市民プールで完璧主義の生徒会長は本音を言う練習をする

市民プールで完璧主義の生徒会長は本音を言う練習をする 第16話「第14章」

夏の日差しがプールの水面を刻む。日光は細かく砕けて、青い波紋を床タイルに写した。たちまち肌に汗がにじみ、塩素の匂いが鼻をくすぐる。澄は足元の濡れたコンクリートを踏みしめ、渡された筆を強く握りしめた。生徒会のポスターと装飾を仕上げる「市民プール青春祭」準備の最終日。だが澄の視線は、作業台の上に置かれた小さな白いボードに釘づけになっていた。

夏の日差しがプールの水面を刻む。日光は細かく砕けて、青い波紋を床タイルに写した。たちまち肌に汗がにじみ、塩素の匂いが鼻をくすぐる。澄は足元の濡れたコンクリートを踏みしめ、渡された筆を強く握りしめた。生徒会のポスターと装飾を仕上げる「市民プール青春祭」準備の最終日。だが澄の視線は、作業台の上に置かれた小さな白いボードに釘づけになっていた。

「澄、こっち手伝ってくれる? 色混ぜが難しくて」と、春斗が声をかける。風で髪がふわりと揺れ、額にぴったり汗が伝う。春斗は澄にとって練習台でもある。彼に対して本音を言う練習をするため、澄はこの共同制作を利用しようとしていた。一緒に何かを作れば、そのものにだけ二人の痕跡が残る――澄の持つ、ただし不完全な技能の仕組みを利用するつもりだ。

「いいよ。じゃあ、ここを…」澄は筆を動かす。白いボードに薄い藍色の曲線を描いていく。春斗はすぐ隣で黄色をのせた。二つの色が縁で混ざり合う。触れ合うたびに、澄は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。ここで本音を言う練習をする。そう決めていた。

けれど澄の頭の中にはいつの間にか評判や評価の影が差していた。もし、あの放課後の廊下での噂が本当なら――と、彼のあるしぐさを一つ、彼の目線をひとつ、澄は「こうだ」と決めつける。確信することで安心しようとする自分を、澄は無意識に守ろうとしていた。

筆先が止まりかけた瞬間、ボードの表面が小さく震えた。春斗が「あれ?」と手を止める。澄は息を呑む。二人で重ねた色の境界が、ゆっくりとにじんでいき、やがてそこにあったはずの淡いパターンが消えていく。澄の胸の中で、冷たい空洞が生まれた。

「消えた……?」

「いや、消えたんじゃない。見えなく——」春斗も目を凝らすが、ボードは普通のペンキ面に戻っていた。触っても筆跡は残らない。澄は手を引っ込め、掌の内側に冷たい汗を感じた。彼女が心の中で相手を確定させるほど、痕跡は見えなくなる。能力の禁忌が、透明な罠のように実験を奪った。

「澄、どうしたの? さっきまできれいに――」春斗の声が遠くなる。澄は言葉が出なかった。説明する前に、自分がやったことを認めるのが怖かった。「こういうときは……」と、澄は小さく呟いてみる。だがそれを春斗に向ける勇気はまだなかった。

そのとき、会計の絵里がバケツを抱えて走り寄ってきた。「ねえ、時間が押してるから、例のタイルモザイク、最後の二列いける? 観客の参加コーナーになるから、早めに固めたいの!」

澄たちはプールサイドの古い木製テーブルから、小さな四角いタイルを取り出した。タイルにはペンキと接着剤、色とりどりの砂状ガラス片が積まれている。住民参加の「記憶タイル」。二人で一枚を作ると、共同の印が残ると説明されていた――澄の力を発動させるのにうってつけの素材だ。

「じゃあ、いくよ。澄とはんぶんこで」と春斗が笑う。笑顔は澄にとって安全な場所のようでもあり、けれども怖さも伴う。澄は深呼吸して、接着剤を伸ばした。二人は素早く模様を埋めていく。話す余裕はない。時間制限があった。やがて背後から掃除用具のスイッチ音や、白い監視台に座る里山さんの腕時計のカチカチという音が追い立てる。

「もう少しで固まるよ。急ごう!」絵里が声を張る。

焦りと決めつけが同時に澄の内側で燃え上がった。早く形にしなければ、外のシステムが情報を掠め取るかもしれない。澄は無意識に結果に飛びつき、手に持った小さなガラス片を強く押しつける。だが、その瞬間、接着剤がひび割れたように弾け、タイル全体に細い亀裂が走った。小さなガラス片がくくり付けていた縁が崩れ、模様はばらばらに剥がれ落ちる。

「うわっ!」春斗の声が床に響いた。タイルは使い物にならなくなり、微かな粉が作業台に散る。参加を楽しみにしていた数人の生徒が顔を曇らせ、さっと後ずさる。

「やっちゃった……」澄の胸の中で何かが崩れた。能力の代償が、物理的な破壊として現れたのだ。澄が急いで関係を進めようとしたその手つきは、共同制作そのものを壊してしまう。

その騒ぎに、受付の端末から連絡を受けた広報担当の教師、立花が近づいてきた。彼女は手にタブレットを持っていた。画面には学校が導入した「交流可視化アプリ」のアイコンが点滅している。アプリはイベントでの共同制作の情報をスキャンし、参加者のつながりを数値化して管理することになっている。

「こら、学生会。明日の公開前にデータを回しておきたいの。ほら、これで参加者のつながりを登録すれば、市の広報にも出せるから」立花の言葉は興奮と自信に満ちていた。だがその口調に、澄は不快な冷たさを感じた。ものごとを決めつけて数に落とし込むやり方。彼女の能力の禁忌の反対側で、制度が平気で人間を規格化している。

「でも、今のタイルは壊れちゃったんです」と絵里が肩を落とす。

立花は画面を見下ろして眉を寄せた。「それでも大丈夫。スキャンできるものがあれば、こちらで合成する。学生会は協力して。統計は真実だよ、澄さん」

統計という言葉が、澄の頭の中に重く落ちる。彼女が抱く違和感はここに帰結していた――自分の力が「他者を確定」させることに弱点を持っているのと同様、学校のアプリも「他者を確定」して管理しようとする。同じ原理だ。決めつけるほどに見えなくなり、測ろうとすれば関係は崩れる。

そのとき、脇で観察していた美奈が活動的に前に出た。美奈は澄の幼馴染で、率直で気配り上手な少女だ。彼女は澄が何をしてしまったか、少し先のことを見ていた。

「待ってよ。それをそのままスキャンするのって、参加する人の合意ある? 勝手に数値化して市に送るのはおかしいよ」と美奈は立花のタブレットを指差した。声が震えていたが、そこには確かな決意があった。

「合意は取ってあるって説明してるはずだよ。事前に同意した名簿を―」立花が言いかけたとき、別の生徒がタブレットの背面に手を伸ばした。礼(れい)という子だ。彼は無愛想な笑いを浮かべ、画面のスキャナーに手をかざした。

「名簿にサインした子の多くは、『参加する』を選んだ。でもその選択が本当に自由だったかは別問題だろ。強制や圧力の余地がどこにあったか、チェックしようぜ」

礼の言葉に周囲がざわつく。澄は次第に自分の胸の内をさらけ出していくような感覚を覚えた。自分が犯した失敗は単なる個人的過ちではない。制度と自分の禁忌が同じ根を持っていると、澄ははっきり思った。

「ねえ、澄はどう思う?」美奈が顔を近づける。水の光が二人の瞳にちらついた。

澄は再び筆を握りしめた。先ほどの失敗がまだ掌に残る。急いで関係を固めようとした結果、ものを壊した。決めつけて安心しようとした結果、痕跡は消えた。彼女はその代償を肌で知った。だからこそ、試したかったのだ。どうやって本当の声を掴むかを。

「私、もう一回やらせて」澄の声は小さかったが、揺るぎない。立花は驚いたように眉を上げ、春斗も顔を向ける。

「でも、どうするの?」春斗が尋ねる。澄は深く息を吸った。

「今度は、決めつけない。急がない。作る時間をみんなに、選ぶ余地を残すんだ」澄は周りの顔を見渡した。そこにいる一人ひとりが、自分の意思で関われること。痕跡はそれ