灰路の癒やし手と終着なき魔導列車 第8話「第七章」
砂塵が車体の継ぎ目を叩くたび、アウル号の床が低く唸った。炉の火はまだ青く、だがその芯には黒い影が揺れている。窓際の座席に座る人々の顔が、揺れる暖色の光と冷たい暗がりに交互に晒される。ラウルは運転席を離れ、静かに車内を巡った。足裏に伝わる木の継ぎ目が、彼の術の入り口になる。彼が踏む一歩一歩に沿って、青白い線が床板の上に薄く浮かんでは消える。そこに残るのは、機械の傷の記憶と、人間の歩幅の痕跡だ。
砂塵が車体の継ぎ目を叩くたび、アウル号の床が低く唸った。炉の火はまだ青く、だがその芯には黒い影が揺れている。窓際の座席に座る人々の顔が、揺れる暖色の光と冷たい暗がりに交互に晒される。ラウルは運転席を離れ、静かに車内を巡った。足裏に伝わる木の継ぎ目が、彼の術の入り口になる。彼が踏む一歩一歩に沿って、青白い線が床板の上に薄く浮かんでは消える。そこに残るのは、機械の傷の記憶と、人間の歩幅の痕跡だ。
「ここで止めろ」とどこかの声が言った。扉を開け放つような強い命令に、空気が一度固まる。アウル号の外に、列を成す黒布の旗印を立てた徴税兵たちがいる。彼らはグラウスの配下の追跡隊ではないにしても、王都の手を借りた公的な力だった。先触れの知らせを送らず、いきなり車内へと乗り込んできた。装具の金具が光り、武装した男たちの表情は冷たかった。
先頭の兵士が大きな木箱を車内に置いた。箱の蓋には古びた真鍮の鈴が縫い付けられており、「通行証」と刻まれた札が幾つも入っている。彼は箱を叩き、声を張った。「すべての乗客は、今ここで行き先を宣言せよ。虚偽は許されぬ。王の命に応じた手続きである」
人々のざわめきが、高い天井に跳ね返る。ラウルはひとつ息を吐いて、歩みを止めた。彼の胸を、いつもの痛みではなく、不穏な気配が貫いた。炉の火が一瞬、黒い影を吸い込んだように息を詰める。理由を語らないと燃えないはずの炉に、外から無理に“理由”を押しつける行為は、どんな代償を招くのか。彼は、既に予感していた。
徴税兵の一人が、短剣の柄を叩いて笑った。「嘘は見抜ける。だが面倒なだけだ。真実を確かめるのは王の器具だ。まずは子供の母親からだ、女よ、さあ」
女は小さく首を振り、震える手で幼い背を抱いた。兵士に押され、顔を上げる。彼女の唇が動く瞬間、車内の空気が変わる。言葉は「仕事を求めて都へ」という平凡なものだった。それは――しかし、彼女の顔が震え、眼差しがどこか遠い。強制された理由は、本人の内側から生まれたものではない。炉はそれを受け取った。
炉の火が、突然黒を孕んで噴いた。小さな黒い煙が、青い芯と混ざりながら立ちのぼる。燃える音に不協和音が生じ、線路の振動が乱れる。窓に映る乗客たちの顔が、青い炎に押しつぶされるように揺れ、やがて一つ一つの窓ガラスにひびが走った。ひびの線は、ただの亀裂ではなかった。そこに映る像は、言葉に隠された嘘の断片だった。母親の窓には、だまし取られた包みが黒い影として映り、横に座る男の窓には空っぽの財布がひび割れの中で躍った。
「嘘の燃料だ」バルドが低く呟いた。彼は素早く立ち上がり、客の輪郭を守るように前へ出る。徴税兵の指示で次々と言葉が取り上げられるたび、炉はまた黒い煙を吐いた。嘘の理由が炉の内部で腐敗し、炎に黒い瘴気を混ぜていく。車輪の軋みが大きくなり、列車は微かに早まるような、逆に引っかかるような不安定な揺れを見せた。
ラウルは自分の力が、こんな事態にどこまで介入できるかを考えながら、床に足跡を刻む。経路治癒は足跡を起点にする。ただ歩いて履歴を読むのだ。だが彼が読めるのは、物の壊れ方とその循環だ。嘘という質は履歴に刻まれていない。彼が何もしていない空間に、黒煙が充満し始める。修理で押さえられるのは、機械のギアや грибの割れ目だけだ。精神の毒は、別種の手当てを必要とする。
「拉致は無駄だ――いいか、聞け!」エダの声が丁度よく割り込む。彼女は拳銃を抜くでもなく、一歩で兵の前へ出た。動作は鋭く、だが脅しではない。硬い瞳が命令を冷えさせる。「こちらは避難輸送だ。真偽は王都で判断できる。今は乗客の安全を最優先する。強制は容認できない」
徴税兵の一人は鼻で笑った。「王の手続きだ。従わなければ罰則がある」だがエダは、その言葉をまるで聞いていないかのように、彼の近くへ一歩近づき、手を伸ばして銃座の残骸の一部へ触れた。ラウルはその横顔を見て、瞬時に判断した。エダは戦闘で得た癖を捨ててはいなかった。だが今、彼女は武器を盾にするのではなく、壊れた機構を直して車を安定させようとしている。
ラウルは自分も動かねばと足を前へ出した。彼の手はひんやりとした金属に触れ、そこに残る裂け目の履歴が彼の体に流れ込む。歯車の歪み、蒸気管の亀裂、床下で擦れた車軸の記憶が一瞬にして彼の中で開く。それを正常へ戻すと、相応の代償が訪れる。腕に沿って、針でなぞったような痛みが通り、続けて胸の奥が熱を帯びる。だが今はそれでもよかった。機械のうねりが収まれば、炉の不安定な挙動を多少は抑えられる。
修復のたびに、ラウルの身体は応じた。小さな骨の亀裂が彼の腰に響き、だがそれまで集まっていたギアのねじれは戻った。客席の一角から子供が泣き声を上げ、徴税兵が再び年配の男へ行き先を言わせようとする。男は笑ってしまったように、「食糧を取りに行く」と呟く。誰かが肩を押す。言葉は弱く、だが真実に見えた瞬間、炉の青い火が一瞬清く燃える。しかし次に、徴税兵がわざとらしい声で命じる。「お次はお前だ。嘘でも構わない。証拠を取れ」
兵の小競り合いが続き、やがて一つのカップルが立たされた。若い男の目には、明らかな恐怖が光る。女は黙っていたが、兵が剣先を向けると思わず口を開いた。「……都へ行って、兄を助けるために」彼女の声は、震えと演技の間に挟まれ、不自然なほど滑らかに聞こえた。徴税兵は満足げに頷く。だがその瞬間、窓のひびが細かく走り、彼女の窓には黒い影が忍び寄った。影は彼女の中にある小さな裏切りを映し出す――兄を捨てる計画、あるいはすでに捨てた証。真実と嘘の境目は、兵の強制によって押し潰される。
炉の黒煙が膨らみ、喘ぎ声のような音を上げた。車輪が軋み、速度を上げる。だがそれは加速ではない。列車が何かに引きずられながら、歯止めを失って突っ走る前の、歪んだ動きだった。線路の継ぎ目がショックとなって車体を叩き、床材が振動で裂ける。ラウルは床下に潜るようにして、外へ出るためのハッチを開け、冷たい風を吸い込んだ。外は砂の嵐で視界が悪く、でもそれが幸いだった。徴税兵の目は車内に張り付いている。ラウルは外へ出ると、列車の側面を伝って走り、重たい音に合わせて足跡を刻む。
外の線路上には、ところどころに古い爆薬の跡が残っていた。グラウス側の工作なのか、追跡隊の試験なのか。ラウルが足を置くたびに、そこに残る崩れの記憶が彼の体を刺す。彼は治す。木製の枕木の亀裂、浮いたレールのねじ、曲がった釘――一つ直すごとに別の痛みが走る。腕がしびれ、視界の端が霞む。だが修理が進むごとに列車の揺れが幾分か減るのがわかる。彼はよろよろと車体の縁に戻り、息を切らしながら燃え立つ炉を見た。青い炎の周囲に黒煙が渦を巻いている。空気が黒く濁り、炉心からは濁った音が漏れるような錯覚があった。
中に戻ると、状況はさらに悪化していた。徴税兵のリーダー格が高々と立ち、指を広げて掌を見せた。「これで証言は形になった。君たちは国に報告されるだけだ」彼は勝ち誇ったように、高慢な笑みを浮かべる。客の中には明らかに強制に屈した者もいる。だがその隣に、誰かが小さな抵抗を見せた。黒いローブを羽織った老人が、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見