砂暦の村長子と、眠れる季節の迷い路

砂暦の村長子と、眠れる季節の迷い路 第11話「第十章」

夜の空気は、村の昼とは違う種類の重さを帯びていた。火の匂いと干し草の粉、遠くで眠る牛の呼吸。広場の議論が終わってから幾時間が過ぎたのか、自分でもわからない。礼拝堂の鐘はもう鳴らない。家々の窓から漏れる光はまばらで、誰もが息を殺して眠りに就こうとしている──僕以外は。

夜の空気は、村の昼とは違う種類の重さを帯びていた。火の匂いと干し草の粉、遠くで眠る牛の呼吸。広場の議論が終わってから幾時間が過ぎたのか、自分でもわからない。礼拝堂の鐘はもう鳴らない。家々の窓から漏れる光はまばらで、誰もが息を殺して眠りに就こうとしている──僕以外は。

父の古い秒針を掌に握ると、金属は冷えていて固かった。あの夜、床の上で腕時計の分針にしがみついた感触が、薄い膜のように指先に残っている。前世の工房の明かり、油のにおい、誰かと並んで歯車を覗き込む決意。僕はあれを失うまいと、固く目を閉じた。だから、たった一人で直すと決めたのだ。

大砂時計の楼閣へ続く石段は、月光に濡れて黒く沈んでいた。誰も見ていないはずの夜に、家族や村人の寝息が背後で聞こえる。階上に着くと、楼閣の扉は予め開けておいた。大砂時計の殻はいつになく大きく、天井まで届くガラスの容器の中で秋砂が鈍く眠っている。底に溜まった赤金の層の一角に、先ほど落ちた黒い粒が小さな波紋を起こしていた。波紋は広がり、固まった紅葉の輪郭を微かに震わせる。

僕は父から教わった術式の準備を、指を震わせながら進めた。祭壇代わりの石に置かれた四つの小さな器──これが僕の全てだ。白の小瓶、橙の袋、緑の筒、赤金の壺。普段は一色ずつしか扱えない。混ぜれば、自分の記憶を代償として一日分失う。僕はそれでもかまわないと思った。村の水と命が先だ。前世で歯車を直し損ねたあのときの後悔が、今も胸の奥で一つのざわめきになっている。

最初に手に取ったのは白だった。冬砂は冷たい音を立てて掌の中を滑る。僕が術をかけると、白い線が小さく伸び、封じられていた水路の一部が瞬間的に氷をまとった。床に据えた小さな模型の池が、一息で薄い氷に覆われるのを見て、僕は小さく笑った。だがその瞬間、前頭葉の端で何かがぴきりと切れた。母の寝顔を思い出せなくなった気配がした。記憶が削れる感覚は、ナイフで覚えを削られるわけではない。むしろ、部屋の一角の古い写真が突然白く飛んで見えなくなるような、静かな欠落だ。

次に橙を──ラグの夏砂を思い浮かべながら取ろうとしたとき、迷いが襲った。僕は自分の中の声を押し殺して、袋を開けた。熱の粒が掌に落ちると、空気が震え、模型の畑に一瞬の陽炎が走った。萎えていた草の模型が膨らみ、葉脈が深く色づいた。僕はそれを見て胸が熱くなるのを感じた。だがまたすぐ、誰かの顔がぼやけていく。前世の工房で、僕が最後に握った小さなねじ──その形が消えた。どう締めたか、どんな声で誰が教えたか、すっと遠ざかった。

三つめの緑を触る指先で、思わず堪えきれず笑った。春砂は儚く、玉のように輝いた。呼吸を合わせて、僕は勢いよく筒を傾けた。模型の中の小さな種が瞬間的に芽吹き、微かな緑の光を放った。目眩を覚えるほどの喜びが満ちる。だが同時に、父の顔の輪郭が薄れていくのを感じた。夕食の時に傍らで笑っていた顔。僕はそれをつかもうとしても、掌の中で滑ってしまう。

最後に赤金──リュネの秋砂だ。これは僕の守るべきもの。容器を抱きしめると、赤金の粒たちは安心したように一つになり、大砂時計の中の層へと注がれていく。四つの色が、同時に暴走を始める。ああ、やってしまった。やってしまったという確信が冷たい。四色が混じり合う匂いは、まるで古い写真立ての裏から古紙のにおいが立ち上るような、記憶の匂いだった。そして、指の先から何かが剥がれ落ちるのを感じた。

世界が音を立てて崩れるわけではない。だが僕の内部で、小さな歯車がぽろりと剥がれ、床に落ちた。記憶は具象的なものとして現れる。前世の工房の机に転がっていた、ただ一つの秒針の映像──それが床に転がった銀の歯車となって、ゆっくりと回りながら落ちていく。僕はそれを掴もうと手を伸ばすが、掌に空気だけが触れる。次の瞬間、父に言われた言葉の終わりが消えて、代わりに非現実的な静けさが広がった。

頭の中の時計がずれる。時間の感覚は残っている。砂が流れる一秒一秒、僕はまだ正気だ。だが名前が、音が、色が一つずつ引き抜かれていく。ミナの目の色、ラグの笑い声、セラの歩き方、オルドの震える指先──僕はその全てを守ろうとしたのに、その全てが手から逃げていく。なんという馬鹿だったのだろう。己の腕一本で村を救えると信じた愚かさが、今、皮膚の下で疼いた。

やがて、声が背後からした。低く、確信を帯びた声。振り向けばミナが立っていた。冬砂の閉じられた袋を抱え、顔は泥のように冷たかった。月光に照らされたその横顔は、僕が忘れそうになったはずの誰かの輪郭を取り戻させた。ミナは言葉を発しない。ただ、ゆっくりと歩み寄り、僕の腕に手を置いた。触れた瞬間、冬の冷気が指の間から流れ込み、混じり合った砂の一部が固まった。

「止めろ」――それは言葉というよりも、深い叱責だった。僕の胸の中にあった決意を、彼女の手の重みが押し返す。冷たさは正確で、無慈悲だった。僕は自分でも知らないうちに息を吸い込み、剥がれ落ちている歯車を探そうとした。だが手の中には、空虚だけがあった。歯車はもう見えない。

そのとき、楼閣の扉が激しく開き、橙の光が突き刺さった。ラグが石を抱え、汗を光らせて飛び込んできた。手の中の熱は、まるで怒りのようで、僕の耳朶を焦がす。彼は大砂時計の支柱に飛びつき、体を支えにして僕の隣へと滑り込んだ。「何をやってるんだ、トワ!」その言葉は怒鳴りではなく、震えた助けだった。僕は彼の顔を見詰めようとするが、ラグの眉間の皺を思い出せない。名前だけはまだ残っている。だが、どんな時に笑うか、どんな歌を口ずさむかが、すでに霞んでいた。

「これ以上はまずい」ラグが言った。彼の声に混じる責任感は、これまで見せていた軽薄さの影をなかったことにするほど真剣だ。僕は何とか答えようと唇を震わせる。だが言葉は出ない。どうしても一つの名前が見つからない。胸の奥を探っても、そこだけが空洞になっている。焦燥が熱を帯びて喉を締め上げる。

「俺たちが来たのは、放っておけないからだ」ラグは声を張り、僕を押しのけようとする。だが僕は後ずさりし、床に膝をついた。手の中の小さな模型がぐらりと揺れ、模型の水が波打つのが見える。僕はもう一度、秒針を握りしめた。冷たさが安定剤のように効く。思い出が欠けるたびに、秒針の冷たさだけが現実を結ぶ杭になる。

「やめてくれ、ラグ。頼む」その声はか細く、僕自身にも驚くほど幼かった。ラグは一瞬立ち止まり、歯を噛んでから僕を抱きしめた。抱きしめられた瞬間、僕は一つの感覚を取り戻す。ラグがかつて誰かに背負われていた小さな子どもの匂い。それが――指先からするりと滑り落ちた。僕はその記憶をつかみ損ね、再び空を掴むような感覚に襲われた。

「セラ、オルド、来い」ミナが短く言った。セラは小さく駆け込んできて、掌に緑の小さな器を開いた。オルドは背中を丸め、封印図を胸に抱えて入ってきた。四人の顔が一つの空間に重なったとき、その光景は、漫画の一見開きのように目に焼きついた。四つの砂が、それぞれの器で揺れる。冬の白、夏の橙、春の緑、秋の赤金。四色の色彩が冷たい月光の中で蜂の巣のように点滅する。

オルドは僕の前に回り込み、封印図を低く差し出し