花火師 第15話「第13章」
ユウは、木製の作業台に肘をつき、黄ばんだ紙片を睨みつけていた。紙の中央には、細い金の線が幾重にも描かれている。それは単なる図案ではなく、古い回線図だった。器具を並べた工房の窓からは避難民区画の夜明けが薄く差し込み、子どもたちの眠る家並みがまだ眠たげに横たわっている。ユウが今、したいことはひとつだ。王都へ向かうその金の回路の起点を突きとめ、なぜそれがここまで伸びているのかを確かめること。しかし妨げになっているのは、記録の欠損と王都側の監視と、そして自分の持つ「金」の代価だった。
ユウは、木製の作業台に肘をつき、黄ばんだ紙片を睨みつけていた。紙の中央には、細い金の線が幾重にも描かれている。それは単なる図案ではなく、古い回線図だった。器具を並べた工房の窓からは避難民区画の夜明けが薄く差し込み、子どもたちの眠る家並みがまだ眠たげに横たわっている。ユウが今、したいことはひとつだ。王都へ向かうその金の回路の起点を突きとめ、なぜそれがここまで伸びているのかを確かめること。しかし妨げになっているのは、記録の欠損と王都側の監視と、そして自分の持つ「金」の代価だった。
「これは……中央制御のものだ」ガルドが低く呟く。元宮廷点火士の指先は、図面の細部をなぞるだけで昔の配列が頭の中で再生されるらしい。彼の眼は狭く、だが確信に満ちていた。「この線がまとめている先が一か所にある。王都の防壁回路に直結している」
机の端で、リラが小さく口を開いた。彼女は耳を触る仕草をして、すっと目を閉じた。「音が、そこにある。低い金属のうなり。警報の節だわ。断片だけど確かに制御音の輪郭が残っている」
ユウは図面の金の線に指先を近づけた。紙のインクが光を吸い込むように暗く、金色が微かに温度を持っているように見えた。彼は能力を起動する際の常ならぬ緊張を胸に抱えつつ、言葉にしないまま色の熱を編もうとする。赤を一筋、青を一筋、そして金を一筋——三色までだ。使えるのは三色まで。重ねてはいけない。同じ色を二つ重ねれば、爆発の危険がある。しかも、金を使えば使うほど、ユウ自身の痛覚が遠のく。端的に言えば、金で回路の「守り」をなぞればなぞるほど、自分の手は熱を感じなくなっていく。
「やめろ」ガルドが強く言った。彼の声は砂をかむようで、かつての宮廷の厳しさを思わせた。「まずは読み取れ。真似るなんて——制御に触れるなら、手順を踏め。お前の代償はそれだけじゃ済まない」
ユウは拳を引いた。指先に残る微かな痺れを感じながら、息を整える。痛みが遠ざかるのを恐れていたわけではない。痛みは注意の信号だ。火を扱う者にとって、痛みを失うことは自らに火を向けることに等しい。だが回路の源を突き止めなければ、どうしても先に進めない。守るべき人々がいる。ミナの負った責務と、花火を怖がる子どもたちの小さな指先の温もりを思えば、躊躇も短くなる。
リラが少し首を傾げ、図面の別の部分に細い声で言った。「ここ、耳栓の図と繋がってる。耳栓を配布したことが、ここでは記録として残っている。警報を遮断するための手順。『静音化』の項目がある」
ミナが顔色を変えた。避難民区画の代表として毎夜の資材配分を悩ませてきた彼女は、その言葉に指先を早く動かす。「耳栓は……あの子たちの首にぶら下がってた。配られたって言っていた。王都から来た袋で」
「管理のためよ」ガルドが咳払いをして続ける。「『静かで秩序ある空』という建前だ。だがこの図面を見る限り、静寂は単に空の美学ではない。警報を眠らせることで、どこかに都合の悪い情報が届かないようにしている」
紙片の余白に小さなスタンプが押されている。見覚えのある紋章だが、滲んでいて判別が難しい。ユウは虫眼鏡を取り、紋を追った。小さな文字列が、かろうじて読める。それはかつて防壁制御を管理していた官署の略称だった。王都の施設が回路を経由して地方にまで伸びている。金の線は一つの核を囲むように広がり、端点で分岐し、各地の工房につながっている。
「これが意味するのは……」リラは言葉を選んだ。「王都は防壁の制御を中央で独占していた。外の合図が届かないようにするために、金の回路を一本化した。耳栓はその物理的な伴奏——市民に音を遮断させることで、外部の警報が無効化されるように仕組んでいた」
ミナの目から、小さな怒りが燃え上がった。「そんなことを……人々に耳栓を? 避難の可能性を奪うために?」
ユウは黙って首を振る。怒りより先に、現実的な思考が冷えるほど必要だった。もし王都が防壁の制御を握り、地方の警報線を遮断していたなら、帰天祭の中止や物資の独占は偶然ではない。仕組まれた統制だ。ここで負ければ、避難民区画は再び情報のない空に放り出される。
「分ける。三つに分けるんだ」ユウがぽつりと言う。声は静かだが、そこには決意があった。「この金の機能を、三つの独立した回路に分割する。王都が一箇所で独占できないように、各地域の工房が一色ずつ持つ。金を三分割して、同時に作用しなければ完全な防御にならないようにする。そうすればどこか一つが潰されても、全部を止められはしない」
ガルドは眉を寄せた。「理想的だ。だが技術的には簡単ではない。ここにあるのは後付けの回路図だ。古い配列を分割して、かつ安全に組み直すには、金の働き方を物理的に変える必要がある」
「金は守りだ」リラが静かに言った。「守りを三つに分けるということは、守りの濃度も分散するということ。ユウが言うように、それぞれの工房が一部分を持って、合意して同時に動かす必要がある。そして、その合意の鍵は音よ。私が音を識別して、合図を出せる。耳栓は遮断だったけれど、耳そのものは合図を受け取れる。だから子どもたちも参加できる」
ミナは手を顫わせながら、震える声で言った。「でもどうやって、諸国の職人たちを説得するの? 王都の圧力は強いわ。材料も金属も、王都の監視下にある。……それに、あなたたちが――ユウ、あなたの手が心配だわ。金を扱うたびに痛覚が遠のくって話じゃない。あなたを失うわけにはいかない」
ユウは微かに笑った。笑顔には痛みが混じっている。「僕は全部を担うつもりはない。逆に、全部を分けたい。自分ひとりで回路を直すほど愚かじゃない。でも起点を示して、分割の青写真を描くことはできる。ここにある図面を元に、三分割の設計図を書く。必要なのは信頼と技術の共有だ。君たちの言う通り、子どもたちに合図を覚えさせるんだ。耳栓の代わりに、合図を選ぶことを教えるんだ」
ガルドがゆっくりと息を吐く。「方法としては正しい。だが実行するには人が必要だ。王都は妨害するだろう。逮捕や圧力をかけてくる。ここで文書を見つけたことが、我々を狙う理由になりかねない」
ユウは黙って、紙片の一部を指で押さえた。そこには小さな注釈があった。古文書特有の乾いた墨だ。「金の回路は危険。監視下でのみ作動」といった趣旨の一文が、判読できないほどの擦れで残っている。誰かが判で押しつぶしたように、重要な箇所が消されている。だが消えた部分の周囲の線が、逆に真実を強調しているように見えた。
「ここを外部に見せるには、証拠としての強さが足りない」リラが指摘する。「でも音の断片がもう一つある。私が拾った制御音の残滓を組み合わせれば、警報が意図的に停められていたことを示せる。聞かせれば、職人たちも理解する。耳で証拠を持って行けば、捏造が難しい」
ユウは頭を振り、ゆっくりと立ち上がった。「まずは各地に声をかける。直接行けないところには、確実に信頼できる使者を送る。設計図、音の断片、そしてこの図面の複製を持って行く。ガルド、君には宮廷での顔がある。あの仕事をしていた者として、職人たちの信用を得る助けになるだろう。ミナ、君の名前で避難民の証言をまとめてほしい。子どもた