駅前の花屋で不器用な先輩後輩は卒業までに仲直りする

駅前の花屋で不器用な先輩後輩は卒業までに仲直りする 第8話「第7章」

朝の光が、駅前の花屋「花暦」のショーウィンドウを斜めに貫いた。水引きの赤が光を受けて艶めき、鉢物の葉の淵に朝露のような小さな粒が残る。高瀬航はエプロンの胸ポケットに手を突っ込んだまま、茎を一本ずつ確かめるように摘んでいく。宮下日和はカウンター越しにリボンを広げ、そっと指先で触れていた。二人の間に、慣れていないけれど丁寧な静けさがあった。

朝の光が、駅前の花屋「花暦」のショーウィンドウを斜めに貫いた。水引きの赤が光を受けて艶めき、鉢物の葉の淵に朝露のような小さな粒が残る。高瀬航はエプロンの胸ポケットに手を突っ込んだまま、茎を一本ずつ確かめるように摘んでいく。宮下日和はカウンター越しにリボンを広げ、そっと指先で触れていた。二人の間に、慣れていないけれど丁寧な静けさがあった。

「このオーダー、少数精鋭でいくって店長からだってさ」と、早川翼が手に持ったメモを差し出す。翼の声は相変わらず軽いが、目は真剣だ。店長・園田君江は厨房の近くで湯気を見つめながら頷いた。「いつもの量を減らして、選りすぐりだけ。今日の依頼は、教員への手渡し用。余計な派手さは要らないわ」

依頼主は、地域の小さな学童保育からだった。卒園式で渡す「ありがとう」の花束を、量よりも込め方で届けたいという。航と日和は、二人で最後のまとめをすることになっている。共同制作の条件は彼らのルールだ。二人がそれぞれ一手ずつを担い、最後に同じ手で結ぶ――そうして出来上がったものだけに、航が見る「痕跡」が宿る。航は自分の能力をまだ言葉にしていないけれど、日和との共同作業でだけ、花束に痕跡が残ることは知っている。

「茎の向き、もう一度だけ合わせるよ」と航が差し出したのは、淡い黄のカーネーション。日和は小さく息を吐いて、それを受け取る。静かな呼吸が二つ、重なったところで、リボンの端が二人の指の間から滑り、結び目ができた。結び目が固まる瞬間、航にはいつもの薄い、翳のような光が見えた。花びらの内側を、ほんの一瞬だけ別の色が横切る。赤でも青でもない、手紙の折り目のような温度。

「見える?」日和が小声で訊く。航は目を瞬かせて頷いた。声に出すと消えるかもしれないから、その問いはいつも簡潔だ。

「うん。優しい。……あと、少し謝ってるような、でも落ち着いてる」

それが正確な解釈かはわからない。航は解釈に頼りすぎると駄目になることを、薄く焼けた過去の経験が教えていた。けれど、今日の静けさと手の温度を確かめたかった。だから言葉を選んで付け足した。「でも、決めつけるほどはっきりは見えない。急いだら壊れるから、ゆっくり最後までいこう」

店の裏口から常連の桜井誠が入ってきた。手には古い新聞の切り抜きを持っている。誠は地域の図書館でボランティアをしている、年配の常連だ。顔に憂いが混じっていた。

「高瀬君、宮下君、ちょっといいかね」と誠が言い、ポケットから折り畳んだ紙を開いた。そこには、スマホの画面を撮ったような画像がプリントされていた。見出しは黒々と大きく、「過去の失敗、再燃——駅前の花屋が『評価』に晒される」とあった。下の段落には、定かでない噂がいくつも並べられている。文体は刺激的で、事実よりも読者の感情を煽る言葉で構成されていた。

店内の空気が、瞬時に冷えた。二人は顔を見合わせ、時間の針が一コマ戻るような気分になる。

「これ、校内の配信だって。望月って子が書いたらしい」と誠が付け加える。望月拓也――学生編集部の名前に、日和の眉がぴくりと動いた。望月はよく目立つ記事を出すタイプで、噂を切り取るのが得意だと店の中でも話題になっていた。

「写真まで使ってる……これ、ひどいな」園田が低く唾を飲む。彼女の手は洗い桶に触れたまま止まっている。日和の胸の奥で、何かが薄くひりついた。彼女は航の手に触れ、力を探るように握った。二人の指が触れ合ったとき、さっきの薄い光がまた、花びらの内側でちらついた。

「今回だけは、先に説明を出すべきかもしれない」と航が言った。彼の言葉はいつもより鋭かった。顔には、怒りというより焦りが乗っている。

「待って」と日和がその言葉を止める。「決めつけないで。前もそうだったでしょ、見えたものを『こういう意味だ』って断言して。あのときと同じにしないで」

日和の声は、静かに震えていた。航は咳き込んだように笑い、手をひらりと振った。「わかってる。今回は証明が必要だ。だけど、うちがやるべきは騒ぎに乗ることじゃない。真摯に、きちんと、作ることで示したいんだ」

その瞬間、常連の若い女性、金子まゆが前に出た。彼女は地域の卒業生で、こういう配慮のある贈り物を得意としている。「私たちが出ますよ。記事なんかに惑わされないって、みんなに見せればいい。花暦がただ噂に飲まれるわけにはいかない」

金子の言葉に、店の隅々から小さな承諾が芽生えた。早川も桜井も、園田も、そして何人かの常連も、自分の意思で手を上げた。温かい集合写真のような、活気と静けさが同時にそこにあった。航は胸の中に広がる希望と同時に、底の方にある重さを感じていた。これを救うには、単に人数を増やすだけでは足りない。共同制作の中心に、日和と自分がいることが不可欠だった。

「じゃあ、やろう」航が決めた。彼の口調には決意が乗っていた。「小さく、丁寧に。うちの信用は、うちの作り方で返す」

みんなで手分けして作業が始まった。通りのざわめきや自転車のベルが窓の外で鳴り、店内には土の匂いと花弁の甘さが満ちる。航は束ねる役をし、日和はリボンとメッセージカードを整える。二人が同じ手で最後の結びをする段取りを守りながら、他の人々がそれぞれの工程を埋めていく。誰かが花瓶を拭き、誰かが包装紙を切り、誰かが花首を揃える。やがて、一つの列をなして、いくつもの小さな贈り物が出来上がっていく。

だが、時間は厳しかった。学童の希望する受け渡し時間が迫っている。望月の記事はすでに校内で拡散しており、保護者の中にも不安の声が上がり始めていた。店は焦りを振り払おうとしたが、焦りは作業の隙間に入り込みやすい。

「次の二つは俺がまとめる。航、日和、最後は必ず二人でね」園田が指示を飛ばす。二人は頷いた。だが、締め切りの針が窓の外でガタゴトと音を立てるにつれ、手は慌てだす。花を束ねる角度が少しずつずれ、リボンの引き加減が一定でなくなる。誰かが声をかければ、それは良い刺激になるはずだったが、今は声が重なり合って落ち着かないテンポを作り出していた。

「急げばいける、いけるよ!」早川が声を張る。彼は腕を伸ばして最後の束を渡してくる。航は無理を承知で受け取った。日和も同時にリボンを引く。二人の手が同時に動いた、その瞬間――結び目が滑った。花束が一つ、重力に引かれて横に崩れる。茎の先端が床に当たり、水しぶきが小さく飛んだ。

「あっ」部屋中が一瞬で静まる。日和の手からリボンが滑り落ち、指先にざらりとした感触が残る。航は慌てて花を抱え上げるが、形は崩れていた。急いで補修しようとしたその行為が、共同制作を壊してしまったのだ。

「ごめん、待って」日和は目に小さな涙が溜まっているのを必死に隠す。航は舌打ちをして、深く息を吸った。焦りが自分たちの手を乱し、力が入った。そのときだ――航の視界が急にぼやけた。花束に宿るはずの痕跡が、いつもより薄く、擬態のように消えていく。

「見えない……」航が囁く。日和は顔を上げ、航の目を覗き込んだ。いつもの薄い光が、今は掠れている。二人で作ったはずの束に、わずかな痕跡しか残らない。

「決めつけた?」日和の問いは鋭い。航は首を振る。だけど、心のどこかで彼は「こ