陶工 第18話「第16章」
「また、紙が落ちていた」
「また、紙が落ちていた」
アカリは窯場の縁に腰を下ろし、冷えた土の塊を掌に転がしながら言った。手渡す土は、自分が触れ、こね、渡すことでしか働かない。だからこそ、彼女は自分の手の動きひとつひとつに責任を感じていた。彼女の指先は既に熱を感じにくくなっていて、窯の灰が舞う夕暮れに、土のぬくもりを確かめられない不安が常に胸にある。
「どこから来たんだ、こんなもの」
と、火口側の道具小屋からトマが紙片を握りしめて出てきた。中年の顔には疲労と怒りが刻まれている。彼の肩には、かつての兵としての勘が残っていた。手にしているのは、イング側の印象操作を匂わせる宣伝紙。アカリの能力を「操りの術」と断じ、村人の結束を乱すことを目的に作られたものだ。
「『あなたの悲しみは政府に届けられる』だってさ。オチまで書いてある。あんたが土を渡したら、言えないことを抜き取って政府へ回すんだとさ」
トマの声に、周囲の数人の顔が緊張で硬くなる。既に噂は村の端々に届いている。窯場に集まったのは、村議のミラ、鍛冶のヒデオ、幼い子を抱えたハナ、そして数人の陶工見習い。皆、それぞれに守るべき何かを抱えている。誰もアカリの力を完全には信じていないが、同時に保護にも頼っている。不信と依存が混ざった空気は、何よりも厄介だった。
アカリは、土をこねる手を止めずに言った。
「私が渡した土だけに模様が出ます。消すことはできません。壊せば感情は暴れますし、私はまた手から温度を失う。だから無理強いはしません。自分の土を、自分の手で器にしてください。私の役目は土を渡すことだけ。それで、互いに話をしましょう」
紙片をちらと見ていたミラが、鼻を鳴らした。
「どうしてそんなことを信じろって言えるの? あんたの土を渡せば、弱みを握られるんだって。イングはそうやって人を支配してきた」
「それなら、見せればいい」とヒデオが割って入る。「力で押し通すのか。それとも証拠を出すのか?」
「証拠は、作りましょう」アカリは小さくうなずいた。「壊されると危ない。でも、壊さない約束をしてくれるなら、ここでやってみせます。私がやるのは手渡すこと、作るのはあなた達自身。出来上がった器の模様が、言葉にならないものを写しだすんです。互いに見せ合い、話し合えば、噂や疑惑は少しは晴れるはずです」
議論は続いた。過去に器を壊された経験や、壊れた器から感情が噴き出したときの恐ろしい光景が引き合いに出された。アカリはその一つ一つを黙って聞き、手の中の土を小さく形作る。彼女の手は窯の温もりも感じなくなっている。灰に近づいてはいけない、火を直接判断できない。この制約が、彼女の決断を厳しくした。だが、彼女は強制を選ばない。守るべき共同体の選択を奪えば、彼女の手が守るものは意味を失う。
「まずはハナさんから、どうだろう」アカリが言った。「あなたは子のためにも真実が必要だと、前に言ってくれた。土を渡すかどうかは、あなたの選択です」
ハナは我が子を胸に抱きしめ、眉を寄せた。彼女は噴火で兄を失い、その悲しみを胸にしまっていた。言えないままに押し込められた怒りと後悔が、夜になると彼女を押しつぶしたという。ハナはしばらく沈黙した後、ゆっくりと首を縦に振った。小さな決断の輪がひとつ、窯場で動き出す。
アカリは彼女に土を差し出した。手元で土は淡く抵抗し、アカリの指が残る。ハナの指先が土に触れると、窯場の空気が一瞬だけ滑らかになるように感じられた。見習いたちの目が、互いに交わる。
「私はあなたを操作する気はない。できない。土に出るのはあなたの、言えなかったものです。見せるかどうかもあなたが決めてください。それがここでの約束です」
ハナは土を撫で、形を作り始めた。土が指に馴染んでいく。時間がゆっくりと流れる中で、乾いた音が窯場に広がった。出来上がった碗は、灰色の表面に淡い模様が走っていた。釉をかけ、焼成の順番を待つことにしたが、アカリはその模様を蛍光灯の下に寄せて見せるように差し出した。模様は、一見すると波紋のようにも、裂けた帆布の縫い目のようにも見えた。しかし見続けると、真ん中にぼんやりと人の掌のような跡が残っていることが分かった。灰の手形だ。
ハナは息を吐いた。目は赤く滲んでいるが、困惑と安堵が同居していた。「父の……手だ」そう、彼女はつぶやいた。「あの日、火の中で父は手を伸ばした。私は怖くて振り払った。あの手形。あの跡は、私が掴めなかったものの痕跡だ」
その言葉を聞いたミラの顔色が変わる。彼女は古い記録係の家系で、村の過去を知っている。顔の筋肉が硬直し、声が低く震えた。「灰の手形……それは――」彼女は言葉を切った。アカリはハナの器をもう少しだけ引き寄せて、他の者にも見せることを許されるか確認した。ハナは小さく頷いた。共感とは、強制ではない。その一歩が、窯場の空気を変えた。
「灰の手形は、あの時の公文書にも残っている」ミラの言葉に、重みがあった。「灰の中から取り出された報告書。手形の写真と共に、消された集落の名前が刻まれていた……イングの記録担当が、その手形を保存していたのよ。記録するためだと、彼らは言っていた」
その瞬間、誰かの背後で紙袋が破れる音がした。皆が一斉に振り向くと、入り口に立っていた若い男、ジロウの顔が真っ青になっていた。彼は村の外で接触した交易商から受け取ったという小さな木箱を手にしていた。箱を開けると、中には古ぼけた紙片と、鍵の付いた薄い金具、そして一枚の小さな巻物が入っていた。巻物には、子守歌の旋律を示すような記譜が手書きで残されていた。だが、旋律の下に鉛筆で添えられた言葉は、見る者の心を硬くした。
「施設で流れる音……子守歌。あれは『窯の子守歌』と呼ばれていた。彼らはそれを使って人々の反応を誘導した。悲しみの波が来ると、旋律で制御して記憶を整理するためだってさ」
ジロウの声は震えていた。アカリは手のひらをぎゅっと握りしめた。模様が示す手形と、巻物に書かれた子守歌の断片が、不可思議に結びつく。灰の手形と窯の歌。二つの手が、過去の隠蔽の痕跡を指し示しているようだった。
「イングは悲しみを管理していたのね」ヒデオが呟いた。「悲しみを計測して、利用する。記録して、裁量する。器を取り上げて『管理された哀しみ』だけを許す。それが彼らのやり方だ」
外から、低い声が聞こえた。窯場の外、村の通りで誰かが石を打ち鳴らすようにして不信を煽っている。イング側の手先が撒いた噂はここまで届いていた。アカリは顔を上げ、皆の目を見る。彼女は温度を手で判断できなくなった自分の不利を誰も気にしないようにしたふうに振る舞ったが、心の中で毎回、火と灰の匂いが鈍くなっていくのを感じている。
それでも、行動は続けるしかない。アカリは他の者にも土を差し出した。ジロウには薄い土の円盤を渡す。彼は震えながらも、それを指で押し広げ、器の縁を立てた。出来上がった皿には、幼い声が曲になって数本の線のように走っている。見た者の胸には、微かな懐かしさが囁いた。ハナの器と合わせて並べると、不揃いの音符が輪を描くように見え、やがてその輪の中心に、誰もが薄々感じていた一つの像が浮かび上がった。それはかつて村から奪われた