干谷の水脈守り

干谷の水脈守り 第9話「第八章」

古びた制御室は、湿り気を帯びた空気の中で時間を忘れていた。石積みのアーチ天井に沿って苔がうすく光り、所々に組み込まれた磨かれた狭い窓からは、谷外の乾いた月明かりが差し込んでいた。廃墟じみた設備の中に、金属の翻訳機――昔の王都が使っていた録音再生器がひっそりと座っている。器械の上には、古い羊皮紙のケースが積まれていた。セドがその前でゆっくりと膝をついた。

古びた制御室は、湿り気を帯びた空気の中で時間を忘れていた。石積みのアーチ天井に沿って苔がうすく光り、所々に組み込まれた磨かれた狭い窓からは、谷外の乾いた月明かりが差し込んでいた。廃墟じみた設備の中に、金属の翻訳機――昔の王都が使っていた録音再生器がひっそりと座っている。器械の上には、古い羊皮紙のケースが積まれていた。セドがその前でゆっくりと膝をついた。

「こういう場所は、測量ではよく見る」セドの声は低かった。彼の指先は記号に慣れていて、羊皮紙の縁に残る朱の印を丁寧になぞった。「だが、記録が残っているだけで奇跡だ。王都はそういうものを徹底して消す」

ナナは腕を組んで再生器をにらむ。鍛冶の手が黒く、指先には常に火の熱の記憶が染み付いている。「映像だろうが何だろうが、見るべきは証拠だ。声で人を助けられるなら俺たちだって騙されやしない」

ユイは器械の脇に座り、笛を膝にのせたままそっと息を吐く。彼の歌が何かを震わせたときのように、ここでも空気が微かに変わる気配がした。モルは背中を丸め、鼻先で金属の匂いを嗅いでいる。小さな目が細くなるとき、地下に広がる湿り気の流れを探っているのだと誰もが気づいていた。

セドがゆっくりと装置の蓋を開けた。内部には円盤状の記録板が重なり、古い電力端子がまだ冷たい光を微かに反射している。外側の金具に手をかけると、機械はかすれた唸りをあげ、映像の輪郭が空気の中に滲んだ。音声は最初、静かな砂嵐のようにこもっていたが、次第に男の声がはっきりと立ち上がった。

「――我々が集中配水を行うのは、無秩序こそが人々の死を招くからだ。分散した配給では、都市は病に侵され、陶工も医師も畑も壊滅する。誰かが全体を見渡し、配分を決める必要がある。水は公共の善だ。しかし、手元があまねく行き渡ることを願うのは幻想に過ぎない。現実は管理こそが救いである」

映像の中の人物は年老いていた。顔に刻まれたしわには確信が宿っていて、その言葉には冷たい慈愛があった。バルガス――水務卿という肩書きが、古い字幕で示される。彼は単に命令を下す男ではなく、制度の正当性を語る知識人のように見えた。

リオは手に持った小石をぎゅっと握りしめた。石は暖かく、彼の「水脈聴き」はその表面を通して近くの水の音像を拾う。映像の中の声と言葉、その背後に、さまざまな水の層が青白い線となって浮かび上がった。声は説得だったが、石が語る流れは現実だった。リオは指先で壁に触れて、映像と現在を重ね合わせるようにして聞いた。

「ここまでは理屈だ」セドが言う。「だが理屈が正しいといって物理が曲がるわけじゃない。見ろ、これが――」彼は手元の羊皮紙を引き伸ばし、改竄の跡を示した。元の図版には、上流水門の位置に赤い折れ線が入っており、その脇に「自然枯渇」と手書きの注がある。だが下に重ねて貼られた別紙には、同位置が封鎖を示す黒い印で覆われていた。文字の筆致が異なり、インクの古さも違う。改竄は巧妙だったが、セドの眼は見逃さなかった。

「王都の記録は、条例のように見せかけて人為で整える。ここまで来ると意図的だ」ナナの声は粗い。歯車修理のための油まみれの手つきが、彼女の言葉を重くする。「誰かが上流をいじったんだ。だけどそれだけじゃ説明がつかない。バルガスの重み――彼には、本当に都市を守るという恐ろしいほど真面目な理由がある」

リオは映像の中の言葉と、自分の耳に届く青白い流線を照らし合わせた。彼の能力は未来や意図を教えてくれない。ただ、今がどう流れているかを示すだけだ。だが、今の音は確かな。上流側の太いラインは、明らかに細く、規則的な波形で痩せている。分岐の先は、ひどく硬い収縮を見せる。人為的に絞っているかのようなリズムが、流線に赤みを帯びた短い刺を走らせた。

「……止められている」リオは言葉を拾う。声が震えたのは、単に事実を伝えるだけでなく、その聴取のために体内の水が少しづつ抜けていくのを感じていたからだ。複数箇所を読んだため、喉の奥が渇いた。視界がいくぶん白く滲んでいくのをリオは目で追った。

ユイが横から差し出した小袋の塩を、彼は無言で受け取った。舌先に塩が触れると、身体の芯が少しだけ戻る。代償はいつも正直だ。能力は彼に道を示したが、代わりに自分から水分を奪う。飲めば完全に戻るかといえば違う。必要なのは塩と休息であり、時には仲間の手だ。リオはゆっくりと息を整え、視界を押さえつけるようにして再び壁に手をつけた。

映像は続く。バルガスは更に語る――都市の病院、療養所、療法のための配分の重要性。病人があふれ、地の者が死ぬ映像をあえて見せる編集が施されており、それは聴衆の恐怖と同情を誘うように緻密に作られていた。言葉の背後には統制の理論が立っている。バルガスは単なる搾取者ではない。セドの表情が硬くなるのが、リオにもわかった。

「彼の言ってることの一部は正しい」セドがぽつりと言った。「人々を救うための制度が必要だというのは理に適う。だが、理にかなわせるために嘘を重ねるなら、それは守るべきものを壊す行為だ。俺は……地図を燃やされた。自分の地図も、家も、姿も奪われた。だから俺が復讐者になることは簡単だ。だが復讐は水を戻さない。証拠で返す。お前たちの村に水を戻す方法を作るために、彼らの改竄を一つずつ剥がす。そうするしかない」

ナナは短く笑った。「復讐は派手だが、無駄だ。歯車を叩くほうがいい。音は誤魔化せない」

ユイは笛を撫でながら眉を寄せた。「一つ聞かせて。俺らがここで得たことを村の人間に話したら、彼らはどうなる? 王都は報復するだろう。歌を使った者を捕らえにくるかもしれない」

「だから、これを証拠にする」セドが羊皮紙を慎重に折りたたむ。「改竄の跡、バルガスの発言、現場の水の状態。組み合わせれば、王都のやり方が単なる防御でなく、選別であることを示せる。それを見せれば、少なくとも他の集落や国境の商人が動くかもしれない。水は一国の都合で全部消えるものじゃない。相手の理屈が正しくても、やってる方法が間違ってるなら、変えるべきだ」

リオの中で、言葉が繋がっていった。彼は前世の記憶の中で、誰にも感謝されない一本の管を守った夜を思い出していた。あの時も、彼は制度の一部ではなかった。目の前の人々が生きるために必要な現実を守っただけだ。バルガスの正しさは大きな枠組みを与えるが、枠組みに従って小さな流れを切ることを正当化するものではない。リオはそれを直感的に嫌ったが、それが単なる感情論にならないように、彼はじっと耳を澄ませる。

壁の石を触る。今度は制御盤に直結した古い弁をなぞるようにして、彼は深い層の流れを拾った。青白い線が幾重にも重なる。太い本流は王都へ向かい、細い支流が下へと続いている。だが、本流の途中に、明確に人工的な「節」があった。流れの輪郭がくびれ、その先が規則的な脈動を示している。誰かが機械的に締めている。リオの指先に、赤い逆行のような短い閃光が走った。それは「絞り」の証拠だが、原因は語らない。どの弁が、どの時間で、誰の許可で――それは見せない。

代償は確かに来る。視界が白濁し、頭の中が遠くなる。リオは手を壁から離し、膝をついて息をついた。ユイが差し