陶工 第12話「第11章」
朝の冷気が火山の斜面から降りてきて、窯場の屋根梁を薄く白くしたころ、アカリは手を動かす代わりに息を詰めていた。今日は釉薬の調合を確かめるつもりだった。窯の口を開けて、まだ残る陶土の匂いと灰の匂いを確かめれば、夕方までに何を焼けるかがわかる。やることは山ほどある。守るべき人々の顔が浮かぶ。窯と土を奪われれば、その顔を守る手段が一つ消える。
朝の冷気が火山の斜面から降りてきて、窯場の屋根梁を薄く白くしたころ、アカリは手を動かす代わりに息を詰めていた。今日は釉薬の調合を確かめるつもりだった。窯の口を開けて、まだ残る陶土の匂いと灰の匂いを確かめれば、夕方までに何を焼けるかがわかる。やることは山ほどある。守るべき人々の顔が浮かぶ。窯と土を奪われれば、その顔を守る手段が一つ消える。
「アカリ、来てくれ」ミサが屋外の物置へ呼んだ。ミサは村の窯守で、窯の燃し方から灰の片付け方まで何でも知っている。今日はいつになく声が堅かった。
物置の扉は荒々しく開け放たれ、中の棚は空っぽだった。薪の束がごっそり消え、粘土袋のスペースにはひどく乱れた足跡と、灰に残された手形が一つ。手形は黒く、指の形までくっきりと残っている。灰に押されたその掌の模様は、アカリが以前から気にしていた「灰の中の手形」を思い出させた。だがこの手形は、いつもよりも大きく、鮮明だった。誰かが急いで、しかし確実に持ち去ったのだ。
「盗まれたのか」リオの声。鍛冶屋の見習いだが、弓の扱いが上手く、村の巡回もしている。彼は物置の前に立ち尽くして、地面を見下ろした。
ミサが吐き捨てるように言った。「夜の間に。しかもいい道具だけ。温かく燃える薪、窯の耐火布、それに新しい粘土の袋が三つ。誰か計画してきたんだわ」
アカリは先に物置に入った。盗られたのは物理的な材料だけではない。窯の稼働が止まれば、彼女が作り出せるものが減る。彼女の術は厳格だった。「本人が手渡した土だけ」に働く。焼いて模様を固定する必要があり、焼くためには窯と燃料が不可欠だ。物置を見渡しながら、アカリはその制約を頭で反芻した。能力は奇跡ではない。便利だが、条件がある。しかも、器を壊されれば感情が暴れ、彼女は自分の手から温度感覚を失う。これは甘く見ていい代償ではない。
「誰がこんなことを?」ミサが呻いた。「イングの手先だよ。昨夜、偵察の馬を見かけたって人が言ってた」
リオが舌打ちした。「あいつらは『支援』って言いながら、奪う。材料を管理すれば、窯も器もすべて管理できる。そうすれば、この村の選択の余地が減るんだ」
「土を奪うだけじゃない」ミサの目が窯の入り口に向いた。そこに、あの手形と同じ模様がひっそりと残っている。火の熱で黒光りした薄い層に押された掌の跡。アカリは一歩近づいた。灰の中に指先だけが滑ったような痕跡が続いている。その並びは、村道を下っていく足跡とつながっている。
「誰かがここで何かを証拠として残したのかもしれない」アカリはそう呟いた。「灰の手形……前にも見た。あれはただの指紋じゃない。意図がある。配置が同じ場所にあった」
「意図って?」リオが聞く。
「誰かがわざと残したか、あるいは慌てたやつが捨てたかのどちらか。だとしたら、持ち去った先がわかるかもしれない」アカリは足跡を辿り始める。灰に残った掌は、まるで道しるべのように一点を指している。道を下ると、村の外れにある小さな柵付きの道具置き場に辿り着いた。そこには昨夜までここになかった車輪の跡が三つ、泥を弾いて続いていた。
遠巻きに人影が見えた。黒いマントに縁取りされた徽章――イングの象徴だと誰もが知る小さな黒い杯の紋章をつけた二人が、木箱を整理していた。彼らは素早くこちらに気づき、手を合わせるようにぎこちなく止まった。
「そこの者たち。何を調べている」一人が声を張った。声は冷たく、訓練された抑揚があった。
ミサが前に出た。「私たちの物だ。何の権利があって取るのよ」
男は肩をすくめる。「指示だ。火山伯イングの管理下に入った資材は、正式な登録があるところへ集める。命令でだ」
「命令だと?」リオが歯を剥いた。「登録? 誰が登録するんだ。あなたたちの署名? 我々の共同の意思じゃないか」
二人の間には静かな緊張が流れる。イングの男はじっと村人たちを見回し、最後にアカリを見た。アカリは背筋を伸ばし、手のひらを見せた。手の平の皮膚は土と灰の混じった色になっている。彼女自身も、自分の能力の代償をひたひたと意識している。窯が動かなければ、人々が自分の意思で悲しみを器にする機会を奪われる。それが何よりも我慢ならなかった。
「あなたたちは武力で奪うつもりか?」アカリは穏やかに言った。「私たちは抗う気はありません。でも、器を勝手に持ち去るなら、その先で何が行われるかを、私たちは証明します。強制は認めない」
男の目が細くなる。「証明? ここは火山伯の領地だ。秩序のために適切な措置を取るだけだ」
「秩序って名の下に、誰かの記憶や悲しみを一方的に管理するのなら、それは秩序じゃない」アカリの声に、村人たちの視線が集まる。ミサの手が固く握られ、リオの顎が引き締まった。彼らは武器を持っていたが、アカリはそれを横目で見て腕を下ろすように合図した。彼女は力で解決する気がなかった。力は器を壊し、壊れた器は感情を暴れさせ、彼女自身の感覚を奪う。選べるのは違う方法だ。
「あなたたちが取っていった材料が必要なのはわかる」アカリは続けた。「でも、それは私たちが自分たちのやり方で使う。私たちは人々に器を作る権利を守る。もしあなたたちが本当に秩序を守りたいのなら、まず村人たちの証言を聞き、彼ら自身がどうしたいかを聞くべきだ」
一瞬の沈黙。男は冷笑を浮かべた。「それは手間だ。効率が悪い。上層部は労働の管理と記憶の整理を望んでいる。無駄な感情は国の負担になる」
「だれが決めるんだ、無駄かどうかを」ミサがかぶせた。「その判断をあなたたちが独占するつもりなら、私たちは黙って従わない」
「従わないというのなら、上へ報告する」男は一歩後退し、腕に掛けた小さな箱から紙を取り出した。白い紙には公式の印が押されているように見えた。彼がそれを振りかざすその瞬間、アカリは目を留めた。紙の角に、ほんの薄い黒の輪染みがある。灰の手形の行列に似ている――さっき物置で見た掌の跡の断片に、同じ指の配列が見て取れた。
「印が……」アカリは声を殺した。紙に押された黒い染みは偶然に見えたが、位置が一致する。灰の中の手形が、単なる偶然の痕跡ではないことを示している。誰かが刷って残した、制度の印。イングの管理下にある何かが、灰の手形と結びついている。
男の手が震えたわけではない。ただ、彼の顔に僅かな動揺が走った。「それは誤解だ。登録のための符号だ。お前ら村民のために効率が必要だってだけだ」
「効率って名のもとに誰かの声を消すのが効率なの?」リオが叫んだ。「お前らは感情を器にして封じ込めるだけじゃないのか。消えた記憶、奪われた労働。全部で何人が犠牲になった?」
黒いマントの男が声を荒げた。「脅迫される筋合いはない。撤収しろ、さもなくば――」
さもなくば、という最後の言葉は霧に溶けるように薄かった。力をちらつかせる空気。周囲の農作業をしていた村人たちが集まり、子どもを抱えて遠巻きに立ち尽くす。誰も武器を上げない。アカリは彼らの顔を見る。怖がっている顔、怒りの顔、疲れた顔。村を守るのは自分だけではない。守る対象は彼らの言葉と選択だ。彼ら一人一人の判断を奪わせない――それが彼女の誓いだった。
「私たちには証拠がある」ア