石工 第11話「第10章」
朝の風は断崖をなで、町の石畳を灰色の粉に戻していった。ソウは掌にのる小さな石を磨きながら、広場に貼られた布告を見た。王宮の印。黒い鳥のように重そうな紋章に、徴用と奉仕が命じられている。若者は材を運び、空石を積み上げ、浮遊する宮殿の礎となる——と書いてあった。文字の端に、徴用の開始日時が朱で押されている。
朝の風は断崖をなで、町の石畳を灰色の粉に戻していった。ソウは掌にのる小さな石を磨きながら、広場に貼られた布告を見た。王宮の印。黒い鳥のように重そうな紋章に、徴用と奉仕が命じられている。若者は材を運び、空石を積み上げ、浮遊する宮殿の礎となる——と書いてあった。文字の端に、徴用の開始日時が朱で押されている。
「始まったか……」
ソウの欲望は単純だった。崖と家を守るために、必要なだけの手がここに残ってほしい。だが妨げは目の前に立っている。一列に並ぶ王宮の徴集班は、真新しい軍服と手際の良さで町の空気を変えていた。隊の先頭に立つのは、薄い笑みを湛えた徴集吏と、無骨な兵士たち。徴集吏は声を張らずに告知をする。声の低さと確信が、言葉を強制力に変えている。
「働いてくれた者には食と補償を与える。拒む者は法の定めに従うのみだ。離村と年季奉仕を課す。若き力は必要だ」
群衆からため息が漏れ、誰かが唇を噛んだ。ソウは布告に手を触れ、指先の感触で文字の切れ目を確かめた。外側から強制するものは大きい。だが、自分が今したいことはもっと原始的だ。徴用に走る若者たち一人ひとりに向き合い、彼らの声を聞くことだ。それが自分の守る対象、家と家族のために今できる最初の仕事だと直感していた。
まず向かったのは街道沿いの木造の小屋。そこにはレンがいた。レンはソウと年が近く、運び手として町でも腕のいい男だった。だが今日は肩に古い布袋をぶら下げ、徴集班に名を挙げられるのを待つような影があった。
「レン」
「ソウ……」レンの声は軽く震えた。瞳は遠くを見ている。彼は母と二人暮らしで、空石の仕事で賃金を増やせば母の薬代が出る、と村人の多くは考えていた。徴集は金の匂いを含んでいた。
「行きたいか?」
「行きたい、というより……行かなくては、かな」レンは吐き出すように言った。「母さんの治療代が、これまでにないほど要るんだ。王宮は金を払う。俺が行けば、家族が……」
ソウはそこから説得や押しつけはしなかった。彼は小さな石をポケットから出し、レンの目の前に置いた。石は手のひらに収まるほどの大きさで、角は軽く摩耗している。
「約束を刻んでくれ」とソウは言った。「刻むって言っても、簡単なことだ。名前と、互いに守ることだけ。君が行くなら、家を誰がどう支えるかを決める。俺は刻んだ側だ。君はこの石に自分の意志で名を刻むか?」
レンは驚いて石を見つめた。ソウの能力はここで現実的な手段だった。ソウはこれまでも小屋の梁を支えるために、母子や隣人と小さな約束を刻んで使ってきた。だが発動には条件がある。石に刻むのは互いの名と互いが守ることの約束――二人以上でないと大きな重みを分けられないということ。もしどちらかが約束を破れば、その石は倍の重さになる。ソウはそれを隠したりはしなかった。彼の掌にある石は、効用と危険の両方を示していた。
「倍になるって、本当に?」レンは指先で石の表面を撫でた。声に怯えが混じる。
「本当だ。破られたら石は倍になる。倍になった重みは、元の支えよりもきつくなる。誰かの約束が切られたとき、負担は跳ね上がる。だが、約束が守られていれば、重さは分けられる。小さな家の梁くらいなら、二人の約束でも持つ時がある」
「でも大きな岩は?」レンが続けた。
「一人や二人では無理だ。支える人数は重さに比例する」ソウは明瞭に答えた。「それを弁えるのが、これからの課題だ」
レンの表情は揺れた。貧困と薬代、親の顔を思い出す秤と、自分の意思で決めることの秤が交差している。徴集班の笛が遠くで鳴り、移動開始の合図だ。それは時間の圧迫を意味した。
「俺、行く。母さんのために……」レンは低く呟いた。言葉は決意でもあり、降伏でもあった。
ソウは肩をすくめ、石を取り上げた。レンが去る決断をしたことを責めなかった。自分にできるのは、彼が去ることで生じる穴をどう埋めるかを計ることだ。ソウはレンに提案した。
「行くなら、出て行く前に母さんと隣の女に来てもらえ。三人で小さな約束を刻もう。君が戻るつもりだと明記するんだ。戻れないと判断したときは、それもまた互いの口で確認して破棄する。俺はその刻み方を手伝う。約束がある分だけ、家は軽くなりやすい。だが、破られたら——そのときは俺も一緒に背負う」
レンはかすかに笑った。「それでも、俺が帰らなかったら?」
「その場合は石が倍になる。倍になった重みを支えるには、もっと多くの手がいる。だから俺は、今こうして村の人たちに話す。強制で人を持っていかれるなら、持っていかれる前に互いに約束を刻んで、負担を分散しておけ、と」
レンは黙り、最後に短く頷いた。徴集班の兵士が小屋の前を通り過ぎる。レンは布袋を背に、広場へと向かった。ソウは彼の背を見送った後、深く息をついた。個別の対話を続けるしかない。大声で扇動するのでもなければ、静かに人々を集めるのでもない。各自の意思を尊重して、刻み方と連絡方法を示し、帰還の意思の有無を確かめる。それしかない。
徴集の中心地では、徴集吏が声を変え、町の若者たちに向けて演説を始めた。そこにはドレクの影もあるはずだ。ドレクの計画は強引だ。空石を独占し、浮遊宮を築き上げるために若者の労働を吸い上げる。そこには見えざる交換がある。声を奪い、向きを変え、帰るべき家を空洞にしてしまう。ソウはそれを知っていた。しかし同時に、訴えだけで人は動かないことも知っている。だから個々人の事情に寄り添うしかない。
次に訪れたのは鍛冶屋のエナだ。エナは腕の一本で町を支えてきた女鍛冶で、彼女の炉はいつも煙を吐いている。エナはレンの姉にあたる。エナは徴集の知らせで顔を硬くし、短い手紙をソウに投げた。そこには「この村の若者が一人も欠けてはならない」とだけ書いてあった。
「彼らは給金につられて行く」とエナは火の傍で言った。「金で家を支える気持ちはわかる。だが金は一時だ。帰る約束がないままだと家は——」
「崩れる」ソウが言葉を受けた。エナは唇を噛む。
「昨夜来た徴集班の男は、帰還の保証はしてくれないと言っていた。王宮の仕事だ、彼らは戻らない、と。それが嘘だとしても、嘘に影響されるのが目の前の不足だ」
ソウは杵のように固い木片を取り出し、そこに二つの名前を浅く刻んだ。自分の名とエナの名。刻む行為はリズムがあって、指先に仕事がはまる。エナはそれを見て、表情を少し和らげた。
「この約束は何のため?」エナが問う。
「家を守るための暫定の手だ」とソウは答えた。「君が留まるなら、俺が一部の負荷を受けよう。だが、それは君がその約束を守ってくれるという前提だ。破られたら、その石は倍になる。俺が守らないという選択をすることはない。だが倍になった時、負担は増える。だから約束を守るかどうか、君の判断が重い」
エナは火を見つめ、耳に入るはずのない過去の音を聴いているようだった。彼女は町の鍛冶として多くの重荷を受け止めてきた。だが肉親を奪われることと、町を失うことは違う。エナは小さく首を振った。
「もし倍になっても、私はここにいる。町のために」そう言ってから、彼女は不意に笑った。「だが、ソウ。若者を追い返すだけの力が、お前にあるか?」
ソ