水族館で結婚式を嫌うプランナーは故郷に帰る理由を探す

水族館で結婚式を嫌うプランナーは故郷に帰る理由を探す 第2話「第1章」

式場の照明が落とされ、最後の歓声が消えたあとも、会場の片隅で点数は生き残っていた。長机の上に置かれたタブレット画面に、淡い赤のバーグラフが波打つ。評価委員の指先が点数を滑らせ、クライアントのスマイルがその数字に翻弄される。誰かが「ここ、もう少し盛ったほうが伸びますね」と囁き、スタッフはため息を数秒だけこらしてから、すぐに動き出した。

式場の照明が落とされ、最後の歓声が消えたあとも、会場の片隅で点数は生き残っていた。長机の上に置かれたタブレット画面に、淡い赤のバーグラフが波打つ。評価委員の指先が点数を滑らせ、クライアントのスマイルがその数字に翻弄される。誰かが「ここ、もう少し盛ったほうが伸びますね」と囁き、スタッフはため息を数秒だけこらしてから、すぐに動き出した。

私は椅子にもたれて、まだ乾き切らない花弁とウェディングケーキの糖衣の匂いの混ざった空気を吸った。胸がざらつく。式を「点」で測ることをやめられない仕組みが、私の仕事をどれほど薄くしたかを思い出すだけで吐き気がした。見せる瞬間の演出を点数に最適化し、写真の切り取り方から新郎新婦の視線までテンプレ化してしまう。愛っていう言葉さえ、やすやすとランキングに落とされる。

「凪、いる?」

声の主は灯(あかり)。昔から花屋をしている旧友で、私が唯一、つい本音を出せる相手だ。灯は白いエプロンに土の黒い筋をつけて立っていた。手には、小さな布の束。布は薄く緑がかった藻のようで、光を受けると透き通る繊維が海中を思わせる。風に揺れると水草のように波打った。

「お疲れさま。もう片付けは済んでる?」

「済ませられるところはね。で、次の話なんだけど」灯はタブレットを差し出した。そこには、"小規模アクアリウムウェディング案" と書かれた画面。会場名の下に、『青藻(あおも)水族館』と小さな地図があった。

水族館の名前を見た瞬間、胸の奥で何かが音を立てた。青藻——潮の匂い、薄暗い展示室、幼い私が夏休みに駆け回ったあの塗装の匂い。帰る理由を探している私にとって、水族館は単なるロケーション以上のものを意味した。だが私は、今、ここで仕事をする理由を探しているのではない。故郷に帰る理由を見つけたいのだ。灯はそれを知っている。

「小さくて、予算も抑えめ。だけど展示の一角を借りて、触れ合いもできるようにしたいって。クライアントは二人だけの式を望んでるらしい。評価とかそういうのは極力入れないつもりみたいだよ」

灯の声は励ますようで、同時にどこか読み取れない緊張を含んでいた。私は布の端を指先でなぞった。薄布は冷たく、水滴が指先に伝わる。光が指に反射して、ほんの小さな水玉のように輝いた。

「海藻みたいでいいね。演出に使えそうだ」

「でしょ?凪とやりたいんだ。あんたが飾れば、ここじゃあり得ないくらい暖かくなる。……それに、ここ、潮見の水族館なんだ。凪の出身地だよね?」

灯の言葉は、最後の一枚を突き付けるようだった。潮見。私の町。母の声がこだまする小さなアナウンス、夜間の掃除をする飼育員たちの靴音、閉館後に漂う塩の残り香。思い出はあたたかく、同時に痛い。

「行かないつもり」

本音が口を突いて出る。私の声は低かった。灯は布を両手で広げ、海草のような流れを作った。布と布が擦れる音は、波音に似ていた。

「なんで?」灯は真っ直ぐに私を見た。花屋の顔ではなく、旧友の顔だ。灰色の瞳に、期待と不安が混ざっている。

私は肩をすくめた。言葉はたくさんあるが、どれも陳腐に感じられた。『点数を稼ぐための式ばかり』『顧客の本心より見栄』。灯はそれを知っているから、言わずに済ませたいのかもしれない。

「別に、ただ……水族館って、いろいろ持ち込めないんだろ。ライブ花火も無理だし。狭い。狭いってことは、『見せ方』で点数を取る連中の餌食になりやすい」

灯は笑ったように吹き出した。「相変わらず深読みだな。クライアント自身が、評価を入れないって言ってるのよ。それに今回は小規模。ふたりだけの式。もっと純粋に作れるはずだって私は思うんだけど」

「『思う』で式は守れないって知ってるでしょ」私は布をつまんで引き寄せ、二人分の装飾を半ば無造作に作り始めた。結び目を作り、針で小さな刺しゅうを入れて、二色の糸が絡む。作業は慣れている。だが針先が灯の指と触れ合う瞬間、いつもと違う感触が走った。

私の能力は、二人が共同で作ったものにだけ、痕跡を残す。その痕跡は言葉ではなく、温度やひだの入り方、糸の引かれ方として現れる。触れ合った瞬間、布の表面に小さな波紋のようなイメージが浮かんだ。灯の呼吸のリズム、私の心臓の鳴り方、短くて確かな決意。二人の間にあったものが、布に滲み出している。

「——見える?」

灯は私の目を覗き込む。私の手元に残る波紋は、淡い珊瑚礁のようで、決して言葉にならない温度を伴っていた。私はいつもはっきりとそれを描写するのを避ける。人の気持ちを察することと、それを決めつけることは別物だと自分に言い聞かせてきたからだ。

だが、灯の顔が近い。布の端を掴む彼女の指先に、私の意識が触れる。好奇心が、無邪気に蜜を舐める虫のように喉を滑った。

「灯は、故郷に戻りたい?」

問いは、最後まで行くべきではなかった。言葉が出た瞬間、布に浮かんでいた波紋が揺らぎ、かすれていく。私の中に広がった像が、不安定に崩れ落ちた。痕跡は見つめられることを嫌う。決めつけるような言葉を与えると、それを形にしようとした瞬間に、痕跡は曖昧になる。私はそれを知っている。

灯は眉をひそめた。「それ、あんまりよくない癖だよ。気持ちを摘み取るみたいで」

「ごめん」私の声には、悔いが混じる。灯は小さく笑って、作業を続ける素振りを見せたが、指先に微かな力が戻る。

それでも時間は容赦しない。納期が迫っていると、廊下から怒鳴り声が聞こえた。別の式場のスタッフが、今日の出来を気にしてクレームを入れている。私たちは急がなければならなかった。急ぐと、共同制作は壊れやすい。私の能力は、焦りの熱を嫌う。共同の呼吸が同期しなくなる瞬間、痕跡は途切れる。だが仕事は仕事だ。

「手早くやろう」灯が言った。言葉に焦りが滲む。私は深呼吸をして、作業スピードを上げた。針を進め、糸を引く。心の中で共同のリズムを作ろうとしたが、灯の手が一瞬滑った。布が引っかかり、糸が引きちぎれた。

「ちっ!」

布の端から小さな裂け目が生まれた。裂け目はみるみる大きくなり、結び目の一つがほどける。海藻のように見えていた布は、その端でささくれ立ち、かつてあったやわらかさを失った。手を止めた瞬間、私の視界にあった波紋は完全に消えた。何も残らない。

「急ぎすぎたか……」灯が肩を落とす。私の胸の中に、焦燥が広がる。ただの布が裂けただけだ。けれどこれは能力にとっても、仕事にとっても、象徴的な損失だった。共同で作ることの一番大事な部分を、私たちは甘く見たのだ。

「やり直す。今度は時間とって、ちゃんと合わせよう。お客さんは評価を入れないって言ってるんだから、その通りにやろう」灯は再び笑顔を作ったが、その目にはいつもの軽やかさが少し欠けていた。

「……潮見での式、私が行くかどうか、決めないとね」灯の声は低音で、しかし確かな決意が含まれていた。

私は裂けた布を握り、指先についた水滴を舐める。塩味がして、幼い日の夏を思い出す。帰る理由。故郷は呼んでいるのか、それともただ過去を縛る鎖なのか。答えはまだ見えない。だが確かなことが一つある。ここで逃げ出すための理由探しではなく、戻る理由を見つけるためには、ちゃんと共同で作