放課後の工房で通知を切ったふたりは雨の終わりを待つ

放課後の工房で通知を切ったふたりは雨の終わりを待つ 第5話「第4章」

雨粒が窓ガラスを伝ってゆっくり縦線を描く。放課後の工房は、外の湿気を含んだ空気と、乾いた土の匂いが入り混じっていた。蛍光灯のスイッチを押すと一瞬だけ明かりが揺れて、古い電球が小さなため息を吐くように点いた。湯気でもない、小さな白い湯が器の口縁に張り付いている気配がして、そこにいる三人の呼吸が一つに重なる。

雨粒が窓ガラスを伝ってゆっくり縦線を描く。放課後の工房は、外の湿気を含んだ空気と、乾いた土の匂いが入り混じっていた。蛍光灯のスイッチを押すと一瞬だけ明かりが揺れて、古い電球が小さなため息を吐くように点いた。湯気でもない、小さな白い湯が器の口縁に張り付いている気配がして、そこにいる三人の呼吸が一つに重なる。

川端颯は、濡れた紙を膝に乗せたまま、机の端に肘をついていた。紙の上では、インクが雨に洗われたように文字を溶かしている。数字と項目名がぼやけて、でも見れば意味は分かる――共創成績、提案数、推薦枠の配分、過去三年の推移。颯は一度息を吐いて、紙をそっと歩の方へ差し出した。

「見てくれ。ほら、ここ。陶芸部の『共創』ポイント、右肩下がりだ。過去二年で四割減ってる。で、学校側はその数値を根拠に予算と指導枠を割り振ってる。外部推薦の優先順位にもなってるんだ」

歩は紙を受け取ると、紙の端にできたにじみの縁を指先でなぞった。にじみの中に、字が滲んで細くなった部分があった。見えないものに触れるみたいな手つきだ。風鈴のように、机の上に並んだ小さな釉薬の瓶がかすかに鳴った。

湊は、腕を抱えたまま少し後ろに下がって座り直す。肩の節が硬い。彼の声は低く、輪郭があった。

「だからって……僕たちを点数稼ぎに使わせるのは嫌だ。共同制作の痕跡を見せるって言われたら、いつの間にか僕らの時間が『評価されるための作業』に変わってしまう。利用されるのが怖い」

颯は机を軽く叩いた。指先に薄い土の粉がついて、白い線が残る。

「それでも、放っておいたら工房は本当に縮小される。設備の更新も、講師の確保も、全て点数に基づいて判断される。共創成績が低いと『競争力がない』って名目で縮められる。個人の進路も、そのデータで『適正』を判断されちゃうんだ。たとえば、陶芸に進みたいって言っても、点数が低いと推薦が来ない。選べる幅が狭まる」

湊は紙を見なかった。窓の外、雨に叩かれたアスファルトの光がぼうっと滲んでいた。彼の手は、机の上にある小さな素焼きの杯に触れていた。その杯は、先週ふたりで並んで作ったものだ。湊の指先が触れると、土の表面がまだ少し冷たい。歩がその杯をもう一度手に取ると、二人の指がわずかにぶつかる。

「颯の言うことはわかる。だけど、僕は……自分が見せ物になるのは嫌だ。僕の気持ちだって、勝手に点数にされるのは耐えられない。共同で作ったものに残る『痕跡』だって、評価の道具にされるなら意味が無い」

歩がその杯を覗き込む。釉薬の焼きしめた跡が、指の形のように淡く残っている。共同で作ったときの〈痕跡〉は、言葉にはならない。色の寄り、釉の染み、微かな温度差、持ったときに耳朶に触れるささやきのような――そんなものだった。だがそれらは、不完全で、解釈を押し付けられるとその輪郭を失う。

歩はゆっくりと椅子から立ち上がり、二つ並べた轆轤の間へ歩を進めた。彼の手の中で、もう一つの新しい塊が丸く膨らんでいる。歩は提案するように言った。

「一度、試してみよう。ここにいる三人で、小さなやつを一つだけ、ゆっくり作ってみる。湊、君も触って。だけど、注意してほしい。『これがこういう意味だ』って決めつけないこと。僕らが決めるんじゃなくて、物が残すものを見守るんだ」

湊は眉をひそめた。頬の熱が引けないのが見て取れる。でも彼はゆっくりと立ち上がり、轆轤に腰かけた。颯も無言で隣に座る。雨音が強くなった。三人の手が同じ塊に触れる。土の感触が掌に吸い付く。冷たさと湿り気、緊張。歩が轆轤をゆっくり回すと、手のひらが土を撫で、泥が指の間を逃げるように滑る。共同で作るときのリズムが、自然と育ち始めた。

三人の気配が重なった瞬間、塊の表面に微かな変化が生まれた。釉薬ではない、光でもない。まるで土の中から、誰かが息を吐いたような輪郭だ。湊の心臓が少し速くなるのが分かる。颯は驚いたように息を吸った。

「見える?」歩が囁く。三人の間にそれを確認する声もなく、ただ手だけを動かす。出来上がったのは小さな皿だった。皿の中心に淡い模様が滲んでいる。波紋のような放射線。触ると、そこだけ少し温かい。

湊が指先でその温かさに触れると、小さな声が耳元を掠めた。確かな言葉ではない。子音と母音が溶けたような、昔聴いた歌の一節。それは彼の胸のあたりに小さな痛みを残したが、まさしく彼らが一緒に作ったものの痕跡だった。

だが、湊の顔には恐怖が走った。彼は立ち上がり、皿を自分の膝に抱え込み、言葉を探す。

「……これが、何を意味するかを……教えてくれ」

その瞬間、皿の表面がひゅっと冷たくなった。温かさが引いて、淡い模様の輪郭が薄れていく。湊の問いが鋭すぎたのだ。決めつけの力を向けたとたん、痕跡は押し潰されたように消えた。三人はその変化を同時に感じ、誰もが息を詰めた。

「やっぱり……」颯が小さく呟いた。「聞いてた通りだ。言葉にしてしまうと消える」

湊は膝に抱えた皿をそっと戻した。肩が震えている。

「ごめん……僕、どうしても分かりたくて。これが本当なら、誰かに説明してほしかったんだ」

歩は静かに目を閉じ、土の匂いを深く吸った。彼は両手を広げて空気を掴むようにしてから、ゆっくりと言った。

「気持ちの痕跡って、本当に僕たちの間でしか有効じゃない。外に持ち出して、第三者に『これはこうだ』って言わせたら、痕は潰れる。だから、利用しようとする者には都合が悪い。でも……だからって、何もしないで縮むのを待つわけにもいかない」

雨音が増す。工房の隅で、乾かしかけの素焼きの山が静かに立っている。颯は紙をもう一度取り出し、にじんだ数字を指差した。

「報告の締め切りが今週金曜だ。展示会のデータがそのまま共創ポイントに登録される。つまり、金曜の展示が勝負になる。学校は展示を正式評価として扱うから、そこで計数化される。しかも評価基準の具体的内容は校内委員会の判断で調整され、外に公開されない。つまりやり方次第でどうにでも見せ方を変えられる」

湊は黙ってそこを聞いていた。彼の瞳が少しずつ定まってくる。恐れだけだった瞳に、怒りが混じる。

「じゃあ……」湊はゆっくりと言葉を紡いだ。「展示を潰すんじゃなくて、俺たちが展示のやり方を変える方がいいんじゃないか。だけど、普通に作って、説明しろってやり方にはしたくない。『こうです』って押し付けられない形で、見せる方法を考えたい」

歩は目を開けて、颯を見る。颯の眉が固まり、紙を握りしめる。

「具体的には?」颯が訊く。

歩は机に置いてあった、さっき作った消えてしまった皿を指さした。表面はどこか平らで、温かさも消え、何も映っていない。だが歩は、その白い表面に未来の輪郭を描くように言う。

「まずは、共同制作のプロセスを公開する。時間をかけて、来場者が参加できるようにする。痕跡を一方向に解釈させるんじゃなくて、複数の手の重なりを見てもらう。評価をする側も、点数を付けるのではなく選択肢を提示する形式に変えさせる。……簡単じゃないけど、やり方を示せば、学校側も全面的に無視はできないはずだ」

颯が唇を噛む。紙のにじみが小さく震えているように見えた。

「つまり、点数化の根幹