玩具職人 第11話「第10章」
「その子を離せ!」
「その子を離せ!」
トトの声は路地の石畳にぶつかって散った。腕にしがみつかれた小さな体が震え、腕の中の人形の布が擦れ合う音だけが濃く残る。懐に抱かれた男の子──ルカは目をぎゅっと閉じ、唇を噛んでいた。向こう側には三人の軍兵が、肩章をきらつかせて立っている。一本の銃床がルカの前に突きつけられていた。
「ここは我々の管理区域だ。孤児院の外では規則がある。子供の移送は本部の指示に基づく」隊長の声は冷たかった。手にしているのは紐の付いた小さな木馬だった。塗装は剥げ、尻の部分に小さな傷があった。トトはその傷を一瞬で見逃さなかった。どこかで見たことのある、あの浅い爪痕と同じ――心の底がきりりと痛む。
ユナがトトの袖をぎゅっと握る。紙の指人形をぎゅっと握った手から、彼女の指先が白くなっているのが見えた。アベルは銃を背に斜めに構え、片目のドンは懐から小さな歯車を取り出している。誰もが緊張の糸を張りつめていた。守るべきものがそこにいるのだと、全員が同じ方向を見ていた。
「その子の玩具をよこせ」と隊長が言い、木馬をルカの手から引き剥がそうとした。ルカは本能で体を丸め、人形を抱き締めた。木馬はいつものおもちゃのように動くはずはない。トトは胸の内で能力の条件を確かめる──その子が自分で選んだ玩具か。そうでなければ、何をしても動かない。ルカの指に絡みついた木馬は、確かに彼が選んだものだ。だが先刻の隊長が命じれば、それは軍の命令になってしまう。大人の要求は効かないという掟が、今ここで重大に機能する可能性がある。
隊長は木馬を手に取り、勝ち誇ったように笑った。「せいぜい騒ぐな。命令だ。お前の玩具は我々の所有物だ。動け、示威せよ」
その言葉に、木馬はびくりともしなかった。木の目の先に小さな亀裂が見えるだけで、歯車がきしむ音もない。軍服の胸元に飾られたメダルの輝きと、木馬の沈黙の対照が、周囲の空気を一層重くする。兵士たちの顔に不満が走った。命令で動くはずの玩具が動かない——それは彼らの常識にひびを入れる。
「あれは……動かないのか?」若い兵士の声が震えた。煽りのつもりで笑い声が出る。ひとりの兵が舌打ちをし、ルカの震える顔を指で軽く突いた。「泣き虫か? こんな小さなもので震えて、笑わせるな」
その瞬間、抱きしめていた布人形の耳がパリリと割れる音が響いた。ルカの人形の継ぎ目が裂け、綿がこぼれ落ちる。トトの目が針のように痛んだ。能力の別のルールが、冷たく証明されたのだ──恐怖を笑う者が近づくと、玩具は壊れる。兵士の嘲笑が、ルカの大切な繋がりを物理的に断ち切った。
ルカは崩れ落ちるようにぐしゃりと座り込んだ。布の人形は半分に裂け、笑い声はすでに干上がった。ユナの顔が青ざめる。アベルは拳を固め、ドンは舌打ちを抑えた。
トトは走った。胸の奥がざわつき、昔見た設計図の端っこに残る注記の言葉が浮かぶ。「子が選んだ玩具にのみ応答すること」――それだけが鍵だ。ルカが自分でその人形を選んだ事実を、ただ一つの望みとして持っていた。トトは膝の前でルカを抱き、子供の瞳を真正面から見た。
「ルカ、もう一度、その人形に遊び方を教えてくれないか? 自分で、遊ぶって決めてくれ」
ルカは濡れた頬で顔を上げ、嗚咽をこらえた。小さな喉から出た言葉はかすれていたが、確かに自分の選択だった。「これと……一緒におばけを追い払う。おばけが、夜に来るんだ」
その一言で、トトの能力は働き始める。だが発動にはもう一つ重い仕様があった――誰かが命じるのではなく、その子自身が「遊び方」を選んだという能動性。それが満たされたとき、トトはその子の「怖いもの」を小さな形にして動かせる。けれどもそれは、不完全な技術だった。作り出されたものは玩具であり、玩具は壊れやすい。さらに、トトがその恐怖を代わりに引き受けることもできるが、代償として一週間眠れなくなる。
トトは選んだ。ルカの小さな背中に手を当て、恐怖の一部を吸い取るように息を合わせた。感覚がずるりと抜ける。冷たいひんやりしたもの、胸に鉛のように張り付く黒い影の一かけらが、トトの中に滑り込む。身体の中でそれは重たく、だが同時に妙に冴えた感覚を残した。痛みはなかった。ただ、心の奥底で眠りを閉ざす鍵が回されたような気配がした。
「……あぁ、来た」トトは低く息を吐いた。脳の奥がふっと覚醒する。だがその覚醒は、眠気を切り裂くものだった。肩に刺すような疲労感が押し寄せながらも、瞼は重くならなかった。心臓の脈が細く速くなり、頭の中で砂利が細かくかちかちと擦れるような音がした。仲間たちの声が遠くなる。一瞬だけ、世界の縁が鋭く光った。
同時に、裂けた布人形の破片がきしりと音を立てて並び直り、空気の中に細工された黒い影が縮こまるように形を取っていった。そこに現れたのは、ルカが恐れた「夜に来るおばけ」を縮小して模した、木の小さな人形だった。顔は漆で塗られ、縫い合わされた小さな足はぎこちなく震えている。だがその眼ははっきりと、ルカの恐怖を映していた。
「おばけでしょ?」ルカは惊いたように小さく笑う。笑顔はまだ震えていたが、あの震えはもう恐怖のものではない。ユナがすっと前に出て、小さな紙人形を取り出す。紙人形はルカの新しいおばけ玩具の相手役を演じるために折られていた。二人の間に即興の遊びが生まれる。遊びとは、命を分ける合意のように見えた。
しかし足下にはまだ兵士がいる。隊長の顔には怒りがにじみ出ていた。彼は銃を肩に載せ、小さな木人形を睨みつけた。「子供の遊びに魂を奪われるな。所持権は我にある。怪物め、動け」
だが木人形は動かなかった。軍の命令による動員は効かなかったのだ。隊長の唇がきつく結ばれ、息が荒くなる。トトはその表情を見て、寒さが背筋を走るのを感じた。軍が玩具を「命令」で動かすことを期待していたのだ。だが期待は裏切られ、苛立ちが生まれた。苛立ちは必ず誰かへの罵倒へとつながる。
兵士の一人がいらついてルカに顔を近づけ、「泣き虫!」と嗤った。瞬間、ルカの作られたおばけ玩具の一部がぱりりと割れた。木の髪が裂け、足の一つがぽろりと落ちる。トトはその景色を見るだけで全身が燃える痛みに襲われた。恐怖を嘲る声が、玩具の身体を壊す。支えを失ったルカは再びしゃがみ込む。
「だめだ!」トトの声は喉の奥からほとばしった。彼は選択した。恐怖を代わりに引き受ける。代償を背負ってでも、その場で子どもを守ると決めたのだ。だがそれは、彼自身の身体に新たな刻印を押す行為でもある。
トトが手を差し伸べると、黒い影は再び回りを取り、粉みたいに細かくなってトトの掌へ吸い込まれた。吸い込まれると同時に、トトの感覚は鋭く、しかし闇に閉ざされた。世界は細部まで鮮烈に見えるが、同時に、眠りの扉が固く閉ざされたように感じられた。「一週間眠れなくなる」という呪文のような代償が、今、体の奥に落ちる。骨の髄が氷で満たされるような冷たさと、常にささやくような覚醒感。すぐにでも床に倒れ込みたい。だが瞼は閉じない。
ユナがトトの肩に手を置いた。「トト……大丈夫?」声は震えていたが、確かな支えがあった。アベルがゆっくりと胸の前で銃を下ろした。ドンは懐から小さな瓶を差し出し