天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す

天文台で未来を怖がる恋人たちは同じ夢を選び直す 第14話「第一部幕間」

ドームの内部は、まだ人の気配が残っていた。投影機の冷却ファンが低く唸り、天井の白い半球は外套のように町の夜を包んでいる。赤い非常灯が床に細長い楕円を描き、そこに並んだ作業台の影が揺れた。ミナトは手袋を外し、掌の先に残った紙や接着剤の匂いを肺の奥まで吸った。アヤは小さな模型星を、慎重にガラスケースの中に戻す代わりに作業台の真ん中にそっと置いた。

ドームの内部は、まだ人の気配が残っていた。投影機の冷却ファンが低く唸り、天井の白い半球は外套のように町の夜を包んでいる。赤い非常灯が床に細長い楕円を描き、そこに並んだ作業台の影が揺れた。ミナトは手袋を外し、掌の先に残った紙や接着剤の匂いを肺の奥まで吸った。アヤは小さな模型星を、慎重にガラスケースの中に戻す代わりに作業台の真ん中にそっと置いた。

「……あのとき、どう見えた?」アヤの声は低い。まだ震えているのがわかった。声の端に、展示で起きたことの余韻が残る。

ミナトは模型星の表面を指で辿った。表面の塗膜には、二人で同時に刻んだ線の僅かなへこみが残っている。昼の光なら見落としてしまうほど小さい痕だが、二人で作ったからこそそこに意味が宿ったはずだった。

「部分的に、君の不安の輪郭だけ」ミナトは言った。「砂状の箇所があって、そこに君が逃げたい場所が映ってた。……でも、全体はぼやけてた。俺の方は、確信みたいなものがなくて。」

アヤは模型を手前に引いた。指先に冷たさが伝わる。ドームの空気が乾いていて、作業台のライトは熱を帯びていた。

「それでいいよ」とアヤは小さく笑った。「痕跡が残るって、『答え』を出すことじゃない。私たちの関係の、指紋みたいなもの。無理に拭き取ったり、先に決めつけたりしたら壊れるって、もう分かってる。」

ミナトの胸が締めつけられる。彼はもう一度、模型の側面に触れようとしたが、アヤが手を置いて止めた。その掌は暖かく、震えが残っている。

「試すだけだよ」とミナトは囁いた。「ほんの少しだけ――」

アヤは顔を上げ、目を細めた。「同じ手順で、同じタイミングでやる。それから、合意。約束したでしょ。先に決めつけたり、俺が覗き込んだりしないって。ミナト、覚えてる?」

「覚えてる」彼は即答したが、心臓が速くなっているのを感じた。知りたかった。彼女の将来、彼女の選ぶ夢の細部。もしそこに彼と重なる部分があるなら、二人はやり直せるはずだ。彼はその誘惑に押されて、手を伸ばした。

二人は顔を向き合い、呼吸を合わせるように一呼吸置いた。ミナトが木の棒で細い線を引き、アヤが同じ棒で同じ角度を取る。時間がぴたりと重なるその瞬間、模型の表面に薄い光の波紋が広がった。波紋は音を出さず、だが確かに存在を主張する。二人は無言で目を閉じた。

「あ……」アヤが息を漏らした。模型に残った痕跡は、いつもより鮮明だった。二人の呼吸のリズムが完全に一致したとき、痕跡は輪郭を拾い、淡い色の記憶片を示した。しかし同時に、ミナトの胸にふわりとした違和感が押し寄せる。

「どう?」アヤが訊く。まるで自分の胸の内を覗くように。だがミナトは答えを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

彼の頭の端で、昨日の展示の投影が断片的に割れた映像のように跳ね返る。あのとき、投影機が誤って作業過程を外部に送信してしまった。客席の拍手の音、その向こうで始まった評価ボタンの連打。ミナトは無意識に、先に「こうであってほしい」と願った。願いは指先の動きに現れたのだろう。次の瞬間、模型の光が縮み、痕跡はぼやけた。彼は頭の奥が遠くなる感覚に襲われ、視界の端に白い斑点が浮かぶのを見た。

「ミナト?」アヤが手を伸ばした。彼女の手が彼の腕に触れたとき、ミナトはようやく呼吸を取り戻した。だが、記憶の一部が薄れている。さっき感じた細い確信、模型が見せた色の名前――それらが手の中から滑り落ちるようだった。

「ごめん……」彼は声がかすれていた。「ちょっと、頭が――」

代償が来た。二人で作るときに不可避の代償がある。制作後の短い記憶曖昧と心身の倦怠。ミナトはそれをこれまで何度も見ていたが、自分が先に感情を決めかけたことで代償が強まったことを理解した。決めつけることは禁忌だ。強引に答えを引き出そうとすると、痕跡は逃げ、代償は大きくなる。

「無理しないで」アヤは柔らかく言った。「これ、私たちが壊したんじゃない。あなたが悪いんじゃないよ。」

だがアヤの声は理性だけでできているわけではない。胸の奥に微かな怒りがあるのを、ミナトには感じ取れた。自分たちのやり方を、展示で晒した後に制度が触れようとしたこと。投影が勝手に外部へ流れ、町の評価システムの自動アルゴリズムに捕らえられたこと。彼らの私的な痕跡が商品タグを付けられそうになったとき、アヤは身を守ることに敏感になる。

そこへ入り口の方から足音が近づいた。大学の友人、ハナが息を切らして入ってきた。彼女の顔は夜風で赤い。手には折りたたんだ布と、タブレット端末を持っている。

「大丈夫?」ハナはまずアヤを見て、その次にミナトを見た。彼女の目には自分の判断で動いた後の覚悟がある。ミナトはその覚悟に救われるような気がした。

「なんで来たの?」アヤが訊くと、ハナはタブレットの画面を二人に見せた。そこには、数時間前の展示映像の静止画が切り取られて表示され、右上に小さく「解析開始」と書かれたアイコンが光っている。

「監視ログが、自動で観測局のクラウドにアップされてた。送信先は評価システムの一部。こっちで止められなくて――でも、私、止める方法考えた。外部に公開される前に、私たちが条件を提示して――」

ハナは言葉を途切れさせ、深く息を吐いた。彼女の目は決して強引ではない。だがその瞳には、他人の行為に介入することを選んだ者の重みがある。仲間の主体的判断だ。彼女は自分で考え、行動した。

「条件って?」ミナトが訊く。

「観測局に正式に『限定非公開利用』を申し入れる。私が代表で出向くわ。だけど、その前に君たちがどうしたいか、ここで正式に決めてほしい。公開して制度に組み込ませるのか、それとも完全に私的に留めるのか。どっちを選ぶかによって、私の交渉内容が変わる。」ハナはタブレットを差し出して、二人の顔を見た。「君たちの同意がいる。私は君たちの代理にはなれない。」

ミナトは舌打ちしそうになった。自分で決めたくない。だが彼は、決めることが恐ろしくもあることを改めて理解した。選択は二人だけのものだと彼らは言い続けてきた。だが制度が無理矢理その選択を商品として取り上げるなら、黙ってはいられない。

「公開して、変えるって言ったら──」アヤが言葉を継いだ。「私たちのやり方が、制度の一部になっちゃう。そうなると、同意とか作り方の『同時性』とか、ルールを改変されるかもしれない。そうなったら、私たちの共同制作はもう共同じゃなくなる。」

「非公開にするなら、完全に削除してもらう必要がある。それって、観測局の側に保存されたデータを消すようお願いしなきゃならない。彼らは『保存』が便利だって言うだろうけど、それは私たちの選択を奪う――」ミナトの言葉は硬い。

ハナは静かに頷いた。「どちらを選んでもリスクはある。でも、選ばないこともリスク。既に断片は流出してる。私、弁護士の友人にも連絡した。説明を聞いた上で決めよう。だけど、一つだけ教えて。今、この模型に残ってる痕跡、君たちにはまだ読める?」

ミナトは模型に手を触れた。触れた部分は冷たく、固い感触だ。彼は集中して、二人で作ったときの細い波紋を追おうとした。だが、先に自分が願った瞬間の曖昧さが引っかかり、輪郭が掴め