天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す

天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す 第6話「第5章」

展示室の照明が、作業台を切り取るように浮かび上がっていた。天井の暗闇は星座の代わりに黒い空洞を作り、そこにぽつりと置かれた木の机だけが白く照らされる。木の匂いと溶剤の鋭い匂いが混じり、手先の冷たさが灯りの熱と緩やかに反発し合っていた。

展示室の照明が、作業台を切り取るように浮かび上がっていた。天井の暗闇は星座の代わりに黒い空洞を作り、そこにぽつりと置かれた木の机だけが白く照らされる。木の匂いと溶剤の鋭い匂いが混じり、手先の冷たさが灯りの熱と緩やかに反発し合っていた。

ミナトは机の前に立ち、手袋を外した指先で自分たちの作品の縁をなぞった。手の跡はすぐに冷え、跡が残るようなものではないはずだが――二人で造ったものだけが持つらしい「痕跡」は、ほんの薄い温度差として残っていた。触れるとふっと小さなざわめきが耳の奥で鳴るようで、それはアヤと同時に触った瞬間だけ強まる。

「見える?」アヤが笑って尋ねる。顔は少し汗ばんでいる。彼女の声には緊張と興奮が混じっていて、展示に選ばれた喜びがまだ抜けない。

ミナトは首を振った。「見えない。感じる、ただ……確かなものとは言えない」

アヤは顎を引き、作品にそっと手を添える。紙に貼られた小さな光彩板、数本の透明な糸とガラスの球。彼らが数日かけて織り合わせた「共同の星図」だ。群衆向けの展示としてはこぢんまりしているが、彼らの狙いは見た目ではない。来場者が触れると、その人の短い「想い」が微かな残像として球に映る――ただし、その残像は二人が同時に手を触れたものにだけ宿る。観客の心を覗く装置ではない。互いに共有した瞬間が刻まれる器だ。

「今回の評価フォーマット、知ってるよね。来場者がタブレットで点数をつけて、公開ランキングが出るって。観光協会が予算を決めるんだってさ」展示担当の中山(なかやま)が窓の外を見て言う。彼女の影が作業台の端に落ちる。声は抑えられているが冷たさはない。中山は行政と寄付の間に挟まれた人間だった。

アヤは眉を寄せた。「でも、私たちは商品化を見せるためにやるんだよ。評価のやり方そのものを問い直すような見せ方をしたいの」

ミナトの指先が緊張で白くなった。光の反射が彼の目に瞬いた。「それって、具体的にはどうするつもりだ?」

アヤは深呼吸をして、ゆっくりと口を開く。「来た人に、ランキングじゃなくて『この展示を見て自分が選び直したい夢』を書いてもらう。匿名で。点数じゃなくて言葉で返してもらうの。そうすれば、評価っていう単純な数字に押し込まれない」

中山の表情が一瞬硬直した。薄い笑みを浮かべて、でもためらいが滲む。「できればいいけど、協会側はその場での数値を重視しているの。スポンサーにも“反応”を示さないと。展示は限定でも、評価は公式に集計する仕組みが入る」

その言葉が空気を冷やした。外の静けさが室内の不協和音を浮かび上がらせる。ミナトは無意識に手を伸ばし、作品の中心にあるガラス球に触れた。アヤも同時に触れる。二人の掌が重なった瞬間、球の内側に薄い青の雫がほろりと揺れたように見えた。誰にも見えないはずの、二人だけの風景が一瞬流れる。ミナトの胸に小さな波が寄せる。

「これが、残るんだ」アヤの声は震えていたが、目は真っ直ぐだった。「私たちが何を『選び直す』かを、ここに残したいの」

だが、同時にミナトの中で防衛本能が膨らんでいった。公の場に出すことは、評価の向こうでなにかを裁定される危険を孕む。彼は自分が傷つくのを避けたくて、アヤの意図を先回りしてしまう。無意識のうちに彼は言葉で線引きをしようとした。

「言葉は必要だ。これは『未来=僕たちが一緒にいること』ってわかるようにしておこう。誤解されたら困る」

その瞬間、アヤの顔が曇る。ミナトは続ける。自分たちの本当の意味を固定してしまえば、他者の解釈で壊されるリスクは減る――と考えたのだ。けれどその「固定」が、能力の縛りに触れる行為だということを、彼は直前まで思い至らなかった。

ミナトが口に出したラベルは軽く、無害に聞こえたかもしれない。だが彼の声で、作品に浮かんでいた青い雫がひゅう、と縮み、輪郭を失っていった。球の内側は白く曇り、触れた感覚だけが残る。二人の掌が離れると、痕跡はほとんど消えかけた。

ミナトの胸が突然締め付けられた。胸のあたりが熱を帯び、息が浅くなる。目の前が揺れ、耳鳴りがする。彼は思わず机に手をついた。手に伝わる木の冷たさが、途端に痛みに鋭くなる。

「ミナト!」アヤが手を伸ばした。だが彼女も動揺している。二人の緊張が、共同制作を壊してしまったのだ。ガラス球の表面に小さなひびが入る。乾いた音が、静かな部屋に響いた。

中山がしゃがんで彼の肩に手を置く。「無理しないで。能力には代償があるって、君たちも分かってたはずだろう」

ミナトは吐き気のようなものを覚え、首を振った。「分かってたつもりだった。けど――守ろうとして、決めつけたら消えるんだ。見えなくなるどころか、体が反応する」

言葉にするうちに、ミナトの顔が土気色に変わっていった。彼は掌をぎゅっと握った。指先が白い。アヤは怯えたように息を吸い、そしてふっと笑いをこぼした。それは怒りでも嘲りでもなく、困惑の中の小さな勇気だった。

「それで、どうする?」彼女が聞いた。「ひび割れたって、私たちがやることは変わらない?」

その問いには答えが簡単に出なかった。共同制作を壊すと、作品は元に戻らない。時間をかけて修復するか、新しいものを造り直すか。だが時間は限られている。展示公開は週明けだ。しかも、市の評価アルゴリズムは録画とタブレット入力を併用しており、彼らに与えられた「限定展示」の自由は思ったよりも狭かった。

そのとき、隣の机で黙って工具を選んでいたハナがぷいと顔を上げた。彼女は二人の友人で、自由奔放に見えて論理的な行動に出られるタイプだ。ハナは手にしていた小さな木片をふところに押し込み、低めの声で言った。

「市のランキングはそのまま入れたままでいいと思う。けど、私、来場者の入力画面に『感想を書く』欄を増やす。点数の陰に隠れた言葉を集めるの。匿名でもいい。『あなたが今日ここで選び直したいもの』っていうタイトルで」

中山が眉を上げる。驚きと少しの懸念が混ざる。「それを入れる権限はどうやって?」

ハナは肩をすくめた。「私、ITの外注先の知り合いがいるから。ちょっと手を回せば、表示項目は増やせる。ランキングの数字は残るけど、同時に言葉も集まれば、見えるものの幅は変わるんじゃない?」

その提案に場が少し和む。ミナトはまだ胸の圧迫を感じていたが、目の前で仲間が勝手に動くのを見て、どこか安心した。主体的な行動が、彼を守る盾にもなると感じたのだ。アヤの顔にまた笑みが戻る。だがその笑みと同時に、彼女の瞳は展示室の入り口方向を捉えた。

入り口のドアが静かに開き、よく手入れされたスーツを着た男が入ってきた。黒瀬(くろせ)という名前が彼の名札に光る。文化委員会の重鎮の一人であり、評価の取りまとめ役だ。彼は冷静に辺りを見回し、最後にミナトとアヤの作品に視線を落とした。

「限定展示、期待してるよ」黒瀬は低く言った。「ただし、公式評価は外せない。透明性が市民にとって重要だからね。来週にはランキングを公表する。トップに入ったものには追加の支援が行く」

その言葉は展示の狭間に鋭い風を吹き込む。支援という利害、資金という現実。アヤは黒瀬の顔を見つめ、何かを決めかねているようだった。ミ