屋台街でライバル店員は最後の夏を記録する

屋台街でライバル店員は最後の夏を記録する 第23話「第21章」

会議室の空気が、きしむように固まっていた。蛍光灯の白い光が長机の天板に直線を刻み、ビデオカメラの赤いランプが小さく瞬いている。壁の一面には屋台街の夜景がスチール写真で飾られ、油で光る提灯と行き交う人影が永遠に笑っているように見える。だが今、その笑顔は画面の中の他人事だ。

会議室の空気が、きしむように固まっていた。蛍光灯の白い光が長机の天板に直線を刻み、ビデオカメラの赤いランプが小さく瞬いている。壁の一面には屋台街の夜景がスチール写真で飾られ、油で光る提灯と行き交う人影が永遠に笑っているように見える。だが今、その笑顔は画面の中の他人事だ。

「常盤さん、まずは説明を――」と立花が切り出す。立花の声には幾分かの震えが残っていた。彼はこの三年間、評札会の運営に心血を注いできた側の一人だ。だが、ここ数日の一連の暴露と抗議で信頼が揺らぎ、支持を続けることに躊躇している。机の上には数冊の資料と、悠が手にしてきた小さな木箱が置かれていた。蓋にはやや擦れた焼き印が一つ。悠の個人的な「記録箱」だ。

常盤は両腕を組み、冷たい口調で返した。「我々は制度の安定を優先する。公開実験などで混乱が生じれば、それこそ屋台街の営業に支障をきたす。悠君のいう『透明化』がどういう代償を伴うかは別として、拙速に政策を変えるわけにはいかない」

「代償の話を隠し通すから、不信が募るんだ」悠は静かに言った。カメラは彼の顔を捉え、マイクのスポンジがわずかに息を吸う音を拾った。彼の手が箱に触れる。箱の表面は、指先の痕でわずかに光っている。あの夏の風景を記した小物が、そこに詰まっていた。

「やって見せろ。現場で、公開で。そうすれば皆が判断できる」黒岩が押し出すように言った。黒岩は古参の店主で、評札会の中では比較的自由な立場を取る。彼は言葉を濁さないが、慎重さも忘れない。会のメンバーの視線が悠に集まると、部屋の温度がほんの少し上がったように感じた。

「ああ、やるよ」悠は答え、箱の蓋を半分だけ開けた。中には細い布包みが幾つか、朱色の紙に包まれた小さな札があった。封を切ると、そこから灯油のような匂いと、夏祭りの露店の匂いが交じった残香がふわりと立ち上る。指先が一つを取り出すと、ミニチュアの提灯の破片、一節の紐、拾った貝殻の欠片が現れた。それぞれに、悠とある人物が一緒に作った時の「痕跡」が宿っている。

痕跡――悠の持つ技能の言い回しだ。二人が共同で作った物だけに、互いの心が残る。それは万能の読み取りではない。形成された物にだけ、かすかな振動として気配が残る。だが、そこから「決めつける」ように解釈を伸ばせば、その気配は見えにくくなる。共同制作を急げば、物は崩れて痕跡そのものが壊れる。悠はいつも、それを繰り返し説明してきた。しかし、言葉は信用を作らない。行為が必要だった。

「短時間で――急いで作れば、うまく行かない場合もある。今の場で作るには時間が足りない」常盤が即座に指摘する。彼の言葉は、どこか計算された冷たさを帯びていた。だが黒岩が机をたたき、窓外に広がる屋台街の提灯を一瞥して言った。「時間は作るものだ。外でやる。屋台の前で、客も店員も見られるところで一緒に作れば、説明は要らない」

この提案を契機に、会議室と屋台街の様子が編集されたように交互に挿入された。カメラの切り替え。室内の硬い議論。外のざわめき。屋台の鉄板がはねる音、油が弾ける金属音、木製の椅子の軋む音。結菜と呼ばれる若い店員たちが、署名用のクリップボードを抱えながら屋台の縁に座っている。通りすがりの客が書き、子どもが興味深げに覗き込む。映像は対照を作っていた。閉ざされた会議室と、呼吸する路地。

屋台前での公開実演は、簡単なものに見えた。お互いに紐を結び、提灯を一つだけ一緒に作る。悠は試しに素早く手を動かして、誰かと急いで共同制作をしてみせる。立ち上がった瞬間、結い合わせた紐が滑り、提灯の骨組みがずれてくる。薄紙が破れて、内部の痕跡は赤い粒子のように拡散した。見物の人々からは小さなどよめきが上がる。悠の顔色が変わる。焦ると、共同作業は壊れる。痕跡は消え、何も見えなくなる。急ぐことの代償がここにあった。

「これが、俺の言ってたことだ」悠は息を吐いて言う。「共同制作には、時間と相互の注意がいる。単に手を合わせればいいって話じゃない。無理に結果を出そうとするほど、僕は何も見えなくなる」

それでも、常盤側の一部は冷笑に似た視線を送る。制度の安定を口実に誰かの痛みや犠牲を見ないふりにする人物がいる。だが、その場にいた何人かは、違う方向を向いていた。宮坂という中堅の女性が、コートの襟を直しながらひと言言った。「それなら、代償も公開して。隠された代償ほど怖いものはない」

悠は箱を差し出した。カメラは箱の中身へと寄っていく。小さな札、折れた簪、色褪せた写真。どれも悠がこれまで、誰にも見せずに大事にしてきた「最後の夏」の断片だった。

「これを、全て消すつもりだよ」悠の声が会場を貫いた。「ここにあるのは、僕だけが持っていた記録だ。僕が能力を使ってきた'結果'は、僕の掌に残されたものだ。透明性を――信頼を示すために、僕はこれを失う。すべて焼く。ここで、見せる。僕が得てきた優位性は何もないと、証明する」

沈黙が壁のように立ち塞がった。結菜が指先を噛む。子どもの肩車をした父親が目を細める。常盤はやや顔を硬くして立ち上がった。「悠君、それは極端だ。代償を示すことと、自分の記憶を破壊することは別だ。制度を変えるために、そこまで自己を傷つける必要はない」

「必要だよ」悠は顎を上げ、両手で箱を受け止める。「僕が持っている痕跡は、使う側にとって'証拠'になり得る。僕が個人的に蓄えた記録は、皆にとって不公平な情報の独占でもある。もし僕が蓄えたものを元に、誰かの恋情を操作したり、評価を細工したりできるなら、制度がいくらでも歪められることになる。だから、僕はそれを手放す。自分がどれだけ犠牲を払ってきたか、見せる」

彼は集まった人々の前で、袋を取り出した。結菜が差し出した小さな携帯用のコンロに、悠が慎重に布包みを置く。固い藁のような匂いが立ち昇る。火が小さく揺らめき、朱い紙がわずかに焦げる。人々は息を飲み、ビデオカメラは無慈悲にその瞬間を切り取った。燃え盛らずとも、白い煙がゆっくりと吹き上がり、夏の匂いを溶かして空へ上っていく。

「これで、僕が個人的に持っていた利得は消えた」悠は続ける。火の側で手を合わせると、胸と肩のあたりが熱くなった。代償はこれだけではない。悠は自分の記憶が焼け落ちるのを知っていた。箱の中のそれぞれの小物は、彼自身の心に刻まれた印でもあった。焼かれるたびに、彼はその時の感覚、その時の名前、その時の匂いを少しずつ忘れていくだろう。それは自らの体験という私有財産を渡す行為だ。

屋台街のざわめきがやや高まる。署名用の紙が次々に埋まっていく音。子どもが指で「やめないで」と囁く。記録を焼く煙に混じって、何人かの手が署名欄に署名した。映像はその手元と、会議室の常盤の顔を交互に映し出す。常盤の顎が引き締まった。

「これでどれだけの信頼が買えるかは、それを見届ける皆次第だ」悠は言う。「だけど、僕はもう隠せない。もし僕が能力で何かを操作したいなら、今ここでそれを使ってみせろ、と言われてもできない。個人的な保持はないから。残るのは、共同で作った物だけだ。痕跡の出るものがあれば、それは共同の記録であり、共同の責任だ」

その場にいた一人が、手を上げた。宮坂だ。彼女は