古民家シェアハウスで秘密を共有する医学生は一緒に休むことを覚える

古民家シェアハウスで秘密を共有する医学生は一緒に休むことを覚える 第6話「第5章」

乾いた風が軒先の暖簾を揺らした。藍色の布がくるりと回って日差しの縞を縫い、すうっと戻る。廊下の奥で簡易ポストの口が開き、白い封書がすっ、と差し込まれた。足音を立てないように歩いて来た葵は、その音で吸い込まれるように立ち止まった。紙の匂いが鼻先に届く。指先が震えるのを感じながら、封を切ると中から役所のゴシック体が目に飛び込んだ。

乾いた風が軒先の暖簾を揺らした。藍色の布がくるりと回って日差しの縞を縫い、すうっと戻る。廊下の奥で簡易ポストの口が開き、白い封書がすっ、と差し込まれた。足音を立てないように歩いて来た葵は、その音で吸い込まれるように立ち止まった。紙の匂いが鼻先に届く。指先が震えるのを感じながら、封を切ると中から役所のゴシック体が目に飛び込んだ。

「……学内調査に関する予告通知。匿名の申告に基づき、四十八時間以内に居住環境の調査及び聞き取りを行う」と書かれている。下に押された判子が、冷たい重さを持っている。

胸の奥が締め付けられた。声にならない音が喉に引っかかる。屋根裏の梁を伝って聞こえるような遠い木の軋み。葵はそっと紙を畳み、居間へ向かった。居間には既に三人の住人がいて、それぞれに一日の疲れを滲ませていた。真琴はソファで教科書を積み上げ、颯は窓辺でお茶を淹れ、紗莉は台所に立って鍋の蓋を押さえている。皆、封書を見ると同時に顔色を変えた。

「何て書いてあるの、葵?」真琴の声は冷静だがきつさを含んでいた。颯は封書を奪い取ろうとする仕草をしたが、葵は振りほどかずにゆっくりと全部を読み上げた。

「四十八時間以内に調査。匿名の申告……『不適切な共同活動、学業の妨害、無許可の他者への学術情報提供』って。あの……具体的なことは書いてない」

紗莉がふうと息を吐いた。鍋から立ち上る湯気が畳に白い輪を描く。暖簾がまた風に揺れ、心臓の鼓動がそれに合わせて跳ねる。

「匿名って、誰でも出せるわけでしょ。でも役所が来るってことは、大学にも何か、ってことだよね」颯が言った。颯の視線はまっすぐで、どこか不安を抑えている。

葵は声を出す前に深呼吸した。自分の体温を確かめるように両手を腿に置く。能力――共同で作った物にだけ残る"痕跡"のことが、喉の奥で泡立った。彼女はそれを使えば、彼らの日常のありようや、そこで交わされた思いが現れると知っている。だが同時にルールがある。気持ちの痕跡は共同で作られたものの上にだけ、しかもその内容を決めつけるほど輪郭を失い、関係を急ぐほどその"共同"が壊れてしまう。代償もあって、身体に負担が来る。使うたびに、葵の感覚の一部が薄くなってゆくのだ。

「証拠を――出せば名誉は回復する」真琴が素っ気なく言った。「でも、その『証拠』ってのがどう受け取られるかは別問題よ。大学の人間は定量的なものしか信用しない」

「それに、葵の――その方法って、どういうことが出来るんだっけ?」紗莉が葵の顔を見る。鍋の縁に指を掛けた手に力が入って、白い指先が赤くなる。

葵は唇を噛んだ。言葉にするたびにルールが鋭くなる気がして、慎重になる。

「――共同で作る。例えば、みんなで一緒に編んだマフラーとか、同じ釉薬で焼いた皿とか。そこで一緒に過ごした時間や、本音の残滓がぼんやりと――表れる。でも、私が『これをこう見せる』って先に決めちゃうと、痕跡は消える。作ること自体をこじつけると、壊れやすい。あと、使うと私は必ず体に代償が来る。頭痛とか、記憶の抜け、出血。今回は叩き台としての時間が短い。そして――」

葵は言葉を飲み込んだ。皆が彼女を見つめる。真琴の顔に一瞬だけ揺れが走る。

「だから、全員の意思でやるか、やらないかを決める必要がある。あなたたちの主体性がないと、ただ私がなんとかして見せるだけになってしまう。それじゃ、支配と同じよ」

颯が手を上げた。「それなら投票で決めよう。ここに住む全員で。口頭で意思を示すだけでいい。強制はしない。誰かが撤退したければ、それはその人の選択だ」

紗莉の目が潤んだ。布巾をぎゅっと握りしめる。真琴は黙っていたが、彼女の指先に力が入っているのを葵は見逃さなかった。

「二つだけ条件を付ける」葵は声を震わせないように努めながら言った。「一つ、共同制作はこの家でやること。二つ、作るときは誰も『見せるためにこうして』とは言わないこと。自然な気持ちで臨んでほしい」

「わかった」颯が答えた。「時間はどれくらいかかる?」

「作るものによる。でも、今はとにかく、"共同作業"の証を短時間で作る。私たちで同時に手を添えるものを――」葵は台所の方を見た。

台所の丸いテーブルの上に、古い木の小箱が置かれている。屋敷の押し入れから見つけた、蓋の取れたおもちゃ箱だ。蓋を失くして角が欠け、釘が一つ飛び出している。素材そのものが彼らの共同体を表しているように見えた。葵はそれを持ち上げ、指で端を撫でる。木のざらつきが指先に伝わる。決して新品ではない、傷だらけの素朴さ。

「これを直して、みんなで仕上げよう」葵は言った。「接着して、外側に釉薬みたいに絵を描くの。最後に同時に手を添えて、釘を一緒に打ち込む。それが '共同で作った' ものになる」

「共同で釘を打つだけで……?」真琴が半ば笑いながら訊く。

「いいや、それだけじゃない。作るときの精神が重要。無理に"正当性"を押し付けちゃだめ。分かるよね?」葵は真琴の目を見つめる。真琴は短く息を吐いた。

「……分かった。投票しよう」

四人はテーブルを囲い、紙に自分の名前を書いた。口々に理由を言いながら、葵は一人ずつを見た。颯は前を向いて「共同で示さないと、ただの言い逃れみたいに見える」と言った。紗莉は「私たちの日常を偽るわけにはいかない」と声を震わせた。真琴はしばらく黙ってから、小さく「ただし、最悪の事態が来たら、その時は……私は身を引く」とだけ言った。

票は三対一で、"作る"が勝った。真琴が一票、撤退に入れた。

「私に任せないで」真琴が言う。「私のキャリアを賭けられないわ」

その瞬間、葵の胸の中で何かがきしんだ。真琴の選択は、彼女自身の主体的な線引きだった。それは、敵である制度が取り上げる"選択の余地"を奪うものではない、という約束を守るための線でもあった。

彼らは手分けして準備を始めた。颯は工具箱を取り出し、釘や木工用ボンドを用意する。紗莉は古い布を引っ張り出し、磨き用の蜜蝋を温める。葵は、作業の合間に自分の心を整える。共同で作るとは、言葉や行動の同期だけでなく、互いの気持ちを押し付け合わないことだ。だが時間はなかった。四十八時間――ではなく、二十八時間に様子が早まっている気がする。風が強くなり、暖簾が弾む回数が増えた。

作業が始まった。木屑が爪の隙間に入る。釘を打つ音と、刷毛で蜜蝋を伸ばす沙莉の呼吸が、空気を満たしていく。葵は腕の先がひりひりするのを忘れるように集中した。彼らは互いに言葉を交わす。雑談、冗談、些細な不満。共同作業は、思った以上に淡々と進んだ。葵はそれが嬉しかった。これが"共同"なのだ、と。

最後の段階で彼らは箱の蓋をはめ、底に釘を打つ準備をした。四人が同時に手を重ね、指先を重ねる。葵は心の中で、自分の能力の起動の仕方を確かめる。決して「見せるためにこう見せたい」と思わないように、ただ"今ここにある気持ち"を受け入れる。だが、胸の奥には焦りが渦巻いている。時間がない。彼らの生活が脅かされている。教授たちの目、学内評価の重み、将来。葵は一瞬、「この箱に、私たちが無実だと示してほしい」と思った。ほんの一瞬。

その瞬間、箱の木目が薄く震えたように見