法廷の悪役令嬢は兄の冤罪を晴らす

法廷の悪役令嬢は兄の冤罪を晴らす 第25話「第23章」

法廷の空気は、冬の池のように静かだった。燭台の炎が、長い天井から落ちる影を揺らし、木製の椅子や巻かれた羊皮紙に黒い波を描く。寄せられた群衆の呼吸が、低いざわめきとなって大聖堂を満たしている。足元の床板は冷たく、レイラの手のひらに伝わる拍動が、まるでそれを暖めようとしているみたいに速くなる。

法廷の空気は、冬の池のように静かだった。燭台の炎が、長い天井から落ちる影を揺らし、木製の椅子や巻かれた羊皮紙に黒い波を描く。寄せられた群衆の呼吸が、低いざわめきとなって大聖堂を満たしている。足元の床板は冷たく、レイラの手のひらに伝わる拍動が、まるでそれを暖めようとしているみたいに速くなる。

「廷議の再開を宣する」

廷議長の声は、年経た金属の音だった。カーヴェル廷議長――人民の前で法を語り、法を操る者。その目が一瞬だけレイラに向けられた。彼の側に座る検事ライネは口角を引き上げ、証人席には何人もの顔が並んでいる。セドリックは被告席に坐り、手錠は外れているが、身体はまだ震えていた。彼の青い瞳は、今朝見たときよりもずっと疲れている。

「レイラ・ド・ヴァレンティア。あなたは、公的文書第十三条の『儀式的断罪』の解釈を改めるため、当事者全員の合意による『読み替え交渉』を要求した。異議は――」

「致しません」――イネスの声が先に割り込んだ。議場の隅で、薄緑の司書衣を纏っていた小柄な女性が立ち上がる。彼女はレイラの古い友人で、王城の公文書にアクセスできる数少ない人物だ。彼女の手には、今日持ち込まれた文書の写しが揺れている。

「私はこれが曖昧であると証明します。条文は儀式の形式を定めるが、その精神は『合意』に重きを置いている。合意の場で当事者全員が異なる解釈を許容すれば――」

「同意は多数ではなく全員でなければならない」カーヴェルが静かに言った。「君の要求は、それが満たされていることを示さねばならぬ。証拠と証人、そして最も重要な――合意する意志だ」

レイラは舌の先で唇を濡らした。冷たい羊皮紙の匂い、蝋の匂いが鼻孔に染みる。彼女は自分の能力を思い出す。古い制度文書の矛盾を、当事者全員の同意で読み替える交渉術。万能ではない。誰か一人を押し切って運命を決めれば、彼女は「自分の選択肢を一つ失う」。具体的に何を失うかはいつも曖昧で、代償はその時々で別の形を取る――だが、確かなのは代償が痛いということだけだった。

「全ての当事者に求めます」レイラは声を張った。「この廷にいる者、そして証言をする者。あなた方はセドリックの運命に重きを置いている。私の提案する読み替えは、形式的な断罪の効力を限定し、当事者の意思を優先するという解釈です。これに全員が同意するなら、断罪は効力を失う」

廊下で誰かが息を飲む音がした。議場の中で、ひとり、またひとりと手が上がる。ライネは眉を寄せ、口を尖らせた。彼の掌は何度も拳になりかけては開いた。被害者側の代表、証人たち、衛兵の長――だが、最後に手を上げない男がいた。黒い毛布を纏った、年配の証人。彼はその日、断罪の儀式を取り仕切った古参の執行官、マルティンである。

「私は同意はできぬ」マルティンの声は砂利の入った箱のようだった。「あの儀式は法の根幹だ。形を崩せば秩序は──」

「秩序という名の演劇で、多くを奪ってきた」イネスが彼を遮った。「マルティン、あなたは自らの手で多くの選択を奪ってきた。それを否定する時が来たのではないか」

マルティンの表情が硬化した。議場に不穏な静寂が戻る。カーヴェルがゆっくりとレイラを見る。彼の眼は氷のように冷たいが、その奥に何か悔恨が見えた。

「全員の合意が得られない場合、契約は成立しない。それが条文だ」カーヴェルは低く言った。「だが、それでも、読み替えを強行する手段はある。特権者が一方的に決定する代わりに、自らの選択肢を差し出すという『代償宣告』だ。レイラ・ド・ヴァレンティア。あなたはその代償を受け入れる覚悟があるか」

場内の空気がさらに厚くなる。代償宣告は、制度の穴を突く古い稀な手段だ――誰かが一方的に裁定を下すとき、制度はその暴挙を抑えるために代償を求める。代償は多くの場合、権利の剥奪や未来の約束の放棄だ。役所の文言の一行が、とてつもない人生の重さを決める。

レイラは指先で指輪の縁を撫でた。母から譲られた銀の指輪。家の紋章が刻まれているそれを、彼女は血のように大切にしてきた。選択肢を失うという感覚は、すでに彼女の心の中に影を落としている。彼女が選んだ道――兄の冤罪を晴らすという目的――のために、どれだけの何を払えるのか。払うべき代償は、たまたまそれに相応しいのか。

「私の選択だ」セドリックが突然立ち上がった。彼は震えた声で言った。「レイラ、君が代償を受ける必要はない。私が――私が証言を変える。あの夜のことは、私の側にも隠していることがある。もしそれで君の代わりに――」

「やめて、セドリック!」レイラは全身の力を振り絞った。だが、彼の顔を見ると、そこには以前には見えなかった強さがあった。拘束されていた魂が、ほんの少し自由になったように見える。それは彼自身の選択だった。彼は自分の運命を握り直そうとしていたのだ。

「私は、君に同じ代償を背負わせはしない」セドリックの声は揺れていたが、確かだった。「君はいつでも、自分の意思で選べる人でいてほしい。私は――私がその代わりになる。君を守るために、私が自らの道を狭める」

イネスがレイラの肩に手を置き、短くため息をついた。「それも一つの選択肢だ。その選択が純粋なら、制度にも影響を与えるかもしれない。だが、セドリック……あなたは本当にそれでいいの?」

「いい」セドリックはうなずいた。「選ばれることより、選ぶことを与えたい。私なら、受け取れる」

議場は微かな震動を経て、ざわめきがうねる。カーヴェルが顎に手を当て、考える。マルティンの顔に、何かが動く――かすかな軋轢、罪の認識かもしれない。ライネは酸っぱい顔をしたが、口を閉ざす。執行官たちの視線が交錯する。誰もが、当事者の自主的な選択を珍しく思っているのだ。

「代償を誰が負うか。それは当事者の自由な意思による」カーヴェルはゆっくりと言った。「セドリック・ド・ヴァレンティア。あなたは、自らの将来の選択肢のうち一つ――公的な参与権の一つを放棄することを宣言するか。宣言すれば、レイラの読み替えは成立する。宣言しないならば、合意は得られず、別の手が必要だ」

セドリックの頬に汗が光った。彼は眼を閉じ、まぶたの裏に浮かぶ光景を押し込んだ。子供のころ、父と庭を歩いた日々。母の笑い声。牢にいる今の自分。未来には、まだ見たことのない小さな店を持つ夢があると彼は思っていた。それを、彼は失うのか。

「私は――宣言します」セドリックが唇を噛みしめて言った。彼の声は震えたが、揺らがなかった。場内に、小さな歓声が混じる。レイラは胸が締めつけられるのを感じた。セドリックは自分の右手を差し出し、法の書記官に向かって言葉を続けた。「私、セドリック・ド・ヴァレンティアは、公的参与権の一つを放棄することをここに宣言する。私はこれにより、将来の一つの裁定に参加する権利を失うことを承諾する」

書記官が羽根ペンを持ち、ゆっくりとその宣言を写す。ペン先が紙を走る音が、異様に大きい。インクが乾くのを待つような時間が、全員の胸をつかむ。カーヴェルが書類に印を落とす。イネスの瞳が潤む。ライネの唇が震え、彼は何かを呑み込んだ。

「これにより、レイラ・ド・ヴァレンティアの申し立ては、当事者全員の