駅前の花屋で不器用な先輩後輩は卒業までに仲直りする

駅前の花屋で不器用な先輩後輩は卒業までに仲直りする 第6話「第5章」

朝の光がショーウィンドウのガラスを薄く擦り、駅前の通りに人影が増え始めた。花市の鈴がひとつ鳴って、店内に湿った土と水の匂いが広がる。橘真琴(たちばな・まこと)は、手首に残る水滴をティッシュで拭いながら電話を片手に店の奥を往復していた。声は訛りもなく、しかしどこか勝負に焦った響きがあった。

朝の光がショーウィンドウのガラスを薄く擦り、駅前の通りに人影が増え始めた。花市の鈴がひとつ鳴って、店内に湿った土と水の匂いが広がる。橘真琴(たちばな・まこと)は、手首に残る水滴をティッシュで拭いながら電話を片手に店の奥を往復していた。声は訛りもなく、しかしどこか勝負に焦った響きがあった。

「はい、はい。承知しました。午前中に三百束……ええ、できるだけ。はい、ありがとうございます」

受話器を置いて、橘は深く息を吐いた。テーブルの上には、もう束ねられたリボンの山と、未処理のバラの段ボールが二つ。隣で宮田透(みやた・とおる)が茎の先を切りそろえ、指先を白くしている。宮田はまだ学生帽の跡が残る顔で、早朝の眠気を引きずっているようだったが、目は真剣だった。

「三百束って……今日だけって書いてある。卒業式の校関係だよね?」宮田が声を潜める。低くても確かな声だ。

「そう。大学側の大量注文。式場に配るやつ。断れない契約らしい」橘は肩を回してみせた。「でも、どう回すかは私たち次第だ。機械で切って、包装ラインでまとめる。効率優先。アルバイトを増やせば間に合う」

宮田は茎をこするようにして立ち上がった。彼の手は花粉で黄色くなっている。「でも、卒業式の花って、本人たちのことを表すものになるんじゃないですか。急ごうとすると、それぞれに残せる『何か』が消えちゃう気がする」

「『何か』って?」橘は短く笑った。だがその笑いは固く、どこか脆い。

彼らにしかわからない、共同制作が残す痕跡のことを宮田は言っていた。二人で同じ手順で花を結ぶと、茎の根元に微かな色の帯が浮かぶ。それは他の誰にも見えないけれど、彼らには触れるようにわかる。励ましの青、謝罪の淡紅、ありがとうの黄。だがそれを「これだ」と決めつけると、帯はいとも簡単に消えてしまう。そうして二人はこれまで、言葉にしないまま互いの手の動きで調整してきた。

「注文は同じ形で、同じ色で、同じリボン……って書いてある」橘は説明書きに目を落とす。「外部の検査が入るから、ばらつきは許されない。均質に作れって。学校側がそう望んでる」

「均質に作ることと、手を抜くことは違う」宮田は小さく首を振る。彼は今日、個別に一束だけ頼まれたブーケの受け取り手の顔を思い出していた。予約用紙の片隅に、手書きで「彼女に謝りたい」と書いてある。小さな文字。誰かが真剣に、花に気持ちを託そうとしている。

「じゃあどうする?」橘は手を広げた。「二つのやり方しかない。効率重視でライン化するか、質を守るために数を減らすか。どっちかだ。家賃は待ってくれない」

音が重なった。店の裏手から、ガサガサとビニールを引き裂く音。機械的な剪定機の電源が入ると、甲高いモーター音が店の空気を切り裂いた。橘は機械の前に立ち、ハンドルを握る。彼女の顔は固かった。宮田はためらいながらも、その横に立った。

「一緒にやるんだろ? 手順はちゃんと守る。でなきゃ、せっかくの注文が全部無駄になる」

二人は同時に茎をホルダーに差し込んだ。機械の刃が一斉に走り、茎は均一な長さに揃えられる。刃の振動が指先に響き、切られた植物の香りが一瞬、強く鼻孔を刺した。ライン作業は確かに速い。床に次々と花束の粗い芯が積み上がる。橘はテープを回して一つひとつを留め、宮田はリボンを数回巻いて、次へと送る。

だが、二人が心に留めていた細やかな動作――茎を撫でるように高さを合わせる、花びらを指で整える、やわらかい声で宛先の想いを口にする瞬間――が機械のリズムに飲み込まれていく。作業は機械的になり、手の動きは精巧さを失った。

「これじゃ……」宮田の声が、機械音の向こうでかき消されそうになる。「帯が出ない。色が出ない」

確かに、いくつかの束の根元にしか見えなかった薄い光帯は、いつの間にか薄れていた。橘はそれに気づき、手を止めた。目の前の一つの束を摘んで、指で帯を探す。通常なら、二人の手が重なった瞬間に、茎のすぐ下に光の筋が現れるはずだ。だが今は、何も残らない。白っぽい茎だけが冷たく映る。

「急ぎすぎると、花は枯れる」宮田が言った。「急ぐ『心』が花を壊すんだよ」

橘は口を固く閉じた。彼女はいつも──特に人に断れない性格のせいで──受注を引き受けてしまう。だが彼女にはもう一つの恐れがあった。店を潰すわけにはいかない。誰かの生活を守るために、この店は稼がなければならない。均質に作れば雇用を続けられる。そうして自分は、目の前にいる宮田と、頼ってくれる客たちの間で揺れていた。

「ほら、こっちに回して。リボンは統一の色で」裏口から中年の店員・小林が叫ぶ。彼は店の帳簿を片手に、時計を睨んでいる。橘は小林の視線を気にして、ため息をついた。

「いい、ラインでいこう」橘が決めた声は、自分でも驚くほど冷たかった。「品質は落とさない。手順だけ守れば同じ見た目になる」

宮田は手を止めたまま、その短い命令を聞いた。彼の胸に何かが沈む。ふと、店の入り口に立っていた窓越しの影が目に入った。そこに立つのは、大学側の式典担当らしい若い女事務員だった。彼女は注文書を胸に抱え、顔を赤らめながら店の中を覗いている。

「すみません。少しお時間いいですか?」彼女が店に入ると、香りがいっせいに二人に降りかかった。彼女の声には緊張と期待が入り混じっていた。「特別なお願いがあるんです。卒業生の一人が、式で渡すための『謝罪の花』を頼みたいって……」

その瞬間、橘の手がまた止まった。空気が変わる。機械音も、店内のサインボードも、すべてが遠のいていくようだった。宮田は呼吸を詰め、茎を握りしめた。

「詳しく聞かせてください」橘は静かに言った。だが彼女の目は、ライン作業で削られてしまった光帯の残りを追っていた。今やらなければならないのは、均一の束を三百束作ることか、それとも一つの特別な花束に時間をかけることか──その選択は、今日の店の収入だけでなく、二人が信じてきた制作のあり方そのものに関わる。

女事務員は謝るように笑って、紙を差し出した。そこには、細い文字で「個別ブーケ一束(式用) 手渡しで受け取り希望」と書かれている。さらに小さく、だがはっきりと、「彼女に謝りたい、と言っています」と添えられていた。

橘は紙を見つめながら、手の中で茎をいくつか握った。機械が今にも動き出し、三百束分の時間が砂時計のように落ちていく。小林は腕組みをし、時計の針を何度も見た。宮田は一歩前に出る。

「……これを作る。代わりに、他の束は数を減らすか、納期をずらすように頼む」橘の声は穏やかだったが、その決意は固かった。店の利益と、個人の声。その両方を守る方法は一つじゃない。だが、今日、橘が選んだのは――

「この一束を丁寧に作る」宮田が言った。「二人で最後まで手を動かして、誰にも『これだ』って決めつけさせない。急がないで、だけど伝わるように残す。もしそれができないなら、僕はその束を作らない」

店の空気が一瞬、震えた。女事務員の目が和らぐ。小林が唸る。橘は茎を優しくテーブルに置き、宮田の顔を見た。彼女の胸の奥に、小さな光が戻るのを感じた。選んだことよりも、選んだ理由が胸を満たす。

「分かった」橘はうなずいた。「三