屋台街でライバル店員は最後の夏を記録する

屋台街でライバル店員は最後の夏を記録する 第16話「第14章」

夜風が屋台の列をすり抜け、串に刺された肉の脂がじゅうと音を立てる。赤い紙提灯がぶら下がる通りには「カップルデー」の大きな旗が翻る。普段は客の入りを読み切れずにため息をつくことも多いこの通りが、今夜は違った。二人連れ、三人連れ、手をつなぐ影が列をつくり、店先には評札会の小さな札がぶら下がっている──それが点数と恩恵を決めるという。

夜風が屋台の列をすり抜け、串に刺された肉の脂がじゅうと音を立てる。赤い紙提灯がぶら下がる通りには「カップルデー」の大きな旗が翻る。普段は客の入りを読み切れずにため息をつくことも多いこの通りが、今夜は違った。二人連れ、三人連れ、手をつなぐ影が列をつくり、店先には評札会の小さな札がぶら下がっている──それが点数と恩恵を決めるという。

悠は自分の店の火鉢に手を伸ばし、竹串をひとつ手に取った。油の匂いが鼻腔をくすぐる。向かいの屋台からはたこ焼きを返す音、皮をはがす音、男の低い笑い声。胸の奥がざわつく。あの旗の下で、どれだけの「選ばれた愛」が生まれ、どれだけの選択が押し付けられていくのかを、彼は数えているような気がした。

「悠、こっち来てくれない? 今夜、審査が巡回するんだって」

結菜の声が肩越しに届いた。彼女は向かいの屋台の女将で、悠とはライバルであり、いつしか互いの腕前を認め合う友でもあった。結菜の髪には金箔のような汗が光り、顔にはなぜか決意のようなものがあった。

「何をするんだ?」

「共同品を一つ、明日までに作れって。評札会の条件よ。二人以上で作られたものじゃないと、点数がつかないらしい」

悠は口の中で言葉を噛んだ。共同で作る──それは彼の力が働く条件だ。共同で作られたものにだけ、二人の痕跡が残る。それを「見る」ことで、彼は過去と今の揺らぎを映し出すことができた。だが、その能力にはいつも代償がついてきた。急いで作られたものは壊れる。痕跡を決めつけようとすると、彼の視界は白く凍りつき、まるで氷の膜が目の前に貼り付くように何も見えなくなる。

「拒否するわけにはいかないの?」

結菜のまなざしが釘を打つようだった。彼女のためらいは短かった。結菜は、かつて「最後の夏」を抱えた誰かの笑顔を守るために、屋台を辞めようとしている。悠はその事実を知っているからこそ、ここで何もしなければ彼女の選択に影を落とすかもしれないと感じた。

「拒否はできる。だけど──」悠は串を置いて、手の先に残る脂の熱を確かめた。「俺のやり方でやるのは、もう慎重にならないと」

「慎重って言っても、明日までに出来上がらなきゃ点数さえつかないわよ。評札会は容赦ない」

その時、通りの奥からガヤガヤと拍手の音が聞こえ、評札会の三人組がやってきた。黒い紋付きのような簡素な袴に、評札の札を胸につけた男が高笑いをしている。手には細長い冊子があり、そこには今夜の審査項目と、罰の上積みが記されていた。

「今夜はカップル向けの創作物が最重要だ。点が高ければ補助金、低ければ通行料の増額だ。すでに決まっている。従ってもらおう──と、そういうことだ」

その声は通りに冷たい波紋を広げた。数人の店主が沈黙し、若い客の何人かが眉をひそめる。結菜の肩が動いた。彼女はうつむきながら、悠に向けて小さく言った。

「悠、私と一緒に作ってくれない?」

共同制作。悠の胸の筋肉がぎゅっと収縮する。記録する。それは「残す」ことでもあった。彼は過去にそれをやったとき、誰かの未来の余地を奪ったという重さを知っている。ある夜、彼が間違って誰かの強い悲しみの痕跡だけを見定めてしまったことがあった。その人物は、痕跡を見られたことで自分の弱さを確定させ、自ら閉じていった──悠はその目を今でも忘れられない。

だが結菜は、悠を見上げた。そこにはもう一つのものがあった。戸惑いを抱えたまま踏み出す勇気だ。

「私が行きたい先がある。だけど、それは誰かに決められることじゃない。私が選ぶんだって、ちゃんと言いたいの」

言葉が綺麗に磨かれているわけではない。だがその震えは確かに彼女のものだった。悠は静かに息を吐いた。火鉢の熱が手のひらに沁み、祭りの光が二人の顔を斑に照らす。

「分かった。じゃあ――やる。だけど、やり方は一つだけだ。急がない。仕上げに一度でも俺が『これがこうだ』って決めつけるようなことはしない」

結菜はきっぱりと頷いた。彼女の手には箸がある。箸先が震え、粘度の高いソースが少しだけ垂れた。共同で作るのは、屋台ごとに一つの「記念品」だ。結菜と悠は、その屋台の特製だれを共同で練り上げ、密封して暖め、最後に小さな陶器の器に落とす。その器に残る指紋や熱の流れが、二人の痕跡になる。

作業は静かに始まった。湯気が立ち上る鍋の前で、二人は同じ方向を見て、時折視線を交わす。客の歓声と音楽が背景音のように轟く。悠は自分の感覚を研ぎ澄ませ、指先の微かな温度差を確かめる。共同のリズムが整うと、彼には薄い光の帯が見える──結菜の笑いの端、彼女の胸の緊張、過去に蓄えられた翳り。だが光は断片で、解釈を急げば消えるタイプのものだ。

「ここで、あの瞬間に手先を曲げて」「ソースのとろみはこれくらいで」結菜が言う。悠は頷き、動作を合わせる。二人の手が同じリズムでこね、香りがまとわりつく。肉の脂と甘い醤油が混ざり合って、粘る湯気が口に届く。

だが、審査の巡回は早い。客の一人が無理やり手を伸ばして器を覗き込み、「もっと恋人っぽく見えることはできない?」と戯れ半分に言う。場の空気が一瞬変わる。結菜の顔に小さな怒りが走ったが、そこで悠は反応しなかった。決めつけは禁忌だ。もし彼が客の言葉に同意して「彼らはこう感じている」と無理に押し付ければ、光の帯は固まってしまう。固まった瞬間、彼はその二人のどちらかの未来の選択を縛ることになる。

「やめよう、そんなの」悠が低く言う。だがその声が届く前に、評札会の一人が腕時計を叩いていた。

「時間だ。では次の屋台へ─」

慌ただしさが戻る。結菜と悠は最後の仕上げを急いだ。湯気の中で、悠はほんの一瞬だけ、強く何かを見た。結菜の瞳の奥に、過去の別れの光景が走った。誰かが去る背中、手紙、しなびた約束。悠の胸が引き裂かれるような痛みを覚えた。彼は知りたくなかった。

知りたいという衝動。その欲求はいつも彼を破滅に追い込んだ。今回は違う。彼は手を止め、深呼吸をした。熱い蒸気が喉を通り、鼻の奥を刺激する。結菜はその間、彼の目を静かに見ていた。彼女の唇が少し震えた。

「悠、見た? 私、怖い。でも、自分でわかってるんだ。だから誰かに決められたくない」

彼女の言葉は、彼を救う合図のようだった。悠は膝の上に置いた陶器皿を少し押し込む。器の縁に、自分たちの指がこすり出す模様が残った。それは偶然の痕で、二人の動きが重なった結果だ。悠はそれをそっと抱え、目を閉じた。奥の方で、薄い光の帯がうねり、結菜の不安と希望が交差する。悠はそれを「読む」のではなく、ただ感じた。ラベルを貼らないように自分に約束をする。

完成と同時に、誰かが肩を叩いた。評札会の若い男が器を覗き込み、眉を上げた。「おや、これは凝ってますね。二人で作るとはなかなか。点数は……高くなるかも」彼はちらりと結菜を見て、ふるまいの取引を匂わせるように笑った。

その夜は奇跡が起きなかった。評札会は淡々と点数を配り、通りの隅の電飾が増えると共に、評価の順位は細く紙に印刷された。だが翌朝、衝撃の情報が一枚の張り紙となって各屋台の前に貼られた。評札会の古びたロゴと共に、太い文字が踊っている。

「評札会より告知:明日正午、カップルデー