現れる声に名を与え続けることでもあった。

窯の子守歌が高まり、そこにいた全員が小声で歌い始める。歌は古い旋律に手を入れたもので、短いフレーズを繰り返すだけだ。だがそれが破壊のすぐ側にある恐怖を包み込み、やがて固まった空気を溶かしていく。アカリはその歌を聞きながら、壊れかけの黒い杯を見た。あの杯は以前、イングの旗印として使われたこともあった。だが今は、誰かの指紋を刻んだ記念碑であり、ここに居た者たちの証だ。黒い杯の光沢が、寄せられる手の影を映している。

「これでいいのか?」とメイがアカリに訊いた。小さな顔に灰がつき、唇が震えている。

「消したいと思うか?」アカリは言葉を選んだ。「(消せない)でも、ここに置くことはできる。持つかどうかは、あなたが決めていい」

メイはこくりと頷く。アカリは土を差し出す。メイはそれを受け取り、自分の悲しみを形にしていく。窯の中で器はゆっくりと色を変え、模様が浮かび上がる。模様は尖ったものや、流れるようなものや、途切れ途切れの線で構成されている。そのどれもが、消されたくないと言っている。

日が落ちるにつれ、堤は器で埋まっていった。大きな鉢、小さな杯、幾何学的な壺、子どもの作った粗雑な皿。黒い杯の周りには、特に手の込んだ器が集められた。その集まりは、過去の手形の痕跡と呼応している。灰に残った手形――あのとき誰かが立てた手の跡が、今ここで再現されつつあった。土と灰が交差する地点に、彼らは自分たちの痛みを並べたのだ。

夜になり、溶岩は鼻先をなでるように輝いた。懸念はある。陶は熱に晒されてひび割れ、壊れれば再び感情は暴れ出す。しかしそれでも、人々は器を堤に並べ続けた。理由は単純だった。悲しみを隠しておけないからだ。隠すことで他人の支配が敷かれるより、見える形で共有することで、取り返しのつかない暴走を先に受け止めることができる。

「今だ、みんな一緒に」とア