城運び屋

城運び屋 第9話「第8章」

宰相の私室は、夜の城の中でひとつだけ動かぬ島のように立っていた。廊下は寄せては返す海の波のように折り畳まれ、扉や段差が寄席の舞台装置のように組み替わる。その中で、ヴァルドの間だけが根を下ろした岩盤のように固く残っていた。乳白の居住石は室内でも穏やかに青い線を光らせ、そこから生えるように置かれた家具が、ほかの部屋のもののようでありながら、どうにも収まり切らない居心地を示していた。

宰相の私室は、夜の城の中でひとつだけ動かぬ島のように立っていた。廊下は寄せては返す海の波のように折り畳まれ、扉や段差が寄席の舞台装置のように組み替わる。その中で、ヴァルドの間だけが根を下ろした岩盤のように固く残っていた。乳白の居住石は室内でも穏やかに青い線を光らせ、そこから生えるように置かれた家具が、ほかの部屋のもののようでありながら、どうにも収まり切らない居心地を示していた。

ヴァルドは机に肘をつき、黒い金属の箱をじっと見つめていた。その上にのるのは、細い金属の腕が巡る装置と、まるで青銅の胸像のような針金細工。側近がその装置のスイッチを手元で確かめると、低いハム音が部屋の中を流れた。音はまるで遠い鐘楼の残響を密度を増して凝縮したようで、石の青い線がわずかに震える。

「この箱を、望まぬ場所へ送る」ヴァルドは冷ややかに言った。「記録は記録としての価値がある。だが価値と保存が両立しない場合、優先すべきは秩序だ。君の《仮住まい》を使え。私の言う『望まぬ場所』へ運べ」

カイは箱を見た。箱の蓋に無造作に結び付けられた古布の破片、封印された札。中に何が入っているかは、ソウの隠した小さな地図片から推測できた——人の名がびっしりと並んだ一冊の名簿、判子の押された紙片、黒ずんだ写真。追放された者たちの証がぎっしり詰まっていることは、彼の触れた陶板の断片が淡い灰色の記憶として示した。だが、不思議なことに、指先に伸びる暖色の道は見当たらない。家具が求める帰り先を示す線が、箱には与えられていないのだ。

「動かない」カイが言った。声は震えていなかったが、手の内の震えは止められなかった。「これには、誰も帰りたいと思っていない。だから……」

ヴァルドの目が細まる。「君は、能無しの運び手か。『帰りたい』と望む者だけが動けるというのか。好都合だ。望んでいないと判定されたものは、ここにへばりつかせておけ。私はそれを歴史の外へ押しやる」

側近が素早く箱へ手をかけた。だがハコが低い警告の声で割って入る。首輪の鍵がかすかにぶらりと鳴り、獣の瞳がヴァルドの側近へ釘付けになった。ハコは箱の封を嗅ぎ、小さく首を振った。その動きは単純だが断固たる否定だった。ハコは嘘と偽りを敏感に嗅ぎ取る。側近の手が僅かに冷たく、指先に震えがある。箱の札には、後から押された偽の認証印が見える。ハコはそれを許さない。

「その箱は、こちらでは動かさない」ミラが前へ出て言った。彼女は工具袋を抱え、唇の端に油の匂いを残していた。「私が直す扉を先に外す。扉さえ外せば、家具は通る。だがあの箱は、どうしても誰かの意思があるものじゃないと出ない。私たちのやり方は——」彼女はそこで口を噤みた。「私たちは人を動かすんじゃない。人が帰れるように道をつくるだけよ」

ソウが紙束を胸に抱えて静かに動く。ロウソクで炙った縁の黒い地図を広げ、指で幾つかの点を指していく。床の青い罫線と照らし合わせて、彼は別の道筋を作ってみせた。それは不正確で脆い誘導図だが、少なくとも幾人かの住民を救い出す可能性がある。ソウの眼は冷静だが、そこには微かな炎がともっていた。

ヴァルドの顔が青くなる。「ならば、始める前に賭けをひとつ。君たちが、私の望む箱を動かせないと判明したとき――君自身に代価を払わせる。私の装置は、君の《仮住まい》の代償を『前借り』して、その効用を高めることができる。記憶を渡してもらおう。そうすれば、君はより確実に動く」

その言葉に、地下室の空気が引き締まる。カイは胸の作業箱へ手を伸ばし、ついでに糸印を確認した。手袋の感触が掌に馴染んでいないことを、しかし確かめるように確かめる。記憶を前借りする、というのは初めて聞く仕組みではない。座標核と居住石の結ぶ記憶の流れを、局所的に逆行させる器具——ヴァルドの側近が手にした黒い箱は、そう呼ぶよりも獣じみた正確さで、人の胸から線を抜き取る。

「やってみろ」ヴァルドは言う。命令のようであり、挑発でもある。

側近が装置をカイに向ける。金属の爪が胸のあたりで空気をかき、低い音が一段と濃くなる。カイは一瞬で嫌悪と恐怖が混ざった熱を感じたが、身体は固まったままだった。ここで素直に代償を渡せば、ヴァルドは箱の移動を強いることができる。代償を拒めば、彼らは力で箱を奪い去るだろう。

「記憶は、選べない」側近が低く囁いた。彼の言葉は薬のように効いた。誰がどれを失うかが選べない——それは既にカイが何度も経験したことだった。指の先から冷たさが押し寄せる。胸の中の色が、機械の音に合わせて細く引き伸ばされるのを感じた。引き抜かれる瞬間、ある日の皿の縁の匂い、かすかな笑い声が一つ消えた。画面の彩度が、目の前から一色剥がれ落ちる。

だがその時、カイは小さな決断をした。手の中の糸印に触れ、指先に残るかすかな暖かさを確かめると、彼は装置から視線を逸らした。「やらせない」それだけを言った。言葉は弱かったが、彼の内側で何かが硬く鳴った。

ヴァルドは眉を寄せた。「君は拒むか。興味深い。では、別の方法を講じよう。君の手で箱を動かせなければ、我々の者が力づくで中の紙片を持ち出す。それが望みだ」

側近が手首を返し、装置を操作する仕草をした。だが、そこでハコが割って入る。獣が飛びかかるようにして側近の膝によじ登ると、首輪の鍵が一度くるりと光った。ハコの鳴き声は短く鋭い。それは犬のそれではなく、何か古い規範に触れる鐘の音であった。側近は機を逸して装置の操作に手を滑らした。装置の爪がわずかにぶれ、その機構が妙な間を置いて停止した。小さなスパークとともに、黒い箱の内部の回路が白い煙を上げた。

「ハコが動かないと言っている。侮ってはならない」ミラが言う。彼女は工具を床に滑らせ、ほとんど無言で自分の仕事に取りかかった。古い扉の留め金を目で追い、レンチを当てる。彼女の指先は正確で、錆を剥がす時の音が地下室に新しいリズムを刻んだ。扉の蝶番が外れ、段差が消える。ミラの手が作業を終えるたび、そこにあった壁の一部が休符のように抜け落ち、家具が通れる広さができていく。

ソウは地図を広げ、偽の道筋を紡いだ。彼の筆跡は流麗でありながら冷静である。ときおり彼は付箋をはがし、別の位置に貼り替える。彼の作為は欺瞞ではなく、救済のための策略だった。紙の上の一線が実際の廊下の罫線と重なったとき、青い光が紙の上で微かに踊った。ソウはその光を見て、小さく頷く。

「我々は箱に触らない代わりに、人のものを先に作業する」カイは言った。だがその言葉は、決意と同時に代償の覚悟でもあった。家具を動かすたびに、また一つ、何かを失うだろう。だが箱をそのまま置けば、そこに書かれた名前は歴史から剥ぎ取られる。どちらがより大きな損失かは、彼らの選択以外にない。

最初に選ばれたのは、修繕工房の古い戸棚だった。そこには王女付きの道具類が詰まっている。糸入れ、古い鉛筆のかけら、木の小箱。カイが手を触れると、家具からは薄い暖色の道が伸び、彼の足元を通り壁の向こうへと分流した。光は柔らかな布のように家具を包み込み、木の匂いが一瞬強くなると、その家具は壁を抜けた。半透明の間取り線が家具を追い、目的地が温かく輝けば、家具は抵抗なく移