法廷の悪役令嬢は兄の冤罪を晴らす

法廷の悪役令嬢は兄の冤罪を晴らす 第5話「第4章」

審理室の扉は重く、開くたびに螺旋模様の金具が低い音を立てる。蜜蝋の匂いと、古い羊皮紙の埃っぽい匂いが混ざった空気の中で、数十脚の椅子が左右に並んでいた。窓から差し込む秋の光は長椅子の背に細い帯を描き、机に置かれた文書の端を金色に照らしている。レイラ・ベルモントは深く息を吸った。手首に触れる細い銀糸が冷たく、彼女の掌の血管に小さな震えを伝えた。

審理室の扉は重く、開くたびに螺旋模様の金具が低い音を立てる。蜜蝋の匂いと、古い羊皮紙の埃っぽい匂いが混ざった空気の中で、数十脚の椅子が左右に並んでいた。窓から差し込む秋の光は長椅子の背に細い帯を描き、机に置かれた文書の端を金色に照らしている。レイラ・ベルモントは深く息を吸った。手首に触れる細い銀糸が冷たく、彼女の掌の血管に小さな震えを伝えた。

「評定官方、当事者方、始めるわよ」

机の向こう側、評定院の長机に座る評定官たちは粛々と視線を向けた。真ん中に座るのはクラウス評定官。彼の眉は重く、いつもより厳しい。右端には侯爵夫人ヴィタがしなやかな黒い服で座していた。ヴィタの瞳は冷たく、彼女の指先には証拠として提出された羊皮紙の端が挟まれている。

「今回の申立ては、ベルモント家所有の下級家臣アンドレの土地権に関する解釈変更の可否だ。被申立てはベルモント家当主――」クラウスが檀上に向けて言いかけ、声を落とした。「では、当事者の合意が前提であることを確認する」

レイラは前に一歩出た。胸の中で何かが跳ねる。兄アレンの件から、彼らの制度文書の矛盾を一つずつ灼き直すしかない。今日の標的は直接の証拠ではないが、慣例の解釈が兄を追い詰める流れの一部を成す。ここが小さな亀裂を作る足がかりになれば、と彼女は考えていた。

「私は、当該条項の『地主の召喚権』の読み替えを、関係当事者の合意により行使します」レイラが言うと、静寂が走った。彼女は掌を机に置き、薄い羊皮紙の端を指でなぞる。銀糸が一瞬光ったように感じられた。

この能力の仕組みは単純ではない。古い制度文書の文言に含まれる矛盾を、関係する当事者全員の合意に基づいて「読み替える」ことができる。だが合意が必要だ。誰ひとりでも反対すれば、その解釈は成立しない。しかも、合意を伴わない、一方的な決めごと――「半強制的な読み替え」を行えば代償が生じる。代償は抽象的に語られてきたが、実際に使うときは血肉をもって分かる。失われるのは、レイラ自身の未来の選択肢の一つだ。――しかし、今日、誰かが同意してくれるなら。

「当該の下級家臣、アンドレ本人の意思は?」クラウスが問うた。

小柄な男が立ち上がり、震える声で言った。「私の家は代々この繋がりで生きてきました。地主の召喚──それがどれほどの重圧か、私にも分かります。レイラ様、私は解釈を変えていただければ、土地を手放すつもりはありません。今のままでは家族が路頭に迷います」

ヴィタ夫人の唇が薄く笑った。彼女はこの争いを、ベルモント家を弱らせるための一手にしている。アンドレの主張など意に介さない顔だ。

「侯爵家は反対です」ヴィタが言った。「この文言は古くからの慣例に基づいている。貴族家の特権を揺るがすことはできない」

レイラは静かに首を振った。「あなたの反対権は尊重する」と言いながら、彼女は心の中で計算をする。合意を得るために彼女が出せるものは少ない。ベルモント家の影響力は減じている。だが彼女には交換材料があった――自分が公的に放棄してもよい小さな権利、将来のある特権の一部。だがそれは大きな代償ではない。少なくとも、今はそう思った。

アイリスが立って間に入った。彼女はレイラの幼なじみであり、学を誇る者だ。アイリスの瞳が真剣に光る。

「侯爵夫人、あなたは今日、アンドレの生命線となる小片の秩序を守ることを選ぶのですか。それとも、貴方の家が得る寛大と引き換えに、他者の無辜を潰すことを選ぶのですか」

ヴィタの眉が一瞬跳ねた。彼女の返答は毒を含んでいた。「説得力のある言葉だが、感情と法は別だ、アイリス嬢。それを混同してはならない」

議論は硬化した。評定官の何人かが書類をめくる音を立てる。合意の条件は、当事者全員の賛成だ。だが侯爵家の代表が頑なに反対している。ここで諦めれば、文書の矛盾は放置される。兄の件に繋がる溝は埋まらない。

レイラは、選んだ。短く、息を吐くように。

「合意が得られないなら、私は一方的な読み替えを試みます」

空気が凍った。クラウスの顔が硬直する。アイリスが驚愕の声を上げる前に、レイラは右手首の銀糸に触れた。冷たさは増し、糸が微かに震えた。彼女は羊皮紙に指を置き、古い文言の上に視線を滑らせる。眼前で文字の輪郭が揺れ、いくつかの語が別の意味を帯びる感覚が波のように広がった。

しかし、合意のない読み替えは力の背伸びだ。銀糸が鋭く光り、手首に刺すような疼きが走った。小さな鈍い音がして、糸の一節が切れた。軽く、だが確実な断絶。レイラは手を引き、掌に冷たさと小さな火傷のような痕が残るのを感じた。糸の先端がほつれ、肉眼で見えるほどの隙間ができた。

「っ……!」アイリスがすぐに駆け寄り、レイラの手首を覗き込む。銀糸の一節が欠けている。布越しでも分かる。

クラウスは深い息をつき、評定院の規定書に目を落とした。「それは許される行為ではない。無理な読み替えは、規則により――」

「代償は生じた」とレイラが言った。声は震えていたが確かな響きを持っていた。「私が一方的に決めた。だから、代償として私の選択肢の一つが消えた。今後一ヶ月、私はこの都の内で自分の居住地を選ぶ権利を失う。評定院の判断によって住居が指定される」

口々に驚きの声が上がる。アイリスの顔が青ざめた。ヴィタは薄く笑いを浮かべたが、その目には警戒が閃く。

「それでも、レイラ様、その代償を負ってまで行うべきだったのか」アンドレが震える声で言った。レイラは彼を見返した。彼の眼には絶望だけではなく、ほんの僅かな希望が宿っていた。

「私が誰かの運命を一方的に縛ったからといって、その場で私が兄の運命をも縛るわけではない。だが、ここで止めていては、兄は次の書面で永遠に締め上げられる」レイラは言葉を絞り出すように言った。「これで――」

彼女の読み替えは完全ではなかった。ヴィタの反対が強固だったため、評定院の記録には「条件付きの暫定措置」としてしか残らない。だが一つの判例が作られ、今後の解釈に使える可能性が生まれた。アンドレはその場で席を低くなって涙を流す。小さな勝利ではあるが、確かに事態は動いた。

窓の外、街路の雑踏が遠く響いた。レイラは手首を見つめ、小さく笑った。痛みもあったが、それは自分が払った代償だと理解していた。だが、心の片隅で別の何かが残っている――切れた糸の先端が、やがて何か大きなものを示すのではないかという予感。

評定院の議事が終わろうとしたとき、扉の影から一人の評定官が立ち上がった。老いてはいるが眼光鋭い男、ルフェール評定官だ。彼は普段は慎重で余り表に出ない人物だが、今日は違った。彼は鞄から小さな封書を取り出し、机の上に置いた。

「若きベルモント嬢、貴女の行為は間違いだとも評価される。しかし、その勇気は認めざるを得ぬ」ルフェールが低く言う。「これを見よ。封印された記録――古い断章が記されている。恐らくアレン・ベルモント殿の審理に関係している。だが、開示には評定院の特別投票が必要だ。――私は賛成する。だが一つ、条件がある」

レイラは息を吞む。封書の文字は、彼女の胸の鼓動を早める。

「貴女が兄の名誉を公に求めるならば、貴女は評定院の秘密会議に出