陶工 第2話「第1章」
灰色の朝だった。空は鉛色に垂れこめ、遠い山の裾が白い煙を吐いているのが見えた。アカリは手ぬぐいで額の汗を拭きながら、窯場の入口で待っている人々の列を見渡した。列には年老いた男の背、泣き腫らした若い女の肩、粘土だらけの子どもの手が混じっている。誰もが、まだ残る日常をどうにか繋ぎ留めようとしていた。
灰色の朝だった。空は鉛色に垂れこめ、遠い山の裾が白い煙を吐いているのが見えた。アカリは手ぬぐいで額の汗を拭きながら、窯場の入口で待っている人々の列を見渡した。列には年老いた男の背、泣き腫らした若い女の肩、粘土だらけの子どもの手が混じっている。誰もが、まだ残る日常をどうにか繋ぎ留めようとしていた。
「助けてほしいんだろ?」と、隣にいた師匠のシゲルが低く言った。彼はこの村の陶工を束ねる男で、頬は黒い煤で覆われ、指はいつもやけに太い。シゲルの視線は列の一番前にいる女に向かっていた。その女の手には、欠けた缶を包むような布つつみがあった。
アカリは息を吸った。胸の奥で、転生前の教室の声が微かにこだましている。こどもの手のひらを粘土で汚すのは好きだった。教えることは慣れている。だが今は違う。ここでは、彼女の触れた土にだけ、別の役割がある。
「私が渡した土だけにしか、模様は出ない。本人が言えない感情が、焼き付けられるんだ」アカリは列に向かって声を出した。言葉は震えていなかったが、その後の沈黙が重かった。彼女は能力のことを口にするのが苦手だった。だが今日は隠すべきでない。目の前の人々の困窮は、ここで曖昧に扱えるものではなかった。
前に立っていた女は、肩をぎゅっと縮めていた。三十代半ばだろうか。頬には灰が張り付き、唇は乾いてひび割れている。布をぐっと握る指先を見て、アカリは理解した。女は言葉にできない悲しみを抱えている。噴火で家を失い、親族を焼き場に置いてきた者たちだ。
「どうしてそれで……人の悲しみが?」若い男がひとり、疑い深くアカリに問うた。彼は避難所から派遣されてきた役人らしく、まだ真新しい制服に土埃がついていた。疑問は正当だった。能力が不思議なら、危険もまたある。
「土は器に形を与えるだけじゃない。私が手渡した土は、その人の言葉にできないものを、器の模様として焼き付ける。言葉に出せない怒りや、泣けなかった悲しみ、恥。模様は消せない。割れば、そこに封じられていたものが暴れる」アカリは言葉を選んでゆっくりと説明した。彼女の手は腰の腰袋に触れ、そこに小さな土の袋を隠している。袋には、自分が渡すために集めた粘土が入っている。
「消せないんですか」女が小さく吐息を漏らした。声はほとんど風だった。「じゃあ……それを作ったら、誰かがずっとその悲しみを背負うことになるって……」
「いいえ」アカリは首を振った。人の顔を見て言葉を続けた。「私の器は、代わりに背負わせるものじゃない。分けるための道具よ。誰か一人に全部を押し付けるものじゃなくて、共有する。そうすることで、悲しみが重くならなくなるかもしれない。私だけの力でどうにかするつもりはない。あなたたち自身が選ぶことが大事。」
列の中で、子どもが小さな声で「ぼくの匂いする?」と尋ねた。彼の手はまだ粘土で黒く、親指に小さな傷が光っている。アカリは微笑んで膝を折り、子どもの高さに合わせた。「匂いはしないわ。でも、もし君がいいなら、君の土をちょっともらえる? 君の中の、話せないことを器に残す手伝いをしたい。」
その言葉に、子は恥ずかしそうに笑った。女も、ぎこちなくも頷いた。アカリは小さな手を取り、用意してきた布袋を差し出した。土を手渡すには手順がいる。最初のルールは同意だ。彼女はそれを徹底していた。土を渡した瞬間、その人の言えなかった何かが糸のように、高温の釉薬の前で絡まり始めるのを感じる。
「覚えておいて」アカリは、女の手を握りながら言った。「私が渡した土だけにしか、模様は出ない。誰かの土を勝手に使うことはできない。壊したり焼いてしまうと、そこに封じられたものががさつに飛び出す。そうなったら、私の手から温度が抜けるように感じる。触っても熱いのか冷たいのか、わからなくなる。代償があるの。」
女の目が大きくなった。たぶん想像していたより具体的で、怖かったのだろう。だが、同時に顔には決意の筋も現れていた。失ったものはもう戻らない。戻らないからこそ、方法を変えなければならない──という気配があった。
アカリは窯場に戻ると、作業台の上の道具に手を伸ばした。泥の塊が無造作に積まれている。彼女は自分の袋から粘土を取り出し、女が包んでいた布の中身を確認する。そこには、村の家屋の礫と混じった粗い土が、かつての畳の色をだまし取っているように詰まっていた。
「まずは杯を作ろう」アカリは言った。「小さな器は日常でも使えるし、模様が読みやすい。私が焼く。壊さないって約束してくれる?」
女は一度口を開きかけて閉じ、指を噛む真似をしてからうなずいた。だが、アカリはそのうなずきだけで安心はしなかった。器を壊すことは事故で起きることもある。だから彼女は、作っている間の説明を続けた。器は消えない。消そうとすることもできない。そこにあるものをどう扱うかは、作る側と持ち主との合意に委ねられる。アカリは、自分が器の管理人になるつもりはないと繰り返した。器はあくまで、村のものに返す。
ろくろを回す手に力が入る。粘土は冷たく、指先にじんわりとまとわりつく。アカリは呼吸を整え、土を中心へと寄せた。長年の教えと、ここでの学びが体の中で混ざり合う。形が立ち上がっていくと、彼女の意識は土の中に潜るように沈んだ。土は過去を抱えている。生者の手を離れたときの切なさ、失ってしまった日々の感触。彼女はそれを感じ取りながら、薄く回す。
器の胴に指跡がつく瞬間、表面に微かに模様が浮かび上がった。それは漣のような線で、涙を拭った布の跡にも似ていた。アカリは息を飲む。模様は、持ち主の言えなかった感情のひとつが形になったものだ。絵や文字ではない。模様は器の釉薬へと溶け込み、焼かれることで確かな文様になる。彼女はその模様を見て、女が抱えていた「取るに足らない」と思われていた小さな怨念や、申し訳なさが埋もれていたことを理解した。
「見える?」女が震える声で尋ねた。目はもう涙で光っている。
「うん」アカリは木のへらで余分な泥をそっと払いつつ答えた。「あなたが口にできなかったことが、これに出てきた。恥と罪の複合体みたいなもの。消せない。取り戻せない。でも分けられる。」
シゲルが背後で唸った。「それは、便利と危険の二刃だ。何でもかんでも土を渡せばいいって話じゃない。」
「わかってる」アカリは言葉を短く切った。彼女もその危うさを分かっている。器に刻まれた模様は、他人の痛みを一時的に軽くすることはできるが、同時にそれを示す「器」が存在することで、新たな標的にもなり得る。誰かがそれを利用し、誰かの悲しみをじっくりとあつかうことで、支配を構築することもあり得る。
ゆっくりと成形を終え、アカリは器を窯に入れる準備をした。焼成は彼女がここで最も神経を尖らせる工程だ。高温の炎が、模様を閉じ込める。だがそれは器を壊すという可能性を、同時に孕んでいる。焼く間の取り扱い、冷ます間の注意、そのすべてが重要だ。
「焼き上がるまで、ここに置く」アカリは女に言って器を渡した。女の手は震えていたが、器を抱きしめるその手は確かに自分のものだった。アカリはその時、もう一つの小道具に視線を投げた。作業台の片隅、古い布に包まれた小さな黒い杯がそ