灰路の癒やし手と終着なき魔導列車

灰路の癒やし手と終着なき魔導列車 第2話「第一章 廃列車の乗務員」

数日が過ぎていた。瓦礫の旧駅で姉弟を抱えた夜から、時間は切れ端のように繋がり、ラウルは気づけば村外れの半壊した車両庫の前に立っていた。姉弟は村の世話役に引き取られ、夜通しの救護で薄く色を取り戻している。ラウル自身も覚醒直後の混濁は薄れたが、腕の内側に残る黒いひびと胸の鈍い鉛は消えていなかった。あのときの魔導炉との仮接続が、彼の内部に何かを残していったのだ。

数日が過ぎていた。瓦礫の旧駅で姉弟を抱えた夜から、時間は切れ端のように繋がり、ラウルは気づけば村外れの半壊した車両庫の前に立っていた。姉弟は村の世話役に引き取られ、夜通しの救護で薄く色を取り戻している。ラウル自身も覚醒直後の混濁は薄れたが、腕の内側に残る黒いひびと胸の鈍い鉛は消えていなかった。あのときの魔導炉との仮接続が、彼の内部に何かを残していったのだ。

倉庫の扉を押し開けると、覆いの下に横たわる鋼の巨体が影を落とした。アウル号。戦時に弾薬を乗せて走ったという噂のあの車両だ。側面の塗装は剥がれ、砲座の基部は切断し損ねた跡が幾重にも重なっている。だがどこかで呼吸をしている金属の匂いがした。ラウルの掌の青い線が淡く光り、彼は無意識に息を詰める。

「やることはシンプルだ」彼は低く呟いた。透だったころの手癖が、今の体に静かに残っている。だがこの世界の機械は、ただの機械ではない。脈晶と呼ばれる鉱物の履歴が線路や炉に刻まれていて、その履歴を引き戻すには自分の足で辿る必要がある。遠くから眺めているだけでは何も変わらない。欠けたネジや消えた部品を生み出すことは出来ない——それをラウルは村人に、そしてこれから一緒に働くかもしれない人間たちに伝えねばならなかった。

夕方になって、村長と数人の若者が車両庫の前に集まった。井戸の水は依然として少なく、薬も残り僅かだという。村長は疲れた顔でラウルを見た。「お前は本当に、あの鉄の塊で水が運べると思っているのか?」

「線路さえ繋がれば、運べます」ラウルは青い掌を見せるように手を上げた。「ただし条件があります。僕が歩いて履歴を読む。触れた場所だけをその時点の“正常”へ戻せる。遠隔で一気に全部は直せない。欠けた部品は作れない。それと、直した代償は僕の体に返る。痛みと、場合によっては――記憶が欠けることもある」

その言葉に、男たちの顔が固まる。村長は険しい眉を寄せた。「記憶が? 何を失うっていうんだ」

ラウルはうつむき、小さな笑みを浮かべた。「前世の記憶の端が、あの炉と繋がったときに少し戻ってきました。でも逆もあって、負担が大きければ、古い断片がぽろりと落ちる。筋肉や骨よりも、頭の中の風景が先に欠けるかもしれない」

言葉は重かったが、嘘ではない。村の一人が口を挟む。「それで誰が責任を取る。若造一人に全部押し付けるつもりか」

ラウルは首を振った。「一人でやれるとは言っていない。列車は僕たちのものにする。人を運ぶ器として直す。武器を外して、人を乗せる。僕は治せる範囲を引き受ける。でも部品や燃料は必要だ。村の協力と、今いる人の選択が必要だ」

話し合いの最中、倉庫の奥から乾いた声が落ちてきた。影の中に立つ痩せた女が振り返った。短髪で顔には古い傷が刻まれている。旧王立の徽章を思わせる金具が肩に光る。エダだ。

「昔の機関士の息子か、若造か」彼女は冷たく言った。視線は鋭く、刃物のように場の空気を切り裂いた。「なんでまたこんなものを動かそうってんだ」

ラウルは彼女の目を見据え、誠実さだけを張った。「井戸が枯れています。薬も足りない。アウル号は人を運べる。人を運べれば、物資も救える。武器は外します。人を運ぶために使います。あなたの手が必要なんです、エダさん」

エダは無言で車体の縁を叩き、錆を指先でなぞった。あの砲座の内部には、かつて運ばれた弾薬の匂いと数字に翻弄された記憶が残っている。彼女は笑ったような、嗤うような小さな音を出した。「戦場ではね、私たちは命を計算したのよ。物資と優先順位。私は砲座の角度を合わせた。誰を救うか、誰を切り捨てるかを手で決めたの」その声には、後悔と自嘲が混じっていた。

ラウルの胸が疼く。透としてあの夜に見た救えなかった顔が、静かに彼の胸を掻きむしる。だがここで後ろへ引くわけにはいかない。「違うやり方をする」とだけラウルは答えた。「ここではあなたの手で、人を運ぶ側に戻してほしい。二度とこれで人を撃たせないでほしい」

エダは黙って工具箱を床に置いた。やがて、ぽつりと条件を言った。「砲門を完全に封じること。それを私の目で確認できるまで、戻せと言われても戻さない」

その条件は重かったが、必要な重さだった。ラウルは静かに頷いた。二人はそれぞれのやり方で作業を始めた。エダは砲塔の外縁に溶接の火花を飛ばして切り込みを入れ、錆を削り取る。ラウルは床を歩き、給水管の継ぎ目や連結器の摩耗した溝に指先を添えた。

彼が歩くたび、足元に細い青白い線が残る。見える者にはほんの一瞬の光景だが、触れるようにして機械の「あるべき姿」が彼の足跡に沿って戻っていく。古い継手がきしんで元の位置に戻り、水の気配が戻ってくる。だが同時に、ラウルの体は報酬を受け取った。胸の鉛が鋭く疼き、皮膚の黒い亀裂が一つ、また一つと広がっていく。思い出の断片が視野に滑り込むように現れ、すぐに消える。

「くっ」ラウルは息を詰め、腰に手を当てる。頭の片隅にほんの一瞬、駅の天井を映した硝子破片の光が走った。そこには、知らないはずの顔の輪郭——透の記憶の一部が混じっていた。だがそれはすぐにぼやけ、白紙のようになって消える。代償は確実に積み重なる。

エダはふと立ち止まり、ラウルの腕の亀裂を見た。「それが本当なら――お前、どこまでやるつもりだ?」

「全部はやらない」ラウルは首を振る。「僕は器にする。誰かの代わりに全部を背負うつもりはない。列車は僕たち全員のものだ。部品も燃料も、村や近隣から集める。君の腕があれば、武器は外れる。僕の歩みで動く範囲だけを直す。だがその範囲で、僕は全力を出す」

作業は夜に続いた。エダが砲門を切り落とすと、火花の向こうに客席が姿を現した。座席の布は灰にまみれ、かつて誰かが肩を寄せた痕が薄く残っている。錆と煤と火花のコントラストが、一枚の絵のように二人の目に焼き付く。エダが最後の鋼板を当てて溶接の跡を塞ぐと、彼女は肩の力を抜いた。「これで二度と、あれで撃たせることは出来まい」と小さく言った。

車内の小さな炉が、昨夜より強く橙を吐いた。しかし完全に目覚めたわけではない。灯りはまた弱くなり、床板の奥から低い振動が伝わる。魔導炉の声が、鉄と脈晶の間を震わせながら言葉を落とした。

「言葉を、聞かせよ」

二人は同時に顔を上げた。声は機械のようだが、人の耳に直接刺さるような、柔らかくも厳しい要求だった。「車内の者が、自らの行き先を言え。自らが進みたい理由を語るとき、炉は燃える」ラウルはその意味を飲み込み、ゆっくりと答えた。「つまり、客がいないと本当に動かないのか」

エダは眉を寄せる。「客が理由を言うだけで炉が燃えるとは……機械を人の意志に依存させるとは、ずいぶん不格好だが、面白い。だが強制や嘘で集めた“希望”は毒になる。炉がそれを拒むなら、無理矢理は通らないだろうね」

村長の顔が暗くなる。だが一人の若い女が前に出た。倉庫の外で見張りをしていた村の若者、姉弟の姉にも似た顔立ちだ。彼女は声を震わせずに言った。「私、いつか学校に行きたいんです。学びたい。もし……列車が来てくれるなら、私たちは道を探すことができる」

その言葉に、炉の橙が一度だけ強く踊った。小さな鼓動がアウル号の腹