天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す

天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す 第20話「第18章」

教室は午前の光でやわらかく満ちていた。大きな窓の向こうに見えるのは市街地の屋根と、遠くにわずかに覗く天文台のドーム。白いカーテンが静かに揺れるたび、机の上の粘土や木片、絵の具がちらちらと表情を変えた。壁には手書きのポスター。「参加はあなたの選択から。安全に学ぶ場をつくる」、その下に貼られた掲示板には注意書きと連絡先、そして今日のプログラムの時間割がピンで留められている。

教室は午前の光でやわらかく満ちていた。大きな窓の向こうに見えるのは市街地の屋根と、遠くにわずかに覗く天文台のドーム。白いカーテンが静かに揺れるたび、机の上の粘土や木片、絵の具がちらちらと表情を変えた。壁には手書きのポスター。「参加はあなたの選択から。安全に学ぶ場をつくる」、その下に貼られた掲示板には注意書きと連絡先、そして今日のプログラムの時間割がピンで留められている。

ミナトは机に肘をつき、指先でコーヒーのカップの縁を軽く叩いた。隣では瑠璃が色のついた糸を巻き直している。ふたりの周りには、三組の参加者と、開設者のカナ、それと今日から被災者支援の窓口を自主的に立ち上げた拓(たく)がいる。拓はせっせと受付を整理し、名札を配っていた。彼の表情は固く、しかしどこか誇りを含んでいる。

「だから、まずは手を動かすってことだよね」カナが言った。彼女は明るい声で、だが目は真剣だった。「言葉で説明しても伝わらない。共同で何かを作ること。それで見えるものがあるなら、それが一番の安全策になる」

教室の中央に置かれた大きな木の箱が目を引く。参加者たちはペアでそれを取り囲み、箱の側面に小さな彫りを入れ、色を塗り、布を縫い付ける。共同制作の対象を作るうちに、ふたりの痕跡が残る——ミナトの能力はその「共同で作った物だけ」に残る痕跡を読み取る手助けができた。ただし、痕跡は人の心が確かに混ざり合っている状態でしか表れず、そしてもっと厳しい条件があった。

「ゆっくりでいいよ」ミナトが小声で言った。彼は手のひらを箱の上に軽く当てる。温度が伝わる。これは儀式めいた操作ではなく、ただ共同の手仕事が続くのを見守るための合図だ。瑠璃がそっと笑い、ミナトの指先に親指を当てた。二人の接触は短く、しかし確かな確認だった。

最初の痕跡は、木目の間に薄い光の点として現れた。誰の目にも見えるものではないが、ミナトの感覚には、指先から小さな星座が映るように閃いた。――不安と期待。未来に対する、きらめく恐れ。彼はそれを言葉にしない。条件に従えば、痕跡を「決めつけ」ないこと。たとえそれが説明になろうと、定義は痕跡を消してしまう。

だが、教室の後ろに立っていた中年の男性が前に出てきた。名札には「浅見 誠」とある。奥さんを最近、共同制作に連れてきたと話していた。浅見は箱をのぞき込み、眉を寄せて言った。「それって、要するに本心が見えるってことだろ? うちの娘に、誰かが何かされてないか確認したいんだ。具体的に示してくれ」

声には焦りが混じる。ミナトは見透かされるような目を感じた。浅見の婦人はかすかに震えている。瑠璃が隣でギュッと手を握った。カナが制するように前へ出る。「浅見さん、ここは読む場所じゃなくて、作る場所なんです。答えを出すためにやっているんじゃない」

「でも、安全のためだろう?」浅見は食い下がる。「国だって許可制を導入しようとしてる。記憶喪失の事例がある以上、僕らが勝手にやると危ない。きちんと証拠を出してくれなきゃ」

その言葉は、教室の空気を一瞬で冷たくした。外のニュースや議会の動きについての噂は、ここまで届いている。参加管理局の提案した法案は、体験の「記録」と「証明」を求める方向に進んでいた。ミナトの胸に、古い痛みがまたざわつく。

「証拠は、ここにはないかもしれない。でも――」ミナトは浅見の顔を見返した。「でも、ここでふたりで作る時間が、その人の声になります。急いで決めつければ、何も残りません。僕には、それが見える」

浅見は納得せず、脇にいた拓が口を挟んだ。「浅見さん、僕はこの窓口を正式に登録するつもりで手続きを進めてます。もし公式の保護が必要なら、それを取るべきだと思う。だけど、登録されると参加管理局の監査が入る。あなたたちが望むような『裁定』をすぐに出すかは、分からない」

その言葉に浅見は黙り、周りの参加者は視線を泳がせる。ザワつきが広がる。ミナトは冷や汗を感じ、思わず箱を強く握ってしまった。ほんの一瞬、木材の肌が冷たく刺さった。急いだ心は共同制作を砕く。砂のように、箱の角が小さな裂け目を見せる。誰かが拍手をしたわけでもないのに、ひびと言っていい程の微かな音が伝わった。

「壊れた」小さな声が聞こえた。カナが顔を曇らせる。瑠璃は眉をひそめ、ミナトの胸を軽く押した。「大丈夫?」と囁く。

ミナトは叫びそうになった。自分が握った瞬間、共同の痕跡が瞬間的に濁った。急ぐ気持ちが、手仕事の信号を乱し、木の繊維を裂いたのだ。これは能力の代償ではない。だが、代償は別にあった。

痕跡が濁ると同時に、ミナトの中にぽっかりとした空洞ができた。日常の輪郭が一瞬だけ薄くなる。彼は何か、確かな未来の像を失ったような感覚に襲われた。目の前の瑠璃の笑顔が、どこか遠い画に見える。思考の端に、昨夜まで抱いていた夢の匂いが消えかける。ミナトは手を離し、呼吸を整えようとしたが、胸が重く、言葉が出ない。

「ミナト?」瑠璃が心配そうに尋ねる。声が遠い。彼女の指先が自分の頬をなぞる感触は確かだが、その温度をどう説明していいか分からない。ミナトは必死に過去の自分の目的を探した。天文台で未来を怖がる恋人たちが同じ夢を選び直す、という言葉が、まるで薄紙のように剥がれ落ちそうになる。

拓がすぐに水のボトルを差し出した。「無理するな。使いすぎたんだよ、きっと。少し休め」彼は淡々としているが、その目には怒りと不安が混じる。参加管理局の監視が強まる中で、能力に頼らざるをえないミナトの姿が、拓には耐えがたく見えるのだろう。

数分でミナトの感覚は戻った。空洞は埋まるわけではないが、縁がはっきりしてきた。息を吸うと、また現実が手繰れる。だが、彼の使い方にはコストがある。使えば、短時間ながら自分の夢の輪郭がかけられる。繰り返せば、もっと大きなものを失うかもしれない。彼はそれを誰にも言わず、ただ唇を噛んだ。

教室の空気は収まらない。浅見は怒りを抑えられず、声を荒げた。「やっぱり曖昧だ。国は壊れるリスクに対応しようとしてるんだ。やり方が分からないまま放置するのは危険だ!」

その時、教室の入り口が開き、受付の机に置かれた小さな箱を抱えた女性が入ってきた。名札には「美咲」とある。表情は柔らかいが、目の奥に影があり、時折何かを見失うような仕草をする。拓が立ち上がり、彼女の手を取って声をかけた。「来てくれてありがとう。ここなら安心して作れるよ」

美咲は小さな声で、「私、昨日のことがよく思い出せなくて。夢も途切れるんです」と言った。彼女の言葉に参加者の視線が集中する。ミナトの中の感覚が鋭く反応した。記憶喪失の事例は、参加管理局が法案を推し進める根拠のひとつだった。もし個人的な被害が本当に起きているのなら、対処は必要だ。しかし、その原因は必ずしも単純ではなかった。

ミナトは静かに尋ねた。「どんなときに、記憶が途切れますか?」

美咲は少し戸惑ったあと、指で唇を押さえてから言った。「共同で何かをしているとき、かな。誰かと話して、その場を離れると、さっきのことがうまくつながらない。まるで記録が飛んでしまうみたいに」

その言葉は教室の空気を重くした。カナが眉を寄せる。拓はメモを取りなが