消星の塔守り 第9話「第八章」
石造りの階段は、思ったよりも冷たかった。四人の足音が一段一段を刻むたび、湿った空気が肺の奥を擦った。壁に描かれた古い星図は、掻き消された跡と新しく刻まれた線が交錯していて、下へ行くほど色が抜けていく。ルゥは胸のあたりで小さな羽を震わせ、金色の光を少しずつ溜めていた。床へ出ると、彼らの前には広い空間が広がっていた――天井の高さも分からない、黒褐色の円形殿堂。中心に据えられた、それは星ではない。まるで夜空をかき分けた黒い円盤が、そこにぽっかりと座しているようだった。
石造りの階段は、思ったよりも冷たかった。四人の足音が一段一段を刻むたび、湿った空気が肺の奥を擦った。壁に描かれた古い星図は、掻き消された跡と新しく刻まれた線が交錯していて、下へ行くほど色が抜けていく。ルゥは胸のあたりで小さな羽を震わせ、金色の光を少しずつ溜めていた。床へ出ると、彼らの前には広い空間が広がっていた――天井の高さも分からない、黒褐色の円形殿堂。中心に据えられた、それは星ではない。まるで夜空をかき分けた黒い円盤が、そこにぽっかりと座しているようだった。
円盤の表面は光を吸い込み、表面を流れる細い溝が古い時刻表のように回転している。溝の合間からは、瞬きする投影が淡く漏れていた。海の町の灯、子供の笑い、古い紋章の断片。だがどれも輪郭が欠け、どこかで色が抜かれている。盤の中心には、小さな空間が開いており、そこで誰かが膝を折っていた。細身で黒い外套。高く結ばれた髪の束。ひんやりとした光が彼の顔をわずかに照らしている。
「ヴァルゼン」――ミナの声は低く、震えを含んでいた。彼女は立ち止まり、自由だったはずの言葉を確かめるように口に出した。「上級監査官ヴァルゼン。ここで、あなたが?」
膝を折った男は動かずに、ゆっくりと顔を上げた。闇に溶け込むようなその瞳は、穏やかさと冷徹さを同居させた。彼は笑った。笑い方が不意に古い木板を擦る音のように聞こえて、四人は一瞬身を引いた。
「お前たちか」ヴァルゼンの声は、殿堂の空気に滑り込むようにした。声は暖かく、しかし刺すように明晰だった。「おかげでここが見つかった。塔の外から来るのは珍しい。塔の内側が最初の石を隠すことはあるが、外から来てここを掘る者は少ない」
ガルドが石の床に拳を置き、歯を噛みしめる。「見つけたって言うな。あんたがここで何してる。あんた達が消した町のひとつが、ここにあるのか」
ヴァルゼンの視線は淡く海の地図へと移った。円盤が吐き出す断片の一つ、元は灯台の光だったものが一瞬だけ鮮やかになり、次の秒にはまた色を失った。ヴァルゼンは息をつき、指先でその光をなぞるように空中を撫でた。
「消した、と言うが――正確には『塗り替えた』のだ。人は過去を引きずる。あるいはその記憶を餌に争いを増幅させる。街が燃え、子供が死ぬ度に、記憶は刃になる。私はその刃を取り上げようとした。世界は確かに違って見える。安定する。死を忘れた世界は、同じ死を繰り返すことが減る」
ネネの頬が強く震えた。手の中で握りしめた薬壜の底がキンと鳴る。彼女は冷たい声で言った。「忘れることで平和が続くのなら、あなたの正義は誰の上に立っている? 消された人の代わりに、あなたが『代行』していいの?」
ヴァルゼンは穏やかに首を振った。「私は裁判を下す者ではない。私は判断を簡潔にする。誰かが死を語る度に、その語りが新たな暴力を生む。語りが殺しを呼ぶ限り、語りを減らすべきではないか? 失われた記憶の代わりに、人々は新しい暮らしを手に入れた。争いは減った。私は数を見ている。数字は冷たいが、公平だ」
ミナの顔から一気に血の気が引いた。顔を上げ、声を震わせずに言った。「それでも──それでも、あなたには奪う権利がない。たとえ結果が良く見えようと、人の“忘却”を強制するのは暴力よ。あなたは私たちの記憶を勝手に触れる権利を持っているわけじゃない」
ヴァルゼンの口元が小さく歪んだ。不思議なことに、そこには悔悟の色はなかった。彼は静かに立ち上がり、円盤の際まで歩を進める。近づくにつれ、盤から発せられる振動が皮膚の下にまで伝わってきた。溝の回転が速くなる。盤はただの機械ではない。何かを引き寄せ、こねくり回すような、古い術と工学が混ざった作りだった。回転は一定のリズムを刻み、その拍に合わせるように、周囲の記憶の断片が微かに鼓動を打った。
「この試作機は、まだ完全じゃない。だからこそ私はここにいる」ヴァルゼンは言葉を選ぶように続けた。「我々は記憶そのものを『媒介』として使う。記憶の強度、感情の重みが盤の安定に寄与する。強い記憶、つまり痛みや愛情は、修正を持続させる。だが強いものほど暴走しやすい。私はそれを調整している。取り戻すべきものは取り戻させる。だが、一部は消える。そこは、避けられない」
ルゥが不安げに鳴き、羽をばたつかせた。壁の投影の内側で、古い海の歌が一節だけ繰り返される。その歌声はリオの耳に、夢の中の母の唄のように馴染んだ。リオは背中に冷たい汗を感じた。あの夜空、赤い警告線、そして落下の瞬間に見た「抜け落ちた空の一角」が、こうして機械の中心に還元されているのだという認識が、内蔵を引き裂く。
「あなたがここで目撃しているものの多くは、すでに別の町の指導者によって『修正』を受けたものだ。だが試作機の核心に、個人の記憶が接続される過程で、私たちは誤差を見つけた」ヴァルゼンはリオの顔を見た。「その誤差の一部が、君の前世の一夜に対応している。君の中に残る痛みが、この盤の安定に合っている。偶然、だが事実だ」
一瞬の間が流れた。リオは自分の胸の奥に置かれた箱を感じたように、母の顔の影を確かめた。顔を閉じれば温かさがあり、匂いが蘇る。腕に抱かれた感触、吐き捨てるように短い声で呼ばれた幼い名。だがそれは脆く、紙の縁のようにほつれている。何かが引き寄せている。盤の回転がその引力を増しているように思えた。
ミナが前へ出て、ヴァルゼンの前に立ちはだかった。「冗談はやめて。あなたは人を操る装置を作った。ここでそれを使って誰かの母親の顔を見せびらかすなんて、卑怯よ」
ヴァルゼンはそれに笑った。「卑怯かもしれない。だが世界のためだ。どの世界が正しいのかは、歴史が教える。忘却は、痛みを取り除く。痛みが減れば、殺し合いも減る。私はそう信じる。君たちのように個人の痛みを大切にする連中は、時に大勢の不幸を見落とす。だがそれは個人的な問題だ。誰が正しいかは、結果次第だ」
ガルドの唇がきしんだ。「お前が決めるのは、おれたちの町を台無しにしたことを上塗りすることだ。忘れたって真実は消えねぇ。戻らねぇかもしれねぇが、そこにあったものは――」
「戻すことはできる」ヴァルゼンは穏やかに遮った。「ただ、代償を払う者が必要だ。ここが問題だ。試作機は外からの入力で安定する。情動の記憶がその鍵となる。私はそれを解決するために、君に交渉を持ちかける。君の記憶のうち、特に強い一点、君の“母の顔”がここには有用だ。もし君がそれを差し出せば、私はこの装置を君たちが望む形で動かすことができる。リュネの海流を、船を、灯りを戻す。人々を救うための力はここにある」
その言葉が放たれた瞬間、殿堂の温度が下がったように感じられた。ネネの目が潰れたように光を失い、ミナは唇を噛む。ガルドの拳が白くなる。ヴァルゼンの目は真実を見ているような静けさをたたえていた。彼は悪人の台詞を言うのではない。信念を語る管理者の口調で、冷静に対価と効果を提示していた。
「そんなことはできない」リオが口を開いた。声は震えていたが、言葉は確かだった。「忘れることで誰かを救えるなんて、そんなのは選びじゃない。思い出は人を形作る。母の顔があるから僕は逃げることを選べた。覚えているか