図書館の悪役令嬢は大切な人に謝る 第1話「序章」
舞台のスポットライトが白く裂け、レイナ・マリヴァンの顔を切り取った。絹の裾がきしむ。冷たい空気が客席の歓声を一本に集めて頭上から降り注ぐようで、胸の中の小さな声は簡単に飲み込まれてしまう。彼女は台本通りにすすり泣き、頭を下げる。合図があれば、彼女は告発の言葉を三度繰り返し、正され、見せしめにされる。それが、この宮廷の「定式」であり、誰もがそれを観劇のように享受する。
舞台のスポットライトが白く裂け、レイナ・マリヴァンの顔を切り取った。絹の裾がきしむ。冷たい空気が客席の歓声を一本に集めて頭上から降り注ぐようで、胸の中の小さな声は簡単に飲み込まれてしまう。彼女は台本通りにすすり泣き、頭を下げる。合図があれば、彼女は告発の言葉を三度繰り返し、正され、見せしめにされる。それが、この宮廷の「定式」であり、誰もがそれを観劇のように享受する。
目の端に、客席二列目。そこにエイダがいる。幼い頃に泥だらけで一緒に屋根に登った、頬にそばかすのある小さな手だ。エイダは白いスカーフを握りしめ、瞳を伏せている。彼女の視線は、まるで法律の文言のように固く、自分の向こうにある「接触不可」の印を慣習として受け入れている。
「あなたは、罪を認めますか」
執行官の声が木箱のように響く。レイナは呼吸を整え、台本にある台詞を口に出した。舌の裏に引っかかるのは嘘でも真実でもない、格式の言葉だけだ。けれど心臓の縁には一つだけ本当の目的があった――エイダに、ただ一言だけ謝ること。
「はい。私は……申し訳ありません。」
謝罪の言葉は舞台用の震えを含んで紙のように薄く伸び、しかし誰にも届かない。エイダの顔は微動だにしない。観客席は拍手をもって罰を祝福し、子爵家の名誉が一度焼き清められたように散っていく。儀式は終わり、群衆は次の見世物へ。また一つ、人の役割が上書きされた。
廊下は石の匂いと湿気で満ち、上着が肩にまとわりつく。レイナは人波のそっとした隙を縫って、王立図書院の扉へと走った。図書院は宮廷の裏手、蔦で覆われた煉瓦と窓枠の向こうにあった。扉に触れると、そこだけ空気が違っていた。光は柔らかく沈み、埃の匂いがページの重さを告げる。舞台のスポットライトと、ここにひっそりと巣食う青い燈の差が、彼女の胃を揺らした。
「レイナ様、こんな時刻に――」
受付の老書士、ミレイユが眼鏡の上から言う。ミレイユの手は小さく、硬貨を数えるように確かだ。彼女の同情は面倒を引き起こす価値を常に計っている。だがミレイユは、レイナが崩れ落ちる前に扉の内側へ押し込んだ。
「見つけて。定式院の文書。脚本を固定する条項の原本を見せて。図書院に残るはずよ」
ミレイユは小さな鍵束を回し、奥へ導いた。蔦の影が書架の谷間を描く。上部の棚に置かれた古い箱は、黒ずんだ革と金箔の残滓で装飾されていた。レイナの指先が震える。ページの感触は紙ではなく、季節の圧縮だった――昔の空気が指の腹にしみ込む。
「これだ」と、彼女は誰に言うでもなくつぶやき、箱の蓋を開けた。中には灰色の羊皮紙が幾重にも折られ、端には小さな注記と朱の印があった。頭に触れた文字は、定式院が如何に人の役割を文言で輪郭づけ、運命を固定するかを示していた。だが、頁の端の余白に、別の筆跡があった。細く、確実な筆致でこう記されている。
「当事者全員の合議により読み替えること。合意なき一方的読み替えは代償を招く。」
レイナの胸がざわついた。代償。書かれているのに、それが何を意味するかは曖昧だった。ミレイユも眉を寄せる。
「合議……当事者全員、ですか。要するに、関係者全員の同意がなければ条文は書き換えられないと?」
「そう書いてある。けれど、もし一方的に押し通すと?」
ミレイユの声には、図書院が長年守ってきた慎重さが混じる。だがレイナはもう慎重でいられなかった。エイダに謝りたい。その一言をもたもたと遠回しにする理由はない。
彼女は封印された別の書簡を見つけた。そこには、条文の運用例が幾つか書かれている。席の配置、接触の禁止、婚姻の順序、そして――小さく、消え入りそうな文字で、接近の例外についての手続きがある。合意があれば、当事者は物理的な距離を越えて接触が許される。だが、合意を集めるには関係者全員の署名を要する、と。
「エイダに直接同意をもらえば……」唇の端でその可能性が震えた。だがどうやって。彼女はいま公然と断罪され、宮廷の視線は永遠に張り付いている。エイダを挟んで手を伸ばすだけでも、二人とも罰せられるだろう。
「合意が取れないなら、別の手段もあるようだ」とレイナは小声で続けた。頁の隅に、墨の点がひとつ、強く刻まれている。ミレイユがそれを押さえた瞬間、世界が少しずつ冷たくなるような錯覚がした。
「それを使うときは、名指しでの運命決定を避けよ。さもなくば、使用者の『選択肢』一つを失う――とある。」
レイナはその言葉を目でなぞる。選択肢。一つ、減るというのはどういうことだろうか。彼女の中で、幼い頃の記憶がわずかにきらめいた――エイダが彼女の耳に囁いた冗談、ふたりで分け合った焼きたてのリンゴ、屋根の上での誓い。だが今、その記憶は指先から溶け落ちるかのように不確かになった。胸が深く、冷たくなる。
「ちょっと、試してみる価値はあるかもしれない」ミレイユが口を挟んだ。彼女は自治を重んじる人間だ。だがその同意は、当に「当事者」に属するのか――ミレイユは違う。彼女は図書院の管理者であり、関係者ではない。
レイナは封を切った。文字を指で追い、規定の文言を口に出してみる。古い言葉が舌の上で回る。もし、たとえば「接近禁止」を「同意がある場合を除く」と読み替えれば、エイダに謝れる。だが今、エイダはここにいない。合意は得られない。レイナは自分の手が震えるのを感じた。それでも、何もしないことはもっと怖かった。
「エイダの同意を得るのは――」言葉はそこで切れた。彼女は思い切って、合意のない読み替えを口に出した。文言が変わる。羊皮紙の墨が微かに揺れ、空気が一瞬まとわりつく。
その瞬間、頭の中に冷たい鋭い痛みが走った。痛みは胸へ、そして左手の甲へと広がる。レイナは手を握り締め、床に落ちていたクッションに膝をついた。痛みが引くと、代わりに何かが蒸発したような虚無感が残った。過去の景色の一つが、ぱっと消えていた。
「何が——」ミレイユが顔色を変えた。レイナは震える手で頭を抱え、指の間からこぼれそうな記憶を探した。屋根の上でエイダがくれた小さな木彫りの鳥の記憶。そこにあったはずの羽根模様が曖昧になっている。笑い声の一節が途切れたように、彼女の胸に穴が開いた。
「代償って、こういうことか」レイナは吐き出すように言った。言葉は震えていたが、確かだった。合意なき読み替えは、誰かの運命を一方的に変える力を与える。だがその代わりに、使用者は「一つの選択肢」を失う。記憶という形でそれが現れたのかもしれない。あるいは別の何か――だが今は、彼女の持っていた最も柔らかな思い出の一つが消えた。
「エイダが当事者に含まれている。書簡に名がある」ミレイユが指さす。ページの端、かつての署名の列に、見覚えのある流麗な筆跡がある。エイダの家族の名、そして――小さな、かすれた印。誰かがこの決まりに既に名前を記している。エイダは、知らず知らずこの制度の当事者だったのだ。
レイナはその印を見つめ、膝をついたまま立ち上がる。胸の空洞と、そこにぽっかりとできた欠落。謝るための術は存在する。だがその術は合意か、代償か、どちらかを求める。彼女はよろめきながらも立ち上がり、決めた。
「行く」と、短く言った。ここで文句を吐いて