玩具職人 第5話「第4章」
朝の光は薄く、工房の窓にかかった布が揺れるたびに細い筋の明かりが机の上を横切った。トトはその筋を追うようにして、こわごわと手の中の木片を眺めていた。片翼の木鳥。ミオが最後にぎゅっと握っていたもの。まだ乾いたニスの匂いが指先に残るような気がして、胸の奥がざわつく。
朝の光は薄く、工房の窓にかかった布が揺れるたびに細い筋の明かりが机の上を横切った。トトはその筋を追うようにして、こわごわと手の中の木片を眺めていた。片翼の木鳥。ミオが最後にぎゅっと握っていたもの。まだ乾いたニスの匂いが指先に残るような気がして、胸の奥がざわつく。
「今日、ドンのところへ行こう。あの人、昔から軍の回収品の修理なんかもしてたはずだ。何かしら古い帳面を持っているかもしれない」
ユナが紙切れを折りながら言った。彼女の声は静かで確信に満ちている。紙人形を作る指は止まらない。目の端で見れば、小さな人形の顔に薄い笑みが描かれていた。
「いや、行くなら俺も一緒だ」
アベルが作業台の端から立ち上がった。若いが軍の訓練に馴染んだ肩幅と、まだあどけなさを残す目つきが同居している。彼は軍服を脱ぎ捨てたような軽装で、しかし帯びた刃物の位置に無意識の緊張が残っていた。
トトはゆっくりと木鳥を握りしめる。木の割れ目に入った黒い傷。それは以前、軍の玩具箱の中でチラリと見た同じ傷と線が重なっていた。確かなものは何もない。ただの印かもしれない。しかし、ミオが片翼を壊した理由を知りたいという欲求が、彼の足を動かさせる。
「行こう。ドンは、街のはずれにいる。古い時計と古道具を並べて、片目でいつも書類を読みしころしてる」
トトが立ち上がると、ユナは紙人形を小箱にしまい、アベルは外套をひっかけた。出かける前に、トトは子どもたちの寝床を見渡した。毛布を直す小さな手、まだ夢うつつの眼差し。守るべきものがある。ミオも。ここに残された者たちの日常を消したくない。
工房から街道を少し歩くと、ドンの店は古い屋根瓦の蔵のように佇んでいた。入口の上には、錆びた歯車の飾りがぶら下がっている。戸を押すと、そこは埃と油の匂いが混じる別世界だった。時計の針が時間ではなく記憶を刻むように、無数の部品が静かに息をしている。片目のドンは、糸巻き机の前で眼鏡を拭いていた。彼の顔には皺が深く、しかし笑いじわは優しかった。
「おや、また来たのか。朝っぱらから、坊主たちは元気だな」
ドンの声はいつもより低い。トトは挨拶もそこそこに、机の上の引き出しを指さした。ドンはあっさりと頷き、地図や古い納品書の束を引き出しから取り出していった。
「ミオの話を聞かせてくれ。どこかで見かけた者はいなかったか」
トトは素直に尋ねる。ドンは一枚の紙を差し出した。そこには軍の略称と、玩具の部品を示すような小さなスケッチが鉛筆で描かれている。多数の同じ形の小さな羽根、量産を示す列、そして部品に打たれた刻印。
「これは……」
ユナが息を漏らす。アベルの視線が一瞬、鋭くなる。
ドンは指でスケッチの一点を示した。そこに小さな、しかし見覚えのある傷の刻印がある。トトの木片と同じ黒い線だ。
「これを修理して持ち込んだのは軍か?」
トトの声が少し震えた。ドンは静かに首を振る。
「修理した者が誰かは記録にない。だが、これと同じ部品が、最近はいろいろなところで見つかってな。玩具箱の中だけじゃない。病院の見舞い箱、孤児院に来た慰問品、街道沿いの商人が運ぶ箱にも混ざってた。だが、おかしいのはな、数が揃っていることだ。似たような刻印で揃えられている。これは小さくない。どこかで大量に作られてる」
ドンの言葉は重かった。部品のスケッチに書かれた「大量生産」の気配が、街角の噂を具体性に変えた。
「大量生産……って、軍が? 玩具を?」
ユナの声は小さいが、そこに怒りとも恐怖とも取れる何かが混じっていた。子どもの遊び道具が、機密と化しているという感覚が空気を冷たくした。
ドンはさらに深い引き出しを探り、古い納品書の束を広げた。その中に、かすれた印章のついた紙片があった。印章には伯爵家の紋章と、納品先として『王都軍需局』の文字が薄く残っている。
「ハルト伯爵のところへ行き着く可能性がある。だが、あの連中が直に作っているとは限らん。下請けの工房か、蔵のような施設が動かしているかもしれん。ミオの木鳥の片翼がここで見つかったというのか?」
トトはその紙片をじっと見る。もしもミオの木鳥の片翼とこの刻印が繋がるのなら、彼がただ迷子になったわけではない。何かを拒んで、それが理由で軍の目に留まった可能性がある。
「実は、昨日の夕方に行商人から聞いたんだ」
ドンがふいに話を切り出す。彼の声色は薄く驚きを含んでいる。「若い男が、街外れの倉の前で止まってたって。軍の荷車が入っていった。男は慌てふためいて、手に小さな木の鳥を握りしめていたって言う。兵士に呼び止められて、何か言い争って、そして男は去ったらしい。ここで面白いのは、兵士が男を問い詰めたとき、男はその木の鳥を切り離して何かを焼いたんだって。焼いたってのは、破壊を意味する」
ユナは息を呑んだ。アベルは顔を硬くした。
「焼いた。命令に従わない印を消すため、かもしれない」
トトの言葉は、胸の奥に冷たい石を落とした。ミオがもしも自分の意思で片翼を折ったのなら、それは命令に従わないというサインだったのだろうか。あるいは、命令を守らないために刻印を消そうとしたのか。どちらにせよ、ミオは軍と何らかの衝突を起こしていた。
「単独で殴り込むつもりか?」
アベルが不機嫌そうに問う。軍相手に無鉄砲は自殺行為だ。トトは一瞬ためらった。胸の中に湧き上がる焦燥と、ミオを取り戻すという強い欲求が戦う。しかし、トトはその場で深呼吸をし、ユナとアベル、ドンの顔を順に見た。
「違う。俺は、一人で行かない。あの子を無理やり引き戻すんじゃない。ミオは自分の意思がある。ここにいる子たちも、命令とか強制とかで縛られるべきじゃない。俺たちでできるのは、手がかりを集めて、子ども自身が選べる状況を作ることだ」
トトの声は確かだった。言葉の背後にあるのは、昨夜眠れぬまま見たミオの顔だ。強い意志がそこにあった。トトはその意志を奪う真似はできない。だから、仲間と動くのだ。連鎖が必要だと、彼は心から思っていた。
ドンは腕を組み、片目で三人を見やった。「いい判断だ。あんた一人が無茶すれば、軍はそれを口実に動くだろう。連中は混乱を好む。だが、計画を立てれば動く余地はある。情報は力だ。お前さんらには、ここに来てくれたことに理由がある」
「まずは倉の場所を突き止める。行商人の話を聞き出して、何時にどんな荷が来るか。それが分かれば、誰が下ろしているかも見えてくる」
アベルが地図を口にしようとする。彼は軍隊にいた経験から、行動の組み立て方を知っている。トトはうなずき、ユナは小さな紙人形を指で弄りながら、静かに考えていた。
そのとき、店の奥から、小さな声がした。ガラクタの陰から、年端もいかぬ街の子が顔を出す。手には縫い合わせた古い人形を抱えている。目は恐怖で大きく開かれていた。
「おじさん、あの……あの兵隊さんがさ、うちの弟の人形を持ってった。弟が泣いたから。おじさんが『駄目だ』って言ったら、兵隊さんは笑って、ぽんって渡された箱に入れてしまった。弟はそれから笑ってない」
子どもの言葉は細く震える。子どもは名前を言わなかったが、指先には確かな痕跡が残っている。トトはそっと膝を折り、子どもの目線まで寄