鞘の少年と、抜けない聖剣 第4話「第三章」
旧関所の石垣は、川の流れに沿って淡い苔を孕んでいた。季節河はここで細く、昔日の役人が道を切り替えやすいように築いた石の段差に沿って音を立てている。片側にはまだ春の名残で小さな花畑があり、もう片側は乾いた土でざらつき、夏の気配が先取りしていた。風が石に当たり、湿った苔の匂いと干草の匂いを交互に運ぶ。四人はその狭い通路に並んで立っていた。向こうから、灰色の布を頭に巻いた男たちと、やせ細った女が数人、こちらを見据えて近づいてくる。
旧関所の石垣は、川の流れに沿って淡い苔を孕んでいた。季節河はここで細く、昔日の役人が道を切り替えやすいように築いた石の段差に沿って音を立てている。片側にはまだ春の名残で小さな花畑があり、もう片側は乾いた土でざらつき、夏の気配が先取りしていた。風が石に当たり、湿った苔の匂いと干草の匂いを交互に運ぶ。四人はその狭い通路に並んで立っていた。向こうから、灰色の布を頭に巻いた男たちと、やせ細った女が数人、こちらを見据えて近づいてくる。
「ガルド。あの男だ」
一人が唾を吐く音とともに呟いた。女の顔には、長年の悲しみが皺になって刻まれている。だがその目は鋭く、憎しみによって光を取り戻していた。集団の中にいるのは、どう見てもある家族の者たちだ。古い刀傷の痕跡、失われた宴会の皿、枯れた子どもの写真──外套の端から垣間見える断片が、ここに来る理由を語っていた。
ガルドは、何の前触れもなく盾を下ろした。大きな手のひらが木の縁をなぞる。彼の横顔は固く震えない鎧のようで、長年の重みに慣れてしまった悲しさが滲んでいる。彼が盾を下ろすとき、音がした。金属が空気を切るのではなく、石の上に置かれる低い、確かな音。周囲の空気が一瞬、静まる。季節河が石の段を割って流れるように、その静寂は関所を二つに分けた。
その光景は、サヤトの目には漫画の見開きのように映った。巨体の影、盾の縁、そして背後で川の細流が関所の石段を割っていく。左右で色が違う。左は薄桃色の花弁が揺れる春、右は砂埃が舞う夏。二つの季節が関所の真ん中でぶつかり合い、線のように流れていた。視界の端で、ミナは地図の端書きを正している。リオネルは剣を帯に収めたまま、まぶたに意志の影を落としている。
「責めに来たのか」ガルドの声は低く、しかし震えてはいなかった。誰に対しても居直るでもなく、ただ事実を言うように。それが彼の選び方だった。命令に従って刃を降ろした男は、今は責めを背負う側に立っている。彼の顔には、いつか刃を持つ手がどれほどの重さを知っているかを物語る古傷があった。
女が口を開いた。言葉はまっすぐで、刃を向けたときのように冷たい。
「お前が手を下した。私の弟を、あの夜に──」
声が震える。だが彼女の憤怒に同情の余地はない。村の中で、家族を奪われた者は、罪を見つけ出すことでしか喪失を形にできない。ガルドはそれを知っていた。知っているから、逃げなかった。知っているから、ここに立っている。
サヤトは、彼の背後で半透明に揺れていた。腰の帯は空いたまま。胸の奥で金色の亀裂が、朝に感じたよりも微かに疼いた。前より強い力を使っているわけではない。だが、彼が感知する他人の痛みは、物を納めるための触覚とは別の角度で彼の内部に突き刺さる。修復員だった頃の習慣が、無意識に手を伸ばさせる。傷を押さえ、縫い戻す。声にならない声を聞けば、つい元の形へ戻そうとする。
サヤトは思った。怒りもまた、どこかで「何かを取り戻したい」という意思の表れかもしれない。復讐を欲する者は、愛する者を失ったという意味で「失ったものを取り戻す意思」を有している――そう考えれば、彼の力は働くはずではないか。対象が人の感情であっても、アウトラインにはそれを収められると書かれている。彼はそっと手を伸ばした。掌は何も触れない空気を押し分け、白い縫い目状の光が、ガルドと女の間を走る。
光は糸のように二人の間を彫り、石に反射して一点の縫い目を作る。だがその縫い目は、やがて切れた。糸が空中で弾けるように消え、光の端がぎこちなく震える。サヤトの胸に鋭い痛みが走った。前世の工具箱の辺りから、金属の冷たさが蘇る。ひびの一本目は、力を使うたびに痛覚を増幅させる。彼はその痛みを予想していたが、縫い目が解ける間際に、その痛みは底の方から引き上げられるように鋭くなった。
「効かないな」ミナが低く呟いた。目は鋭く、地図を握る指先が少し白くなる。彼女はすぐに気づいた。心の内に燃え立つ復讐の炎は、単なる「取り戻す意志」以上の何かだ。憎しみは所有を求めるよりも、相手に責任を返すことを欲している。誰かの怒りを消すためにそれを自分の内へ取り込むことは、サヤトには許されないのだ。
女は、ガルドの胸元を指差した。唇が震える。
「あなたは、その手で──」言葉は止まり、代わりに一枚の写真を差し出した。若い男の笑顔、まだ息があるような表情。その笑顔の向こうには夜の空と、村の小さな祭りの提灯が揺れている。ガルドはその写真を受け取り、手のひらの中で撫でた。指の腹が写真の縁をなぞる。静かな動作だったが、そこにはこぼれ落ちる後悔が含まれていた。
「その夜、俺は仕事をした。命令だった。だが……」ガルドは息をついた。声に力はあるものの、胸に刺さった矢が抜けてはいない。「命令であったことは、償いにならない。俺は今、償っている。ここで、守っている──それが、今の俺の答えだ」
守るという言葉は、刀を振るう理由とは逆の活動だ。守るには時間が必要で、耐えることが必要だ。ガルドは盾を背に立て直し、肩を少し後ろへ引いた。顔の線に疲労の影が強く出る。兵士だった時代の直立はもうない。だが、彼の矛盾はそこに残っていた。かつて他人の生命を絶った手は、今は他人の背を守る手になろうとしている。
「僕たちは、見捨てたりしない」ミナが前に出た。小柄な彼女の体つきは儚げだが、その眼差しは現実を見据えていた。「あの人は今、ここで守ると決めた。あなたたちは、それを受け取る権利がある。そして、あの人もあなたたちの意見を聞く権利がある。復讐だけが正義じゃない」
女はそれに答えずに舌打ちをしたが、手は少し緩んだ。怒りは形を変え、疑念へと沈む。それだけでも、ガルドにとっては救いだった。
サヤトの胸では、ひびの中の光が一瞬だけきらめき、その光は彼が使おうとした柔らかい動作の余波で揺れた。力が失敗したとき、彼の内部では空白が出来る。空白は記憶の隙間へつながりかける。だが今回は幸いにも二本目のひびには至らなかった。痛みだけが増幅され、彼の意識を鋭くした。彼は息を吐き、痛みに耐えながらも冷静を保とうとした。
リオネルは、その傍らでゆっくりと剣の柄に手を触れた。剣は帯に静かに収まっている。彼は命令を拒むことの重さを、まだ完全には理解していなかったが、今この場での選択がただの反逆ではないことを認め始めていた。彼はガルドに向かって声を出す。だがそれは命令の響きではなかった。言葉は依頼の音色を帯びていた。
「ガルドさん、俺たちと一緒に来てもらえますか。命じられて従うのじゃなくて、選んで欲しいんです。あんたがどうしたいか、自分で選んでほしい」
依頼は、盾の上に手を置いた者にしかできない。命令は過去の縛りを繰り返すが、依頼は未来の選択を差し出す。リオネルの言葉は、ガルドの胸に響いた。沈黙の時間が流れる。季節河の細流が石にぶつかる音だけが、それを埋めた。
ガルドの瞳が一瞬だけ遠くを見る。過去の処刑台の景色、見下ろす群衆のざわめき、刃先に映る月。彼はそれらを閉ざすように一度まぶたを伏せた。やがて彼は笑った。笑いは苦く、しかし本気であった。
「選ぶ、か」彼は呟き、肩にかけた古いコートの端を掴んだ。「