虫使い

虫使い 第2話「第1章」

朝の霧はまだ林縁を這っていて、蜂箱の間に差す斜光をぼんやりとしか通さなかった。ミオは指先で濡れた木枠を撫で、見慣れた蜜蝋の匂いを胸に吸い込む。彼女が今したいことははっきりしていた——井戸の水がいつもと違う、という虫たちの知らせを、王都の人間に気づかれずに村へ伝えること。知らせが届かなければ、木を切る者たちが下見を始める。下見が入れば、森の浅いところを掘られ、井戸は毒されるかもしれない。守るべきはここで暮らす人々と、その人々が頼りにしている井戸と養蜂箱の群れだった。

朝の霧はまだ林縁を這っていて、蜂箱の間に差す斜光をぼんやりとしか通さなかった。ミオは指先で濡れた木枠を撫で、見慣れた蜜蝋の匂いを胸に吸い込む。彼女が今したいことははっきりしていた——井戸の水がいつもと違う、という虫たちの知らせを、王都の人間に気づかれずに村へ伝えること。知らせが届かなければ、木を切る者たちが下見を始める。下見が入れば、森の浅いところを掘られ、井戸は毒されるかもしれない。守るべきはここで暮らす人々と、その人々が頼りにしている井戸と養蜂箱の群れだった。

「大声で呼ぶわけにはいかないね」と、隣にいたオルヴァが低く呟いた。顔に刻まれた皺が深い。オルヴァは村で最も古い養蜂師の一人で、伐採の話を聞くといつも眉を寄せた。「王都の役人は噂で動く。騒ぎを立てれば都の目が来る。静かに示すしかないんだ」

ミオはうなずいた。じゃあ――と指を伸ばすと、白い蜂が梱の縁につかまり、細い羽を震わせた。羽は確かに欠けている。片側の翅が小さく裂けていて、飛び方がぎこちなかった。小さな体がぶるぶる震え、その羽音はいつもの蜂よりも高い、擦れた金属のような音色を帯びていた。

「見て、これ」とミオが囁くと、オルヴァは眉を上げた。「羽の欠けた白蜂か。珍しいな」

ミオの手は、この白蜂を何日もかけて世話していた。巣箱の隅で生まれ落ちたばかりのとき、翅を伸ばす力が弱くて仲間になじめずにいた。ミオはひとつひとつの羽を撫で、甘い糖水を差し、夜には箱の隅でそっと温めた。世話とは、命令ではない。触れること、与えること、待つこと。それがこの世界で虫たちに届くやり方なのだと、ミオはまだ新しい身体の感覚で学んでいた。

「命令だけで使うと群れは散るって言ったよね」と、近くで作業していたレナが顔を上げる。彼女は木こりの端役をしている若者で、どこか真っ直ぐなところがある。ミオが以前、衝動的に手を振って蜂を操ろうとしたときのことを覚えていて、少し皮肉を込めて言ったのだ。「無理にやらせれば逃げるって。聞いたよ、師匠から」

ミオは自分の手を見た。先ほど、ふとした瞬間に声の命令のように、蜂に「集まれ」とだけ思った。だがその短い念いは、箱の中の小さな混乱を招いた。羽音が鋭くなり、何匹かが梱の縁から飛び去った。散った群れは、蜜を抱えたまま遠くへ行ってしまう。逃がした蜂たちが戻るのに時間がかかれば、蜜も減る。養蜂は些細な手順の積み重ねだ。命令だけで使う――その禁止は、耳に痛いほど実感できた。

「ごめん、私がせっかちだった」とミオが言うと、オルヴァは深いため息をついたが、強く叱ることはしなかった。「力は扱い方で変わる。お前が世話した虫にしか通じない、というのは都の話じゃない。自然の掟だ。人が力を押し付けると虫は身を守る。だが、世話を通じて初めて意思が寄り添う。忘れるなよ」

ミオは白蜂を手のひらにそっと乗せた。欠けた翅が微かに震え、彼女の掌の温度を受けている。世話してきたことが、じわりと返ってくるような重さがあった。村の小さな井戸の変化をどうやって知らせるか。声を上げれば都に伝わる。役人を怖れさせるのは簡単だが、ミオはそれが望みではなかった。彼女がしたいのは、村の人々が自分の足で井戸を見に行き、判断することだった。虫はそれを「短い伝言」で助ける道具にしかなれない。しかも、その伝言を運べるのは、ミオ自身が世話した虫だけだ。

「やってみるか?」とレナが提案した。「隣のアルド爺さん、耳がいいからさ。あの爺さんにわかるように羽音を作れば、彼が鐘でも鳴らして村に知らせてくれるかもしれない」

ミオは頷き、息を整えた。最初の試みは、命令ではなく合図にすると決めていた。蜂に命じるのではなく、蜜を差して、一定のリズムで自分が唄うように羽を誘導する。世話を介して合意を作る。彼女は白蜂を抱き、箱の傍らに立てた小さな籠を開けた。そこには、彼女が育てた小さな群れがいる。体格は小ぶりだが、見覚えのある顔ばかりだ。数日かけて馴染ませた群れだ。

ミオは糖水を手の平で揺らし、静かに口ずさんだ。音は低く、規則的なリズム。蜂は彼女の手元に集中し、羽を震わせる。最初はいつものホーホーという蜂の羽音だが、次第にミオが作るリズムに合わせるように変わっていった。彼女は言葉を使わない。「危険だ」という概念の代わりに、ただ短く、三つの高い振動を作る。それが彼女の定めた「小さな合図」だった。

向かいの丘の古いリンゴの木の下にいたアルドが、首をかしげてこちらを見た。彼は耳をすませ、手近の棒で地面をたたいて、それを村への合図に使う習わしがある。ミオの作ったリズムは、偶然にもアルドの耳に「異音」として届いた。アルドが棒を二度打つと、隣家の窓辺の老婆が立ち上がり、村の広場の方へ向かって歩き出した。ミオは胸が少し震えるのを感じた。成功したのだ。自分の世話した虫だけが、彼女の出したリズムに応じて羽音の模様を作り、隣村の耳に届いた。

「やったな」とオルヴァが小さく笑った。「だが忘れるな。それは短い合図だ。言葉を長く入れすぎると混乱する。羽音は文章には向かない。危険を知らせる合図には向くが、詳細は人が補わねばならん」

「わかってる」とミオは言った。本当はもっと伝えたいことがある。井戸の水が濁り始めていること、虫たちが普段と違う地点に集まっていること——だがそれを蜂の羽音で全部運ぼうとすれば、群れは混ざるかもしれないし、知らない蜂には通じない。彼女の能力は万能ではない。女王蜂との絆が必要だとオルヴァは幾度も言った。女王を守らねば、彼女は三日間、音を聞くことすらできなくなると。ミオはその言葉を思い出して、指先で白蜂を軽く撫でた。女王の存在はまだ健在だ。だが彼女の胸に、脆い時計の針のような緊張が増しているのを感じた。

村の井戸までは五十歩もない。ミオは群れを連れてゆっくりと歩いた。彼女が作ったリズムは、井戸の縁に集う蟻たちにも微かに影響を与えた。蟻は羽音に応じて列を緩め、足を止める。ミオは目を凝らし、井戸の水面を覗き込んだ。水は確かに薄い茶色を帯びている。いつもより粘ったように揺れていた。底に何かが溜まっている。虫たちがその違いを感じ取ったのだ。

「証拠には足りないかもしれないが、じゅうぶんに不安を起こす」とレナが言った。「アルドに知らせれば、彼が鐘を鳴らして村の注意を促す。あとは人が井戸を見るだろう」

ミオは決めた。大声で村を騒がせるのではなく、虫の短い合図で初動を作る。そこから人々が自分の目で確かめ、判断する。情報を独占して、都に都合のいいように操られるよりも、村全体で見て判断してもらう方が、森を守るためには近道だと感じたからだ。能力は彼女一人のものではなかった。世話という交換によってしか成立しない関係ならば、共有する価値がある。

だが初めての成功はたちまち脆弱な揺らぎを含んでいた。巣箱に戻ると、箱の隅で一匹の働き蜂が震えているのが見えた。翅の付け根に黒い斑点がついている。ミオの胸が冷たくなった。小さなダメージはいつでも起きうる。命令だけで群れを動かせば逃げる。羽音で伝えれば短い合図は可能だ。だが、それらは女王の存在と、彼女が育てた蜂の数に左右される。ミオは白蜂を抱き上げ、低い声で話しかけた。