図書館の悪役令嬢は大切な人に謝る

図書館の悪役令嬢は大切な人に謝る 第12話「第11章」

鉄格子が降りる音は、図書室の静寂を――いつもより重く沈ませた。冷たい鉄の響きが、本の匂いを切り裂く。蝋燭の火は揺れ、ページの断面に薄い金色を差した。

鉄格子が降りる音は、図書室の静寂を――いつもより重く沈ませた。冷たい鉄の響きが、本の匂いを切り裂く。蝋燭の火は揺れ、ページの断面に薄い金色を差した。

「ここで止める」——アルド伯爵の声が低く響き、二列に並んだ保守派の者たちが手を伸ばした。彼らの後ろには宮廷の符章を付けた役人たち。合意条式の原本を囲む鉄柵は、やがて完全に封鎖されるはずだった。だが柵の内側には、薄暗がりの中で数人が静かに立っていた。

レイナは指先で古い革表紙を撫でた。合意条式の題箋は、長年の手垢で色濃くなり、触れるだけで過去の決断の気配が戻ってくる。彼女の胸の中で、謝らなければならない相手の顔が浮かんだ。クレアの笑い方。小さな手の震え。謝るためにここまで来た──その目的は揺るがない。だが同時に、能力の代償が冷たく脇腹を突いた。

「全員の同意で読み替える」——彼女の術はそう約束した。だが相手が拒むなら、条式はそのまま、断罪劇は道具として回り続ける。合意を得られないとき、レイナにはもう一つの手段があった。条式を一方的に読み替えること。だがそのたびに、彼女は自分の選択肢をひとつ失う。何を失うかは、行為の重さによって変わる。いつもはそれを思い出すだけで手が震えた。

「ルカ、ここは任せる」ルカが顎を振る。図書館の蔵書主任──彼の手は震えていなかった。彼は自分の理由で、職の名に従って行動している。ミレイは小さなナイフを取り出し、合意条式の天辺にある菊形の紋章の隙間に指を差した。ハルトは入口を向いて、外の足音に耳を澄ませる。みな、自分の意思でそこに立っていた。

アルドの側近が柵に手をかけた。「原本の保全のためだ。後日、宮廷の承認のもとで処理する──」

「処理するって何よ」クレアの声が図書室に届く。薄い毛布を肩にかけ、不安げな表情で彼女は柵の内側の席に座っていた。斜めに差し込む蝋燭の光が、彼女の目の縁を濡らしているのをレイナは見逃さなかった。クレアは自分の運命を、条式という紙片に委ねることを拒んでいた。今日は、クレアが自分で選ぶかどうかを決める場でもある。

「合意はここで、今、示されるべきだ」ミレイが言った。彼女の声に震えはあるが、言葉は切れ味を失っていない。「私たちが読み替えを受け入れれば、条式は変わる。私が写本を管理した者として、同意を示す。ルカも、クレアも、そして──」ミレイの目はレイナに据えられた。「レイナ、あなたは?」

レイナは指を引いた。掌の内に、薄く光る文様が浮かんでいるのが見えた。能力を象徴する、彼女だけの印。――同意の声を紡ぐとき、その印は条式と交わり、文字が柔らかく溶けるように意味を変えた。だが今、アルドは同意しないだろう。彼の口はきっと硬く閉ざされる。彼が拒絶すれば、読み替えは行えない。クレアの運命は変わらない。レイナには、選ぶべき二つしか見えなかった。

「全員が同意しないなら、私が行う」レイナの声はいつになく低かった。言い終えると、彼女は合意条式の上に両手を置く。紙の繊維に触れると、蝋燭の火が一瞬だけ高くはねたように見えた。ルカが喉を詰まらせ、ハルトが思わず前に出る。アルドの顔色が変わった。

「馬鹿なまねを!」アルドが声を張る。役人たちが前進する。

レイナは目を閉じた。過去の訓練で教え込まれた技術の断片が、思い出さずとも手の動きになる。合意の言葉を声に出した。だが今回は違った──彼女は読み替えを「要求」ではなく「強度を持って宣言」した。条式の縁に光の糸が走る。文字が、鋳物のように固く変わる。彼女は知っていた。これが「一方的に誰かの運命を決める」行為だということを。

代償はすぐに来た。掌にあった文様が、熱を帯びて痺れるように痛んだ。骨の奥まで冷たいものが落ちる感覚。レイナは思わず息を吐いた。手元の小さな銀製の指輪──子どもの頃、クレアと交換したお守りの指輪が、ひびを入れて砕け落ちた。金属の冷たさと、硝子のようになった破片が床に散る。指先から走る痛みは、彼女から一つの選択肢を奪った証だった。これから先、彼女は自分の"愛を選ぶ"という自由を一つ失う。――誰かの運命を無理に変えれば、自分の運命の一角が欠ける。代償は具体的で、冷徹だった。

「レイナ!」クレアが立ち上がる。心配と怒りと言葉にならない奔流が彼女の体を震わせる。「そんなことをしては――!」

「ごめん、クレア」言葉が喉の奥から出ると、レイナの胸がきしんだ。謝るためにここまで来たのに、その代価で自分の未来の一部を失うとは思ってもいなかった。だが、クレアに自分で選んでほしい。それだけは譲れなかった。

アルドは牙をむいた。「お前のやったことは無効だ。合意の読み替えには当事者全員の公正な投票が必要だ。お前一人がやれるものではない!」

そこで、ミレイが小さく笑った。目が濡れているのを誰も止められない。彼女は自分で書いてきた写しの余白にナイフで線を引き、そこに血で署名をした。「私は当事者だ。他人の運命を弄ぶ側でも、弄ばれる側でもない。私が書いたものに、私は立っています。私の同意はここにある」

ルカも一歩前に出た。彼は古びた鍵束を握りしめていた。図書館の目録を守る者として、後世にどう伝えるかを決める責任があると言った。「私が目録を持つ限り、記録は選択の器である。私は、この読み替えを記録する」

ハルトは足を踏ん張る。外で待ち構えていた衛兵たちが一旦構えを止める。彼は鉄の棒を低く構えたまま言った。「俺は選ぶ側だ。誰かに決められるために生きてない。お前たちが封鎖しようとしているのは、選ぶ場だ。俺は守る」

アルドの取り巻きたちは動揺し、役人たちの表情も割れた。誰もが、強制ではなく、自分の理由で同意を示している。レイナの一方的な読み替えは、逆に場の圧力を取り去り、個々の意思を見せる契機になった。彼女が代償を払ってまで行ったことは、場に「今、選ぶ」という性質をもたらしたのだ。

だが最後の一人が動かなければ、それは不完全だった。アルドが柵の前まで歩み寄り、ゆっくりと帽子を取った。言葉は冷たく、しかしそこに迷いがないわけではなかった。「お前のやったことが許されるか否かを、私は決めない。だが私も、ここで誰かの人生を片手で握るのはやめよう。審理の場は宮廷に残すが、個人の選択は今日から公然と求める。お前の所作は――異端かもしれぬ。だが一理ある」

アルドの目がクレアに向く。そこには、長年の慣習を守りたいという衝動と、時に無理解が混じっていた。クレアは震える指で、自分の毛布の端を掴んだ。部屋の空気が凍るように静まる。

「私は──選ぶ」クレアの声はかすれていたが、部屋に確かに届いた。彼女は立ち上がり、柵の内側からアルドに向かって一歩、そしてもう一歩と歩み寄った。ミレイが小さく頷き、ルカは静かに文書の表紙を閉じた。ハルトは顔を伏せ、レイナの手に残る痛みを見つめた。

クレアは鉄柵に手をかけ、呼吸を整える。彼女の目に、もう迷いはない。合意条式の文字が、燭台の火で踊る。その光の中で、彼女は初めて自分の口で語り始めた。

「私は、断罪される役を押しつけられたことに怒っている。だが、誰かが私の人生を決めることも許せない。……レイナ、あなたの謝罪を聞きたい。だけどそれよりも、私