玩具職人

玩具職人 第4話「第3章」

朝の光が薄く差し込む作業場の戸口に、トトは紙ばさみを握ったまま立っていた。工房の床には端材、雛形、子どもたちが昨夜夢中で作った色とりどりの木片が散らばっている。ユナは紙人形の目を細い針で縫い留め、ドンは時計のゼンマイを調整していた。アベルは制服の襟を掴んだまま、外の通りを見つめていた。

朝の光が薄く差し込む作業場の戸口に、トトは紙ばさみを握ったまま立っていた。工房の床には端材、雛形、子どもたちが昨夜夢中で作った色とりどりの木片が散らばっている。ユナは紙人形の目を細い針で縫い留め、ドンは時計のゼンマイを調整していた。アベルは制服の襟を掴んだまま、外の通りを見つめていた。

「今日、視察隊が来るって聞いたんだ」アベルの声は低く、震えていた。若い兵士の顔には疲労と葛藤が滲んでいる。彼の隣に立つトトは、子どもたちのぬくもりを思い出して拳を強く握りしめる。

「来るのは確かか?」ユナが顔を上げる。指の先に糸が絡んで、紙人形が小さく揺れた。

「本隊じゃない、観察班だって。だが、兵站の連絡が来た——最近、玩具の徴発が増えている。伯爵側の監査と合せて、子どもの玩具を一括で点検するらしい」アベルが低く答えた。彼の声には自身の置かれた立場が刺さるように聞こえた。彼には、軍に残っている友人がいる。友人の名を出すことはなくとも、その影はここにあった。

トトは視線を工房の奥に向ける。そこにあるのは子どもたちの寝床、手入れした玩具箱、ミオが最後に置いていった片翼の木鳥の置き跡——彼はミオを探すために残ったのだ。今したいことははっきりしている。工房と孤児院を守ること。ミオを見つけ出すこと。だが今、目の前に立ちはだかるのは鋲の光る軍の靴底と、規則の網だ。

「移すか、場所を変えるか。みんなの安全が最優先だ」ドンが静かに言った。片目を細め、古い地図帳をめくりながら針を置く。彼は機械の歯車と同じ程度には冷静に見えたが、手は震えていた。ドンの時計は正確だ。時間が迫っている。

「──ここを動かすのは、それこそ仕事を放棄するみたいで嫌だ」トトは即答した。声は思ったよりもしっかりしていた。「工房は、子どもたちの居場所だ。逃げることは、子どもに『命令されるもの』としての玩具を押し付ける準備をすることと同じだ。こいつらに認めさせるわけにはいかない」

ユナの目が揺れた。紙人形の手が空気を切る。アベルは眉間にしわを寄せるが、決意の固さを隠せない。「だが、検査で設計図が見つかれば——伯爵は興味を持つ。移さずに隠すのは、より危険を招くかもしれない」

トトは一歩前に出た。朝のほのかな匂いが木の切り屑と混ざる。手にした紙ばさみの感触が冷たかった。彼は、守る対象を具体的な動作で示したいと思った。子どもたちの玩具を、子ども自身のものとして残すために。

「まずは見せ場を作らせるな。設計図はここにあるように見せず、子どもたちが使う玩具だけを整えておけ。大人の指示で動くものは、僕の力でも動かせない。だから、命令で動くと見せかけることはしない。隠すんだ」トトの声には、かすかな震えが混じっていたが、言葉は明瞭だった。

「その『動かせない』って能力の話、ここで使えるのか?」ユナが眉を上げる。紙人形の目に光が宿るような気配がした。

「簡単に言えば──子どもが自分で選んだ玩具にしか働かない。大人が命令して動かすようにしようとした物は、反応しない。しかも、恐怖を笑う者が近づくと玩具は壊れる。だから、軍の検査官が偉そうに『動かしてみろ』と命じたところで、何も起きない。むしろ軽蔑されて弄ばれたら、玩具は壊れるだろう」トトはゆっくりと言った。言葉に力を込めると、皆の表情が鋭くなる。

アベルは目を伏せた。「それで……軍が『子どもの恐怖』を集めてるって話は本当なのか?」

「噂だけじゃない。最近は工場から徴収命令が出て、玩具を分析用に回してるらしい。伯爵ハルトが背後にいるって、聞いたことはあるか?」ドンの手が地図の上で止まり、古い線を書き足すように指先が震えた。

アベルの手が小さく震えた。喉を鳴らして彼は続ける。「友人が、それの記録を作っている。見せたくないって言ってるけど、命令は命令だ。俺には助けられないかもしれない──いや、助けちゃいけないのかもしれない」

沈黙が一瞬、作業場を満たした。木の匂いと糸の摩擦音だけが、時間を刻む針のように響く。ユナが顔を上げ、紙人形を抱き締めるようにしてから言った。

「ならば、嘘をつけばいい。検査に『正常です』と見せかけて通す。細工は必要だ。でも、外に出ていくものは──ちゃんと子どもが選んだものだけ。他はここに隠す。いい?」

「目を付けられたら終わりだ。だが──」ドンの声が割れる。「工房を移すという選択肢もある。安全面ではそれが正しい。でも職人は地を離れると力を失う。忘れられた工房は、子どもたちの声も消す」

トトはそのとき、ドンの手元に置いてある小さな割れた木片に気づいた。色あせた羽の欠片、表面に付いた一筋の傷。心臓が小さく跳ねる。ミオが最後に持っていた片翼の木鳥を思い出す——あの木片と同じような傷が、ここにある。工房の片隅で埃をかぶったそれを、トトはそっと手に取った。

「これを、誰が?」トトは問いかけた。声は震えるほど小さかったが、皆の視線が一斉にそれに集まった。

ユナが顔を伏せた。「この前、市場で……子どもが泣いてるのを見かけて。傍らにいた男が丸い箱を開けて、玩具を並べていたの。子どもが触ろうとしたら、男が『触るな』って怒鳴った。子は逃げたけど、箱の中に木片が落ちて──それを掴んだ奴隷商人が言ったの。『王軍の箱だ』って」

「王軍の箱に、こんな傷のついた木片が?」ドンの片目が光った。古い機械を扱う目は、些細な異常も見逃さない。

アベルが喉を鳴らして息を吐く。「街の噂じゃない。今日、検査に来る兵に報告するやつがいる。おそらく、伯爵側の監査目録の一端だ。もし本当に軍の箱に同じ傷があったら──」

言葉はそこで切れた。トトの胸の中に、寒気が走る。木鳥の片翼──ミオがなぜそれを置いていったのか。意志を持って拒んだ印としての片翼の意味が、ここで再び影を落とす。もし軍がその破片を収集しているのなら、ミオがどこかで「命令を拒否した」証拠を残していることになる。だがそれは同時に、軍が子どもの「拒否」をも矯正しようとしていることを示唆している。

「隠すだけじゃ足りない。証拠を見られたら——」ドンの言葉に、ユナがすばやく割り込む。「でも見せないで『正常』と通せれば時間は稼げる。検査官は形式を確認したがるだけかもしれない。表向きの玩具を並べて、それ以外は『保管在庫』として見せない。人間の目を欺けばいいのよ」

アベルが目を伏せ、掌の中で硬貨をいじるように手を回した。「俺の友人が検査にいるかもしれない。だが、本人は命令が全てだと言うだろう。彼は正しくても、この制度は間違っている——俺はそれを変えたい。でも、ここで直接行動するのは無理だ。友人を巻き込むわけにはいかない」

トトは詰めかける不安を胸に引き締めた。決めるべきは一つだ。工房を守ること。逃げずに残ること。設計図を隠すこと。だがその決定は、安全よりも信頼を選ぶ行為でもあった。

「僕たちはここに残る」トトは静かに言った。「設計図は分けて保管する。外に出すのは子どもたちの選んだ玩具だけ——それだけを検査に見せる。アベル、君には頼みがある。検査の顔ぶれを見てきてくれ。顔を知っているなら、通す方法を見つけられるかもしれない」

アベルは苦い笑みを浮かべ、すぐにう