城運び屋

城運び屋 第3話「第2章」

厚い扉の前で、カイは息を吐いた。王城の北側通用口とは違う、役所の空気がここにはあった。石の匂いが乾き、油の匂いが混じる。扉の隙間から差し込む光は、城内の折り重なった面を示すように幾重にも裂けていた。監督の告げた託し先は西棟。朝の光に浮かぶ王冠の影が、いつものように冷たく見える。

厚い扉の前で、カイは息を吐いた。王城の北側通用口とは違う、役所の空気がここにはあった。石の匂いが乾き、油の匂いが混じる。扉の隙間から差し込む光は、城内の折り重なった面を示すように幾重にも裂けていた。監督の告げた託し先は西棟。朝の光に浮かぶ王冠の影が、いつものように冷たく見える。

「西棟の移送を頼む」――扉の向こうから出てきたのは、宰相の執務室の外套を羽織ったひとりの男だった。ヴァルドという名前は組合の者たちの間にもよく届いていた。冷静で、いつも淡い計算の端を含んだ目つき。カイはその目に一瞬ゾクリとしたが、すぐに仕事の顔を作った。仕事箱の蓋をもう一度確かめる。そこにある鍵は重く、冷たく、昼の光を嫌うかのように鈍く光っていた。

「冠の前に整えろと、命が下った」ヴァルドは短く言った。「西棟は明朝、戴冠式の前に切り離す。壁の亀裂だと噂しておけ。技術者の手で、安全な東棟に移せ。公にはそれ以上を語らない」

入れ知恵のような口調だった。カイは相手の指の先に目をやる。そこには、年季の入った机の上で磨かれた指輪の跡が薄く残っていた。権力を握る者が自分の指先の重さで命令を押す——その感触をカイは何度も見てきた。同じように、城の面を押し曲げるような命令が、住民たちの帰る場所を押しやってしまうことがあるのだろうと、胸が冷えた。

「数百の家財と生活道具、数十名の職人や侍女、さらに王女殿下もそこにいる」ヴァルドは淡々と続ける。「戴冠式は王国の安定を示すための儀だ。西棟の不安定さは、儀の崩れにつながる。君の仕事は、家具を壊さずに安全な位置へ運ぶこと。君の技能は評判だ」

その評判という言葉に、カイは一瞬、胸の奥がぎくりとした。評判の価値は知っている。前世で環として丁寧に積み、綻びに糸を巻き、物の傷ひとつをも見逃さなかったことが、今の彼を作っている。しかし評判は同時に傍観を許す。人の個別事情に踏み込まないことを正当化する言葉にもなった。

「ただし条件がある」カイは言った。声は小さく、それでも一定の力を含ませた。「僕が触った家具は、どこへ行くべきか、確認させてほしい。単に空いた部屋へ放り込むだけでは、物は意味を失う。持ち主が本当に帰りたい場所へ運べる保証が欲しい」

ヴァルドの目が少しだけ細まった。真面目な顔で相手を試すように見つめる。多くの者なら、与えられた条件で黙って働くだろう。だがカイは、ただ運ぶだけで終わらない自分の癖を知っていた。家具のへこみ、梱包の癖、布の擦り切れ方から人の暮らしが透けて見えるのを止められなかった。触れるたびに胸の奥に他人の帰りたい部屋の断片が刺さる。それを確認しないと、彼は自分の手を動かせない。

「確認を許すと支障が生じるかね」ヴァルドは低く問うた。「戴冠式前だ。時間はない。君が確認に時間をかけるなら、我々は計画を変えざるを得ない」

部屋の隅に立つ侍官が、薄く息をついた。手元の巻物が小さな波を立てる。時間は確かにない。カイはそれを承知していた。だが、時間がないからといって、せめて帰る意思を奪うことは許されない。彼の胸に前世の仕事の約束が落ちてくる——荷物の向こうにいる人に敬意を払うこと。誰かの過去や、捨てられた生活の片鱗を雑に扱ったことが、彼を死に導いたのだ。

ヴァルドはゆっくりと手を伸ばし、カイの作業箱の蓋に触れた。金具が冷たく震え、鋭い音が小さく弾ける。触れた指先の周囲に、空気が一瞬だけ密度を失った。

「君の望みは聞き入れよう」ヴァルドは言った。「だが条件が二つある。ひとつ、移送の優先順位は王都の治安に関わる者を最優先にすること。ふたつ、君の仕事は公務だ。公務とは記録と忠誠を要求する。君は我々の命令に従うことを約束する」

ヴァルドの声は穏やかだが、圧力は隠れていた。公務、記録、忠誠。言葉の輪郭は美しいが、薄皮の下には確固たる枠がある。カイは一度だけ天を見上げ、そしてうなずいた。選ぶ余地はなかった。西棟の住民が朝を迎えるかどうかは、彼の手にかかっている。目の前に並ぶ人影の恐れを無視するわけにはいかない。

「了解した。ただし、持ち主の意志に反した移送は認めない」カイは静かに言った。「家具が望む場所を僕が示す。僕はそれを動かす。だが人が明確に拒むなら、僕は運ばない」

ヴァルドは一瞬の沈黙のあと、笑いを含まない短い音を漏らした。「君は面白い。――では確認方法だ。組合の規則に基づき、君は僕に毎回作業記録を提出すること。だが記録は私を通して保管され、必要あれば君の行動は監査される」

その「監査」という語が、カイの喉を掠めた。昔の帳面仕事の記憶が、無秩序に剥がれて消えていくことを思い出す。それでも彼は承諾した。誰が見ようと、彼は物と向き合う。

外へ出ると、ミラとソウが待っていた。ミラは作業着に灰がつき、いつものように腕には工具の傷跡がある。彼女の目は怒りと好奇心の混じった色をしていた。ソウは相変わらず無口だが、手には羊皮紙が重ねられていて、そこに鉛筆の線が細かく刻まれている。

「えらく大きな仕事だね」ミラは言った。彼女はカイの顔をまじまじと見て、すぐに作業箱の蓋を覗き込む仕草を起こした。「王女がいるって、本当?」

「本当だ。ヴァルドの命令だ」カイは答えた。「だが彼は『壁の亀裂』だと言っている。――違和感は、外にあるわけじゃない」

ミラは唇を噛んだ。「この城を単なる『故障』呼ばわりする人は多い。けど私はそう思わない。変わるっていうのは、どこかで欠けたものを隠すために使われてる。直せば分かる、っていうのが私の意見」

ソウは軽く首を傾げ、羊皮紙を差し出した。そこには城の簡略図が正確な線で描かれているが、西棟のあたりだけ、鉛筆で赤く斜線が引かれていた。カイはその斜線の向こうに、白い空白があるのを見た。地図が切り取られているかのように、名簿の一部が消えている。

「ここだ」ソウの指先が震えずに示したのは、誤差のない座標だ。「ここは、いつもと線が違う。昨夜の写しと一致しない。誰かが線を引いた」

ミラの眉が吊り上がる。「誰が? 管理局?」

「記録は消されている」ソウは静かに言う。「ただ、石に残された線までは消せない。石は市井の記憶を吸っているから」

カイはその言葉に息を飲んだ。居住石の特性を薄く知識として持っているが、具体的に何がどこに残っているのかは、触れてみなければ分からない。引っ越しの仕事で何度も見たのは、家具の擦れた跡や日焼けの筋だ。それらが、記憶という形で石に語りかけるのだとしたら、単なる物理的な移動だけでは済まない。

「じゃあ行こう」ミラが手を振った。「機械的に運ぶんじゃなくて、ちゃんとここにある人のために働く。王女だって、私たちにとってはひとりの住人に過ぎない」

三人で西棟へ向かう途中、城の面が折れていくのが見えた。廊下の板目が音もなく滑り、窓の位置が一瞬でずれて、新しい外気が差し込む。折り紙のように面が折れて角が生まれると、カイの体内に半透明の間取り線が走った。暖色の光の道が、抱えた椅子から伸び、その先で小さく点滅している。家具が、どこへ行きたいのかを示す。

最初の運搬で、カイは椅子に手を添え、いつものやり方で力を入れた。手順は身体が覚えている。壁を抜