橋守り

橋守り 第25話「第23章」

硝煙と潮の匂いが混じる夜。爆音が一つ、二つと続き、橋の中央部で木板が弾ける。ナギはその瞬間、足を踏ん張ったまま空気の流れではなく「線」を見ていた。橋を貫く見えない糸――それが彼女の目には、白熱した細い光線の束として現れる。家屋の軒先から橋桁へ、桁から中央支柱へ、そして支柱から海面へと落ちる「重さの流れ」。一本、また一本、切り替わるように震えている。

硝煙と潮の匂いが混じる夜。爆音が一つ、二つと続き、橋の中央部で木板が弾ける。ナギはその瞬間、足を踏ん張ったまま空気の流れではなく「線」を見ていた。橋を貫く見えない糸――それが彼女の目には、白熱した細い光線の束として現れる。家屋の軒先から橋桁へ、桁から中央支柱へ、そして支柱から海面へと落ちる「重さの流れ」。一本、また一本、切り替わるように震えている。

「ナギ! 桁がやられる!」ルゥの声が割れてきた。対岸から飛び込んだ火花のように、鍛冶の娘は大鎚を振るいながら補助ロープにしがみついている。オルは子供たちを引き連れながら、目を真っ赤にして指示を出す。ベンは片足の義足で前に出て、呼吸が浅くなりつつも破壊工作員の一人を掴む。破壊工作員――彼らは短銃と小型爆薬を隠し持ち、橋の要所を狙っていた。黒い布を纏った一団が、もう一つの起爆装置を構えようとしている。

「動かせるのは一本だけだ」と、ナギは呟く。能力の声は無情に現実を告げる。彼女は触れた構造の「重さの流れ」を視ることができた。一本だけなら別の支柱か、人へ移せる。しかし法則は厳しい。重さは消えない。移した先に必ず負担が生まれる。生者に移すにはその人の同意がいる。勝手に決めれば橋は逆に裂ける。ナギにはその代償の痛みが、掌の裏にまで伝わっていた。

「ベン、あんた――!」ルゥが叫ぶ。ベンは崩れ落ちる板を押さえようとしたところを銃で脅かされ、義足を弾かれて倒れた。彼の周囲の線が、赤く波打っている。重さが集中しているのが目に見えるようだ。ナギは飛び込むべきか、いや、飛び込めば彼女一人が背負うことはできない。

「ナギ、あの起爆を止めるには時間がない!」オルが叫びながら、子どもたちの背を叩いて避難させる。子どもたちは目を見開き、ランタンをしっかり抱えて揺れる。灯は揺らめき、だが消えてはいなかった。灯はまだ、ここに暮らす者たちの声を繋いでいる。

「聞いて! 同意が要る。生きてる人から受けてくれるかって、言わなきゃ何もできない」ナギは大声を出す。声は潮風に掠れそうになりながらも、橋の向こうまで届いた。周囲の動きが一瞬止まる。

黒布の男が火花のスイッチに手を伸ばす。隣の板がぐらりと斜めになり、そこから細い光の糸が一本、ぷつりと歪んだ。ナギの胸が締めつけられ、彼女は深く息を吸う。一本。選べるのは一本だけだ。

「ベン、お願い――同意してくれる?」ナギは全力で叫んだ。命令ではない、お願いだ。能力は同意を求める。ベンは血まみれの掌で辺りの板を押さえ、笑ってはならないはずの顔でナギを見上げる。

「俺がやる。言っただろ、ここは俺の抜けられない仕事だって」ベンの声は掠れていた。彼はすでに過去の代償を負っている。だが同意は同意だ。ナギはその声を受け取り、視界の中で一本の流れを掴む。

線を触れると、冷たい電流が掌を駆け上る。重さは消えない。ベンへと流し込むと、彼の肋に針のような痛みが走った。ベンは酸素を吸い込むのを忘れて顔を紅潮させる。義足の金具が歪み、彼の身体は更に偏る。だが持ちこたえている。ベンはうめき声を上げながら、歯を食いしばった。

「一つだけだ。次は――」ナギは即座に次の相手を探す。だがそのとき、起爆装置の導線が火花を散らした。黒布の男が笑っている。それに合わせてもう一人が刃を振るい、ロープを切ろうとする。橋の構造の一部が短時間で複雑に動き、ナギの目に見える糸は絡まり、たちまち数箇所で細い赤い点滅を始めた。

「ルゥ! 今!」ナギは叫び、同時に視界の一本を新しく作り替える。鍛冶の娘は形のある対応をした。彼女は重い金具を取り出し、短い横梁に締め付ける係を務めていた職人たちに声をかける。彼らは瞬時に、ナギの提示する位置に新しい補助支柱を作りあげる。分流結びの原理が、夜の混乱の中で実用される。だが新しい支柱はまだ持ちこたえるほど強くはない。そこで人の力が必要だ。

「私も!」オルが前に出る。彼の手は学校の記録の束を離れ、しわだらけの掌を差し出している。先生が子供を守るために自ら重さを受け止める決意を示すと、橋上にいた数人の職人と商人が互いの顔を見合わせた。顔に浮かぶのは恐怖と怒りと、それからそれを打ち消すような決意だ。

ナギは新しい一本に流れを導く。手順は同じだ。触れて、意図を定め、相手の同意を得る。だがここで問題が出る。人々の同意は瞬間的だが、ナギが移せるのは一度に一本、しかも一本を移すたびに受け手に圧がかかる。もし彼女が次々と人に移していけば、締め付けられる痛みが連鎖的に人々を疲弊させる。逆に、工夫すれば一人の負担を分散することもできる。だが、その分には時間と物理的な作業が必要だ。

「分散させる――ロープを三本まとめて結べるか! 職人!」ルゥが叫び、数人が鋼鉄の輪を持って走る。彼らは新設の支柱にロープをかけ、複数の人の腕力と機械力を組み合わせて荷重を分ける試みを始めた。ナギはその隙に、崩れかけた桁から一本の流れを切り取り、オルたちの作った複合ロープへと移す。オルの顔が青ざめ、彼は何とか耐えた。

だが戦いは同時進行だ。破壊工作員は隙あらば起爆を重ねようとし、片や裏方の密使が出てきては住民を脅迫する。ナギが一つの線を処理している間に、別の線が危険に晒される。時折、彼女は手を滑らせる。滑らせた瞬間、板が裂け、叫び声が上がる。そのたびにナギは恐怖に襲われる。能力の禁止事項が、皮膚を引き裂くように響く。独断で生者へ移せば、橋は逆に裂ける。彼女はそれを思い出し、誰かの同意を確かめ続けた。

「私は受けるわ。お前のせいじゃない、ナギ」老女の声がした。市場の奥の肉屋の女将だ。彼女は包丁を棚に戻し、ランタンを脇に置いて歩み出た。彼女の名は以前、柱に刻まれることをためらっていた。だが今、彼女は毅然としていた。灯の一つが真っ赤に燃えるように、ナギの視界に新しい流れが結ばれる。

同意の連鎖は次第に大きくなっていった。若い漁師がロープに組み込まれ、商人が古い帆布を切って分担の帯を作り、子どもの親たちが自らの身体を軸にして支える位置に立った。誰もが完璧ではない。血が滲み、手が滑り、何人かは顔をゆがめて膝をついた。それでも、彼らの口から発せられる同意の言葉は確かなものだった。ナギは一本ずつ、確実に流れを人へ、そして職人たちが結んだ新しい支点へ移していく。

だが最後の決定的な瞬間が訪れた。破壊工作員のリーダーが、中央支柱の根元近くに火薬を撒いた。彼が目を輝かせて点火具を擦ると、支柱全体に伝わる流れが大きく揺れた。その流れは、刻まれた名前のある中心部を直接貫いている。支柱に刻まれた名は、かつてこの橋を作った者たちの証であり、今は人々の希望の記憶でもあった。もしその支柱が倒れれば、橋はただの瓦礫となるだろう。

「やめろ!」ナギは走り出した。足は板の継ぎ目を滑り、煙で視界が悪い。リーダーが点火を終える手前、ナギは届いた。彼女は彼の腕を掴み、腕の中で見える重さの線を引き裂くようにして別の支持へとつなぎ替えた――しかし、それだけでは足りない。点火具は既に擦られ、火花が落ちた。爆発までのカウントダウンは残り数秒。

隣にいたルゥが鎖を投げ、破壊工作員を縛り上げる。ベンが最後の力で彼の膝を狙い