毒見の悪役令嬢は後宮の友情を守る

毒見の悪役令嬢は後宮の友情を守る 第4話「第3章」

蝋燭の炎が四つ、薄く揺れていた。長い楕円形の卓を囲む書庫の一室は、羊皮紙とインクの匂いと、人の息だけが満ちている。音はない。床の板が冷たく、夜の空気が窓の格子の外で静かに息をする音だけだった。

蝋燭の炎が四つ、薄く揺れていた。長い楕円形の卓を囲む書庫の一室は、羊皮紙とインクの匂いと、人の息だけが満ちている。音はない。床の板が冷たく、夜の空気が窓の格子の外で静かに息をする音だけだった。

「ここでなら、声は外に届かないはずです」
監査官エルドはそう言って、目の前に積まれた公文書の一冊を指した。表紙は乾いた羊皮に金の箔押しが施してあり、触ればカリカリとした感触が返る。彼の声は低く、しかしひどく確信に満ちていた。

アイラは掌に残る金属の味を思い出した。短い間、儀式の杯の縁に唇を寄せたとき、舌先に微かに残った鉄と苦味。それはいつもの仕事の痕跡――毒見をしてきた者だけが知る、安心と恐怖の混ざった匂いだ。だが今はその匂いを口に戻す必要はなかった。彼女の手は、きちんと折られた書類の端を握っていた。

「被問責者カミラ・フォン・テルシュの処遇について、異議を申し立てます」アイラが言うと、隣に座るカミラが小さく顔を上げた。頬に浮いた痣は薄く、目は赤らんでいる。彼女は震えながらも、アイラの手を掴んで離さなかった。周囲には後宮の仲間が三人、無言の承諾を示すように座っている。承諾、あるいは共犯のように見えないこともないが、顔にはそれぞれ複雑な影が落ちていた。

エルドはじっと二人を見た。短く息を吐いてから、彼は読み上げるように古文書をめくった。

「第七章 後宮に於いて謂わば『諸姫の行い』は、明確なる条文に依るべし。違背の際は、該当条項に定める処分を以て之を裁定す。『明確』たる文言は、統治の根にして揺るがすべからず、とある――」

「その『明確』がねじれているのです」アイラは口を噛まずに続けた。声に震えはない。手の中の紙は冷たく、縁の折れ目が指先に痛いほどだった。「第七章の『該当条項』の解釈が、同じ言葉で矛盾しています。『夜会に於いて皇族に侮辱を加えし者』とある一節と、『私的場に於ける言動は私事として処断せず』とある一節が。二つを同時に適用すれば、処罰の重さが一方向に固定される。そこにこそ恣意が入り込む余地がある」

エルドの眉が僅かに上がった。「それを、あなたは――読み替えると言うのか」

アイラはうなずいた。「はい。ただし、一方通行にはしません。ここにいる当事者全員に公に承認していただくつもりです。カミラ。あなたの意思は?」

カミラは長い瞬きの後、首を振った。「私が……私がその場で言ったことは、怒りによるものでした。けれど、もしその言葉を根拠に終身追放になるのなら、私はここで死んだも同然です。アイラ、あなたが――」

「私はあなたの運命を決めたいわけではない」アイラは手を振った。「だけど、この文言は私たち全員の暮らしを縛る。あなたが受けた処分は、例外的に重い。だから、こちらの読み替えで処罰を軽くする――ただし、当事者の承認が必要です」

仲間の一人、ローゼは静かに目を閉じて言った。「私たちは承認する。カミラを見捨てたりしない」声は小さいが確かな意思を含んでいた。他の二人も、うなずいた。彼らの掌が卓の下で小さくぶつかる音がした。合意の輪が、そこで一つに結ばれた。

だがエルドは冷淡に首を振る。「全ての当事者――というのは、関係する行政の代表、宮廷の代理、被害とされる皇族側の明確なる承認を含むはずだ。この場に不在の者の同意なしに文言を変更することは、法上――」

「だから――」アイラは言葉を切り、羊皮紙を卓に広げた。薄い文字が、蝋燭の光を跳ね返す。彼女は訓練された手つきで古い言葉をなぞり、声に出して読み始める。彼女が言うごとに、周りの空気が重くなった。文言を一つずつ「読み替える」――その行為は口先だけではない。古い言葉に新しい重みを与え、関係者の合意で条文の適用範囲を狭める。彼女の能力は交渉であり、言葉を共同で再構成することだった。

最初の一行を読み切った瞬間、卓の端に置かれた一つ目の蝋燭が、音もなく消えた。炎の先が揺れ、芯が消える。周囲は一瞬、冷えた闇に包まれた。

「──契約を結ぶには代償が伴う。あなたも知っているはずだ、アイラ・フォン・モーレン」エルドの声に、厳しさが混じる。「能力に対する古い戒律がここにも記録されている。片方的に誰かの運命を変えようとした者は、その代価として自らの選択の一つを失う。これは制度の自己防衛機構だ」

アイラは顔を上げた。蝋燭から立ち上る赤い光は少なく、顔に影を落とした。彼女の胸に、冷たい矢が刺さる。代価の種類は以前に聞いていた。夜会への参加、侍女の数、公式な称号の一つ――選ばれるのはいつも、個人的な自由の断片だった。

「私はそれでもいい」カミラが言った。「私の命を繋いでください。それで、夜会に行けなくなるのなら、構いません」

ローゼが怒鳴った。「そんなこと、勝手に決めさせないで!」だがその声もすぐに沈んだ。皆、分かっていた。選択はある。だが一方が選ばれれば、他方が代価を払う。アイラの能力は人々の合意を結びつけるが、完全な免罪符ではなかった。

アイラは短く息を吐いた。手が、小さく震える。彼女は自分の中にある計算を消すように、ゆっくりと静かに言葉を続けた。次の一行、次の一文を読み替えるたびに、残りの蝋燭が一つずつ消えていく。四つ、三つ、二つ――炎が床に落とす影が長くなり、空間の温度が下がるのがわかった。蝋燭の火は、彼女が奪う選択肢の数を示しているようだった。

「ここで宣言する。第七章の適用範囲を、被害の外形ではなく、加害の意図の有無を基準とするものとして解釈する。私的場での発言は、証拠と当事者の明確な承諾がない限り、処罰の対象外とする」アイラは最後の行を置いた。残る最後の蝋燭が、ゆらりと揺れてから、穏やかに消えた。室内は薄暗く、羊皮紙の白が浮かび上がるだけだった。

「これで、カミラの処罰は重罰から、監督下の隔離へと変更される。彼女は後宮に留まる資格を保つ」アイラは告げた。周囲の者たちの小さな歓声が素早く湮(かき消)されたのは、代償が既に払われたことを知っていたからかもしれない。

エルドは静かに立ち上がり、その場にある小さな箱を取り出した。箱の蓋を開けると、中には古い羊皮の帯と、鉛の小さな封印が入っていた。彼は封印を取り出し、アイラの手の甲に触れた。冷たく硬い印が、掌の皮膚を押す。

「あなたの選択の一つは、これにより失われる。夜会への参加資格――『宮廷の私的儀礼への同席権』は、今後一年、有効ではなくなる」エルドの声は、哀れみを含んでいた。「制度は、明確さを以て権力を安定させる。あなたのような介入者が自由に規範を読み替えられれば、それは混乱へと通じる。故に、代償は必然だ」

アイラの指先に、鉛の冷たさが残る。重みはない。だが彼女は確かに何かを失った感覚があった。夜会の灯や香り、いつも交わしていた笑い声や侍女たちの着飾る音――それらが一つ、音を立てて消えたように思えた。

「これで終わりだ」カミラが小さく言った。「アイラ、ありがとう。私は後で、あなたの分まで夜会の話をするよ」

仲間たちが笑っている。その笑いはぎこちなかったが、本物だった。彼らの選択は、自分たちの意思として成り立っていた。アイラはその輪の中にいることを、どこかで嬉しくも思った。

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