神社の社務所で帰省しない社会人は別々の未来を応援する

神社の社務所で帰省しない社会人は別々の未来を応援する 第20話「第18章」

夕暮れが社務所の窓ガラスを銅色に染め、紙垂の影が畳に揺れる。航はノートパソコンの音量を最小にして切り、机の上に積んだ厚紙と絵の具、刷毛を片手で押さえた。紙の匂いと膠(にかわ)の甘い匂いが混ざって、社務所というより工作室のようだった。外では蓮が脚立を抱えて軽やかな足音を立て、結衣がポスターを持って階段を下りていくのが見えた。

夕暮れが社務所の窓ガラスを銅色に染め、紙垂の影が畳に揺れる。航はノートパソコンの音量を最小にして切り、机の上に積んだ厚紙と絵の具、刷毛を片手で押さえた。紙の匂いと膠(にかわ)の甘い匂いが混ざって、社務所というより工作室のようだった。外では蓮が脚立を抱えて軽やかな足音を立て、結衣がポスターを持って階段を下りていくのが見えた。

「じゃあ、手分けしよう。駅前と商店街は蓮、住宅街の掲示板は結衣、社務所の前に一枚置いておいてくれ」と航は言った。声は低く滑らかだが、手が少し震えているのを自分で感じた。震えは興奮ではなく、抑制のものだ。今日は大勢を募る最初の日、彼が見せ物になる誘惑がいつもより強くなることを航は知っている。

蓮が振り返ってにやりと笑う。「航、お前、見せたくないのか? デモンストレーションすれば絶対人来るぞ。社務所の“これが君たちの気持ちです”ってやつ、うちのポスターに出せば話題になるって」

結衣が眉を寄せる。「でもそれって…操作にならない? 航くんがやるなら、みんなで作ったって言えない気がする」

航は刷毛を指先で転がした。刷毛の木柄は握ると冷たい。自分の能力はいつもこの冷たさと一緒に思い出される。共同で作られたものにだけ、誰かの気持ちの痕跡が残る。だがもし彼が「これが正しい」と押し付けるように決めつけたり、結果を急がせれば、その痕跡は見えなくなり、共同制作そのものが壊れる。簡単なルールだが、言葉よりもずっと厳しかった。

「デモか」と航は短く笑った。「見せるのは簡単だ。だがあれは裏口の魔法だ。気持ちの"痕"を見せれば人は安心して来るかもしれない。でも同時にその人たちの選択を奪う。俺が勝手に答えを出してしまうんだ」

結衣は黙ったまま、ポスターの端をつまんで遠目に見つめる。蓮は舌打ちをして「格好いいこと言うなよ」とからかったが、目の奥は揺れていた。航はそこを狙われるのを何度も経験している。好奇心は善意の形を取り、いつの間にか彼が関係の輪を閉じてしまう。

「じゃあ、見せない代わりに何をするんだ?」と蓮が問う。

航は机の上に置いた一枚のポスターを拾い上げ、指で角を撫でた。紙の繊維がざらつく。彼は言葉を選ぶ。「場を整える。材料、場所、時間を用意する。共同制作の条件を揃えるのが俺の仕事だ。誰かの感情を誇示して参加者を誘うんじゃなくて、参加者自身がそこに触れて、一緒に作らなきゃ意味がない」

それを聞いて結衣の肩が少し軽くなったように見えた。蓮はまだ不満そうだったが、頷いて手伝いを再開した。外の通りに風が吹き、夕刊配達のバイクが通るたびに社務所の襖がかすかに鳴った。

彼らは街に貼るポスターを二百枚近く手作業で作っていた。文字は手書きで、隅には小さな切り抜きや布片、参加者が当日持ち寄るであろう小物の絵を貼った。航は自分の手で何かを描き込むことを避け、台紙の補強や糊の濃度、耐久性のチェックだけを担当した。共同性を守るための入力装置のように、彼は道具と時間を管理した。

夜の商店街へ出たとき、ポスターを貼る壁は冷たく、指先に湿りが伝わる。航が脚立の下に手を置くと、木材の節が痛かった。蓮がポスターを押さえ、結衣がガムテープをゆっくり貼っていく。三人で息を合わせると、何でもない掲示が共同物に変わる。紙が壁に接する瞬間、航にはいつもと違う微かな感触が通る。誰かの手のぬくもりが、紙の繊維に混ざり込むような――それは能力の小さな確認だ。痕跡はまだ薄い。だが確かにそこには、複数の意志が折り重なっている。

「来るかな、外からの参加者」と結衣が吐息交じりに呟く。

「来るさ」と蓮が返す。「俺たちのやり方なら、来るだろう。話題にはならないかもしれないけど、本気の人が来る」

その言葉に航は救われた。見世物で人を呼ぶのは簡単だが、そうして集まった人々は選択肢を与えられない。彼らが望むのは、多分、選べる余地なのだ。

だが、社務所に戻るとすぐに空気が変わった。畳の上に置かれた公文書の封筒が一通、無造作に置かれていて、封が切られていた。宛名は「若宮神社 社務所 内 航 蓮 結衣」となっている。封を開けると、中からは町役場の通知と、木でできたような小さな印章が入っていた。印章の裏には「景観保全課」と刻まれていた。

「何だこれは」と結衣がざっと読み上げる。「掲示物の事前届出がない場合は撤去対象。外部募集は景観と公序良俗に反すると判断されると広告料の請求あり。次回の市民会議で取り上げる予定——」

蓮が笑いを引きつらせて言う。「最初から役場に喧嘩売ったら駄目だって言っただろ。自治会長も顔をしかめてたし」

航は封筒の隅に入っていた細い紙片を拾い上げた。そこには小さな字で「協力金の提供を検討しますが、条件あり」と記されている。署名は「町おこし連合 池田」。池田は地元でイベントに名を連ねることが多い、資金を持つ人物だ。条件と書かれているのは気にかかった。

「協力金を出すってことか」と航が言うと、蓮が鼻で笑った。「金を出す代わりに“評価の可視化”を要求されるに決まってる。ランキング、プロフィールカード、SNS連携…全部、奴らのやり方だ」

結衣が俯いて指先で袂を擦った。「それじゃ私たちがやろうとしてることと反対に…」

航の胃がひりひりと痛んだ。金は必要だ。広報費も、場所の装飾も、人手も。だが条件が「評価」に直結するならば、それは彼らが拒みたい敵そのものだった。人の心を噂や評価で消費する力。制度として正当化され、参加者の選択の余地を奪うもの。

「頼む」と蓮が急に真剣な表情をした。「金があれば、人をたくさん呼べる。外部からも来るし、成功すれば町の反対も柔らかくなる。条件は俺たちでコントロールできる…かもしれない」

「"かもしれない"で人の未来を縮めるわけにはいかない」と航は静かに言った。机の上の印章を指で転がすと、光が皮膚に冷たく跳ね返る。ここで彼が能力を"見せ物"にしてしまえば、池田の条件は無用に見えるだろう。だが同時に、金の誘惑が仲間の現実的な選択を変えかねない。自分が守らなければならないのは、ただの企画ではなく、そこに来る人たちの「選べる余地」そのものだ。

外から静かな足音が入ってくる。若宮さん――若い宮司の兄、耕太が、肩から作業袋を下げて入ってきた。彼は役場とのやり取りのことを知っていた。

「池田さんか。向こうも利害があるのは分かる」と耕太は言った。「だが神社の掲示板は共同の場だ。街が変わるのを怖がるのも分かる。……航、見せ物にする気はないんだろ?」

航は息を吐いた。「無理だ。参加した人の意思を奪ってまで成功はしたくない。だが金がないと始められないのも事実だ」

耕太は黙って頷き、引き出しから小さな封筒を取り出した。縁の糸が少し擦り切れている。封筒の中には手書きの一枚の小紙――町外にいる友人たちへの招待状テンプレートが入っていた。耕太は説明するとき、言葉を選んだ。

「個人レベルで誘うのはどうだ? 金はないけど、町の外に出て行く人たちの繋がりを使う。真剣に来たい人だけが来る方法だ。宣伝範囲は狭くても、集まるのは本気の人たちだろう」

蓮が鼻を鳴らした。「それだと数は望めないぞ」

結衣が微笑んだ。「数が