花火師

花火師 第18話「第16章」

「連れていかれたのは、アンデルか?」

「連れていかれたのは、アンデルか?」

ユウは黒檀の作業台に肘をつきながら、ミナの顔を見つめた。夜明けの薄い光が避難民区画の瓦屋根を冷たく撫でている。ミナは唇を噛んでから、うなずいた。声には怒りと恐怖が混ざっていたが、どちらも押し殺されたものだった。

「噂以上に早かった。王都の巡察隊がさっき、集落の外れで手入れを……契約した職人を連行していった。態度は強引で、書状も見せずに」
「理由は?」とリラが首をかしげる。耳に掛けた小さな布がずれて、彼女はそれを直した。白い指先が触れた布の向こう、彼女の目は夜の音を追うように鋭かった。

「《不穏分子の疑い》だってさ。王都の監視官が言うには、外部と連絡を取っている——うちの工房も、その筋の干渉があるかどうか調べるって」ミナの肩が震えた。「アンデルは、ここの人手不足を埋めるために、王都から連れてきた技師だ。悪いことはしてない。だけど、ヴァルナの派閥が、うちの動きを潰そうとしているのは確かよ」

ユウの胸に冷たいものが滑り込んだ。アンデルは先週、ユウたちが点火手順の共通化を説いた際、遠くの工房まで材料を運ぶための経験を語ってくれた職人だ。腕はもちろん、物腰の優しさで人を和らげる人だった。ユウはその手を思い出す――細くて、煤と火薬で少し黒ずんだ掌。自分と同じ匂いを持つ掌が、今どこかの牢に縛られている。

「行く」ユウの言葉は短かった。出発の意志は、言葉よりも早く皆に伝わった。リラが微かに息を吸い、ミナが目を見開いた。ガルドは作業着の袖をまくりながら、渋い声で言った。「直接殴り込むか、奪還するのか」彼の眼差しは、過去の宮廷での点火の記憶を映していた。だが、その先にあるものは軍事行動ではなかった。ユウは首を振った。

「違う。暴力は使わない。彼らが王都の権威をちらつかせるなら、権威の場で覆してやる。逮捕が不当だと、みんなが見える形で示す。職人仲間の信頼を壊さないためにも、非暴力で行く」

リラの瞳が一瞬光った。音を色として"聞く"彼女は、言葉の裏の温度を感じ取る。ガルドは「それで行けるのか」とだけ言ったが、肩越しに小さくうなずいた。ミナは震える手で腕を掴み、決意を固めた顔になった。「私たち、行列を作るの。区画の代表や家族、職人たち。市役所の前で座り込みをする。公開尋問と弁護人を要求して、押し付けられた"疑い"を白日に晒すのよ」

計画は即座に具体化した。ユウの頭には同時に、作業台の奥にしまってある細い筒がちらついた。錆びた銀と金の混じった線。あの金の筋は、ただの装飾ではなかった。彼が編むことのできる「色の熱」を金線に絡めれば、守りの短い結界を作ることができる。だが条件がある――三色まで、同じ色を重ねれば暴発する。金を使えば、ユウの痛覚は薄れていき、火傷に気づけなくなる。金の代償は知っている。だからこそ、もし使うなら最小限に、仲間の同意と補助が必要だった。

「もし私が金を繋ぐなら、皆が目で監視する。誰かが手や腕を触れて、火傷がないか確かめ続けてくれ」ユウは申し出た。「リラは音で合図を出して。誰かが、同じ色を重ねないように合図を管理する。ガルド、君は使用手順の監督をしてくれ。違反があればすぐに止めて」

ガルドは短く笑った。「昔の宮殿では、もっと単純に火を使わせた。今は監視の時代だ。だが、お前のやり方なら、俺も従おう」

その日、避難民区画は長い行列を作った。老若男女、子どもを抱く母親も、傷痍兵も並んだ。旗はない。代わりに、各工房から集められた小さな筒が手に握られ、そこに仕込まれたのは非暴力の意志だった。ユウは自分の金の備品を腰に忍ばせ、赤と青の小さな印を手渡した。赤は暖を示す視認信号、青は方向を示す。だが今日は主に「見せるため」の色だった。人々の目の前で、火が管理できることを示す。見守る者を増やすことで、王都の恫喝を弱めるのだ。

市役所の石段はひんやりとして、朝日に照らされていた。監視官の詰所からは鋭い視線が降りてくる――だが人数は少ない。ヴァルナの力は、物理的な武力ではなく、記録と法令、そして密告網で広がっている。人々がまとまって座り込むだけで、その網は戸惑う。監視官は書き付けをめくり、上官に連絡する。ユウたちは静かに座った。子どもたちは耳栓を持っているが、今日は外している者も多かった。布が外れた小さな耳に、朝の市場のざわめきが入る。

「公開尋問を要求します」ミナが堂々と声を上げた。人々の合唱がそれを拾い、広がる。監視官は戸惑い、書類をめくる。すると、一人の役人が歩み出た。彼の表情は事務的で、冷たい。書類を掲げ、「逮捕は令に則った」とだけ言う。だが彼の声は、群衆の圧力に似た確実さに押されて乱れた。

ここで、ユウは小さな実演を始めた。掌の上に赤と青を編む。赤——熱を作り出さない小さな暖。青——飛ぶ方向を示す短い矢印のような光。彼はまず赤を一本、外筒の端に沿わせる。火薬の匂いが香るが、実態は穏やかだった。煙は出ず、音は立たない。人々の表情が柔らぐのが見えた。リラがわずかに息を吸い、音で色を選んで合図する。彼女の声はしゃがれているが、合図ごとに集まった人々が動く。これまでの「火は危険だ」という恐怖を、ユウたちは少しずつ覆していった。

だが、官吏たちは簡単に引かなかった。監視官は「手順書を提出しろ」と命じ、ユウたちの行為を記録しようとした。そこに、逮捕されたはずのアンデルが押さえられた場所を示す伝令が到着した。役人の顔色が変わる。彼らは、最初の逮捕を正当化するために、迅速な裁判と見せしめを企てていたのだ。

ユウは深く息を吐いた。ここで力任せに相手を圧倒しても、後で何を失うかは明白だった。代わりに彼は、金を一度だけ――ほんの短い瞬間だけ、守りの線を編むことに決めた。ルールはいつも通りだ。金を使うときは、三色以内に留めること。同色を重ねないこと。仲間が目を離さないこと。だがその代償は、確かなものだった。ユウは掌の感覚が徐々に遠のくのを恐れつつ、準備を始めた。

「俺が見る」ガルドが前に出た。彼はユウの手首を軽く掴んで、目をじっと見据えた。「焼けどの具合を、俺が感覚の代わりに判断する。リラは音で合図。ミナは証人。皆の前でやるんだ。分かっているな?」

ユウは短くうなずいた。金を使うのは、助けが必要な人間を守るためだけだ。アンデルを取り戻すための"盾"を一瞬作る。周りの職人たちが息をのみ、石段の空気が引き締まる。ユウは火薬筒から小さな金線の芯を取り出し、指先でじっと撫でた。金の線が皮膚に触れた瞬間、熱の記憶が流れ込み、その光の色が掌に走る。赤。青。金。三色のイメージが重なり合う。だが彼は同色を重ねないように、慎重に紡いだ。

守りの結界は、視認しにくい薄い膜のように広がった。わずかに風に光る金色の霞が、アンデルを拘束している場所の方へ伸びていく。時間は短かった。ユウの胸の奥がひりつき、指先がじんじんとしびれていく。だがそれは、単なる熱の痛みではなかった。金を繋ぐたび、痛み常感が遠ざかり、代わりに鈍い霧が手を包んだ。ガルドがすぐに触れて温度を確かめ、目を細める。熱は確かにあった。だが、ゆっくりと消えかかっている――ユウ自身の感覚だけが、裏切られているのだ。