花火師

花火師 第25話「第23章」

夜風が運ぶ煙の匂いの中、ユウは自分のしたいことを言葉ではなく指先で示していた。会場となった広場の中央には、三十近い花火筒が円を描くように据えられ、その先々へと細い導線が伸びている。導線には昔の金箔のように光る細い金属が織り込まれていたが、半分は切断され、半分は別の方向へ向けられていた。あの金線が、今夜の鍵だ。彼はそれを三つに分け、工房ごとに任せるつもりでいた。

夜風が運ぶ煙の匂いの中、ユウは自分のしたいことを言葉ではなく指先で示していた。会場となった広場の中央には、三十近い花火筒が円を描くように据えられ、その先々へと細い導線が伸びている。導線には昔の金箔のように光る細い金属が織り込まれていたが、半分は切断され、半分は別の方向へ向けられていた。あの金線が、今夜の鍵だ。彼はそれを三つに分け、工房ごとに任せるつもりでいた。

「ユウ、本当に大丈夫なの? あとで手、冷やさせてよ」

リラが肩越しに囁く。彼女は音を色として聞く――子どものころの訓練で身につけた能力が、今や合図を選ぶ術になっていた。彼女の耳には、広場のざわめきが既に緑や複雑な音階に分解されているらしく、顔は青く光る木の葉を見ているように穏やかだった。

「大丈夫だ。今日はみんなでやる。俺一人でやるつもりはない」

ユウは言って、自分の右手をひと目で見えるようにひらいた。右手の甲には、治りかけの瘢痕が黒ずんで残っている。痛みの代わりにくすんだ冷たさが残り、触覚の欠落を思い出させる。金を使うほど、その冷たさは増した。それが、これまでの戦いで彼が得た代償だ。だからこそ、今夜は最小限の金で済ませる必要がある。

「ミナ、子どもたちは準備できてる?」ガルドが低く訊ねる。元宮廷点火士の肩には、まだ点火士としての痕跡が残っている。彼の手は確かだが、公の前で再び名を汚すわけにはいかないと、固く口を結んでいる。

「うん。みんな、耳栓は外したよ。自分で合図を選ぶって約束したから」ミナの声には揺るぎがない。避難民区画を代表してここにいる彼女は、子どもたちの安心を何より守ろうとしている。耳栓は、かつて王都が配ったものだという。静けさを与えると称して、地方からの警報を消してしまったあの一枚の布きれ。今夜はその耳栓を外して、子どもたち自身が音を選ぶ。

「行くぞ。三工房、三色。赤はここ、青は向こう、金は――ごくわずか、でも確実に」ユウは指で配置をなぞった。赤は熱、青は方向。金は守り。彼の「色の熱」は三色まで扱えるが、同じ色を重ねれば暴発する。三色を超えれば力は散り、金を使えば彼の痛覚はさらに遠のく。規則は彼の体にも、周囲にも厳しかった。

合図は決まっていた。リラが合図を読み上げ、子どもたちがそれに応じる。各工房は自分たちの色を担い、それぞれの筒に準備を終えている。工房の若者たちは、ユウの作った安全手順書を胸に抱いている。分業と信頼。それが今夜の全てだった。

だが、始まってみれば妨害は想像以上に露骨だった。最初の合図が聞こえた瞬間、向う側の回路の一部が黒い火花とともに断線した。細い導線が弾け、空気を焦がす臭いが鼻を突いた。ヴァルナ派の手が及んだのだ。監視官の目をかいくぐった細工。彼らは最後の瞬間に回路を切り、広場の一角を暗闇に叩き落とそうとしている。

「切られた!」リラの声が固まる。彼女の聞いている音が歪み、青い輪郭が崩れたのが分かった。

ユウはその切断点に向かって走り出した。思えば前にも、彼はこうして火を「直す」ために手を伸ばした。だが今回は違った。彼の右手の感覚は既に歪んでいる。熱いのか冷たいのか、どの程度の温度かを肌で判定できない。金を編んで繋ぐという手段はある。だが金を使えば、彼は更に痛みを感じなくなり、場合によっては自分の手が焼けていることすら気づけない。

切断された導線の先端は、真っ赤に熱を帯びていた。小さな流星のような火花が端で跳ねている。ユウは息を殺してその火花を見つめた。指先が乾いた汗でぬれているのを感じた。

「ユウ、待って! 手伝わせて!」

ガルドの声が背後で割れる。彼は静かに近づき、ユウの腕を自分の肩に軽く乗せた。ミナもすぐ隣に付き、工房の職人たちが小さな木製の塊と、繊細な鉗子を差し出す。彼らの目には迷いがない。信頼がそこにあるだけだ。

ユウは一瞬、手を引っ込めた。自分でやれば早い。自分でやれば、指示は確実に届く。しかし同時に、もし自分が誤判断をして金を重ねれば、同色が重なって暴発する危険がある。赤を重ねれば局所的な炸裂。金を重ねれば、彼の身体そのものを蝕む可能性がある。彼はその瞬間、何を守るべきかを思った。自分の英雄譚ではない。ここにいるのは避難民、子どもたち、そして職人たちだ。彼らの手でつくる防壁が必要なのだ。

「手を預ける」──言葉が、彼の胸の中で固まった。ユウは言葉通りに、右手をガルドの手のひらの中にそっと置いた。ガルドは驚きこそ見せなかったが、その目には短い感情の閃きがあった。彼はユウの手を取ると、自分の左手で鉗子を動かし、ユウの指先が導線に触れるように誘導した。ミナは隣で、切断面を押さえる木片をしっかり握った。職人たちが作業台に近づき、協働の輪ができる。

「ゆっくりだ、ユウ。指示を出して。どの色を優先する?」ガルドが低く言う。ユウはリラを見た。リラは耳をすませ、青い音の波形を指さした。

「青を繋いで。向こうの防壁──避難路を示す線を先に。金は、絶対に一度に大量に使わないで。少しずつ、確認しながら」

ガルドは頷き、ユウの手の中に自分の指の感覚を重ねるようにして鉗子を動かした。ユウは自分の意思を言葉で伝え、手は他人の技術で動かされた。それは不思議な感覚だった。自分の体が主体でありながら、動作の細部は他人に委ねられている。ユウは不安を感じつつも、それが正しいと分かっていた。

金の線を繋ぐ作業は、静かな緊張を帯びていた。金を一点づつ、薄く編み込む。重ねず、交差する角度をずらし、三色の干渉を避ける。ユウは口を固く結び、鉗子越しでもわかるように呼吸を整えた。ガルドの手先は巧みで、職人たちの補助も申し分なかった。ミナは木片を押さえる力を調節し、子どもたちは目を丸くしてその様子を見守っている。

「合図三、二、一!」リラが呟いた。彼女の声は冷静だったが、その耳には広場の一つ一つの呼吸が色として届いている。子どもたちは合図の音を選ぶ。ある子は鐘の音、別の子は小さな笛のフレーズ。耳栓はもう耳を塞ぐためのものではなく、自分たちが合図を受け取るための選択の象徴に変わっている。幾人かの子が耳栓を外し、空気に吐息のような緊張を甦らせた。

長い一呼吸のあと、青の合図が鳴った。向こうの工房が一斉に青の装置を動かし、整然とした青い軌跡が空を走った。道筋が明瞭になる。三十本の筒のうち、何本かはすでに赤や青で火を吹いている。空は分割され、かつて中央だけに集中していた光が、輪郭を取り戻していく。

だが、まだ一つの回路が繋がらなかった。中央に残る金の管。ヴァルナ派が最後に狙った部分だ。ユウはそれを見て、自分の胸が収縮するのを感じた。金の守りは要所を保つ。その部分が点かなければ、防壁に穴が残る。避難民区画を守るには、そこを埋める必要がある。

「金を、少しだけだ」ユウは言った。だが自分の右手の感覚は信用できない。温度の判定から危険な火花の有無まで、誤る余地がある。それは、同色重ねの暴発より恐ろしい。ユウは一瞬、金を自ら編もうと手を動かした。だが直後、彼は自らの手をガルドの手に預けた。ガルドがそれを受け止め、鉗子を確固たる動きで動かし、ユウは声でだけ指示を出した。

「ゆっくり……右から三度、小さな