夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える

夏祭り実行委員会で片想いを代行する同僚は大人になりきれない夜を越える 第15話「第13章」

体育館の天井から吊るされた長い蛍光灯が、汗とほのかな油の匂いを混ぜて夜を切り刻んでいた。座席は折りたたまれたままで、柵に並べられたパイプ椅子だけが座面を広げている。ステージの上に置かれた受付机の前に、夏祭りのロゴを刷った布が乱雑に折り重なっていた。眼前にあるのは、いつも通りの「準備中」の光景だが、今夜は違う。客席の端から端まで、人々の視線が一点に集まっている。

体育館の天井から吊るされた長い蛍光灯が、汗とほのかな油の匂いを混ぜて夜を切り刻んでいた。座席は折りたたまれたままで、柵に並べられたパイプ椅子だけが座面を広げている。ステージの上に置かれた受付机の前に、夏祭りのロゴを刷った布が乱雑に折り重なっていた。眼前にあるのは、いつも通りの「準備中」の光景だが、今夜は違う。客席の端から端まで、人々の視線が一点に集まっている。

「来るんだね、本当に」と、尾崎葵が低くつぶやいた。彼女の手は紙コップをぎゅっと握っていて、指先の白さだけが照明に浮かんでいた。葵は実行委員の中心的存在で、口数は少ないが行動は確実だ。彼女の視線はステージ横の入り口に向けられている。そこに、つかの間の緊張が走った。玄関のガラスドアが軋む音を立て、遅れて入ってきた人影が一つ、二つと影絵のように入ってくる。

悠斗(ゆうと)はステージ脇の台に肘をつき、手の中で破れかけの和紙の提灯を回していた。自分と誰かが一緒に作った提灯だ。その紙を触ると、いつもなら薄い指の跡や温度の違いが波紋のように広がってくる。それが彼の「読み」の始まりだった――ただし、彼の指先が経由するのは「物」に残った痕跡だけ。そこに刻まれたのは、告白や後悔、ささやかな期待。それらは万能の鍵ではない。決めつければ決めつけるほど、輪郭はかすみ、早く仕上げようとすれば接ぎ目が裂ける。悠斗はそれを知っていたから、今夜は迷っていた。

「悠斗、出るの?」葵が問いかける。彼女の声は体育館の残響に吸い込まれ、低く丸く戻ってきた。「ここで言いたいこと、あるでしょ」

言いたいことはある。だが言葉にすることで、痕跡の輪郭を自分の都合で塗りつぶしてしまう怖さがあった。誰かの気持ちを『こうだった』と固定してしまうことは、かつて自分がすべきだった大人のふるまいと似ている。相手を守ると称して、相手の選択を奪うこと。悠斗はまだ「大人になりきれない夜」を越えられずにいた。

その瞬間、坂口彩が立ち上がった。彼女は他の誰より先に壇上へ歩み出る。襟元に汗が光り、手に持ったファイルの角が少し折れている。彩は悠斗に目配せをした。「悠斗、いいよ。あなたが言葉にしないなら、私たちが言う」

彼女がマイクを持つと、体育館は一瞬の静寂に包まれた。蛍光灯のハム音だけが空気を引っ張る。観客席の顔が一つずつ映るように、悠斗の視界を横切った。屋台の親父の深く刻まれた皺、二人で並んだ高校生の興奮した笑顔、老夫婦の重ねた手、そして、かすれたカメラを持つ若い女の子。全員が、今夜の会の意味を量りかねたように、静かに息をしている。

「私は、『評点制度』のせいで、友達が自分の想いを引っ込めるところを見てきた」と彩が言った。声は震えていたが、言葉は皿の上に置かれた豆のように揃っていた。「彼女は点数が下がるって怖がったの。評価が下がると、出店も減る。バイトのシフトも——。誰も『好き』って言える余裕がないの」

観客の一人が、紙の袋をカサカサと落としてしまった。音が大きく響く。悠斗はその反応を肌で感じた。言葉は火種のように広がり、周囲の空気の温度を上げる。彼はポケットに手を突っ込んだまま、提灯を胸に抱え直す。彩の言葉に、彼の背中の筋肉が引き締まった。

話は、一人、また一人と続いた。屋台の若い女主人は、祭りの公式サイトに載った批評がどれほど商売に影響したかを話した。中学生の保護者は、匿名の掲示板での噂話が我が子の人間関係を壊したことを告白した。いつの間にか発言者は委員会だけでなく、聴衆の中へ深く食い込んでいた。体育館に差す冷気が少し和らぎ、声が反射して人々の胸の中に落ちていく。

悠斗は提灯の和紙にそっと触れた。そこには、彩と自分で一週間かけて貼り重ねた色紙の跡が残っている。最初は冗談交じりに作ったものだった。だが共同作業の時間が長くなるにつれ、彼女の指先の震えや、手を止めた瞬間の息遣い、ためらいが紙に残った。悠斗はそれを読む――はずだった。

だが、固まった。手のひらに伝わる温度が、以前より鈍くなっていた。彼は心の中で「あれはこうだ」と結論を出し、提灯を一通りのストーリーに合わせて読み替えようとした。すると、痕跡が白く霞んでいく。色のコントラストが消え、文字の端が溶けていくように感覚が薄まった。決めつけが彼の触覚を奪ったのだ。体の奥に鋭い疲労が走り、額に冷たい汗が滲んだ。

「悠斗、大丈夫?」葵が近づいてくる。彼女の瞳は心配そうで、だが問いはしない。悠斗は首を振る仕草だけで、読みの失敗を隠した。能力は万能ではない。自分が『大人の結論』で締め付ければ、もともとの痕跡は逃げる。彼はそれを忘れていた。

その瞬間、体育館の後方で急な声が上がった。和紙の剥がれた提灯が、誰かの手に渡ったのだ。手渡したのは出店責任者の中島で、受け取ったのは若い男、三宅だった。三宅は大学を中退して屋台を手伝っている。彼と中島は、この祭りで何度も一緒に夜を越してきた。三宅は提灯を抱え、ゆっくりと壇上へ上がった。彼の声は最初は小さかったが、次第に力を得ていく。

「俺は、評価で言えなかったことがある」と三宅が言った。「友達に告白して、断られた。そしたら、掲示板にそれが載って、噂になって。バイト先の店長にまで噂が届いたんだ。あの時、俺は『評価』を恐れて、彼女に向き合えなかった。俺は、自分で選べなかった」

提灯の和紙に手を当てた三宅の指先が震える。悠斗にはそれが届いた。だが今度は違った。三宅が提灯を持っている時間が長かった。彼は提灯を丁寧に擦り合わせ、彩の作った色紙の端を指でなぞった。共同で作る時間が、痕跡を呼び覚ます。悠斗はその感覚を奪われないために、ただ待った。決めつけず、急がず、相手自身が世界を編むのを見守った。

その瞬間、身体の奥に刺すような痛みが走った。代償だ。悠斗は胸の奥が冷たくなるのを感じ、息を吸うたびに目の前が少し歪んだ。長く誰かの痕跡を読むたびに、彼は自分の時間と感覚を削り取られる。代わりに相手は少しだけ自由になる。これが彼の引き替えだった。三宅の手から、提灯は淡い光を放つように見えた。そこに映るのは、単純な「好き」だけでなく、怯え、羞恥、そして小さな決意の粒だった。

話が少しずつ輪になって広がると、体育館の空気は再び変わった。顔が一つずつ映るカットのように、スローモーションで誰かが立ち上がり、誰かが俯く。そして、後ろの出口からスーツ姿の男が現れた。黒川と名乗る男は、市の観光推進課の代表だという。腕には名札をつけ、肩には古い皺の入ったネクタイ。彼の登場で、一気に現実の重みが増した。

「申し訳ないが、この会は公式の整理をされていない非公開の集まりと認識している」と黒川は言った。声は低く、規則書を読み上げるようで、体育館の静けさに冷たい線を引いた。「市としては、手続きなしにこの場で公的な告発を取り扱うことはできない。場合によっては、祭そのものの開催に影響が出る可能性がある」

暗い唇が震える。その言葉は、屋台を営む者たちの生活の綱を掴むように効いた。ざわめきが広がる。誰かが「それは脅しだ」と小さく言った。悠斗は黒川の名札を見た。そこには課のロゴと、「観光推進課」とだけ書かれている。彼の指先は再び提灯に触れた