駅前の花屋で不器用な先輩後輩は卒業までに仲直りする

駅前の花屋で不器用な先輩後輩は卒業までに仲直りする 第5話「第4章」

夜風が駅前の通りをさらい、花屋のガラスに向かって月灯りが薄い筋を描いていた。松下陽子は裏で栽培棚を整理しながら、カウンターに立つ二人の背中を見ていた。桐谷蒼(きりたに あお)は、長い梯子の上で宣伝用の小さな立て札に手を伸ばしていた。白石結(しらいし ゆい)はその下で、黙ってリボンを結んでいる。二人の距離は、昔のように近くはないが、店の中では特別に近づけるものだった。

夜風が駅前の通りをさらい、花屋のガラスに向かって月灯りが薄い筋を描いていた。松下陽子は裏で栽培棚を整理しながら、カウンターに立つ二人の背中を見ていた。桐谷蒼(きりたに あお)は、長い梯子の上で宣伝用の小さな立て札に手を伸ばしていた。白石結(しらいし ゆい)はその下で、黙ってリボンを結んでいる。二人の距離は、昔のように近くはないが、店の中では特別に近づけるものだった。

「もう少し右、そこだ」桐谷は声をかける。声にはいつものような手探りが混じっていた。リボンの端が指に触れ、紙やすりのような感触が残る。白石は小さく頷き、指先の力を微妙に変えた。結び目が整うと、二人の手が一瞬同じ場所に触れた。

その瞬間、二つの生気が同じ器に刻まれるような感覚が、桐谷の胸を通り抜けた。花の匂いが強くなる。彼には、白石の閉じられていた言葉がひとかけら、温度として伝わった。謝りたい、という湿った温度。白石の方には、桐谷の恐れが低く振動する。それは言葉ではなく、手の裏に残る波紋のようにしか掴めなかった。

「……今の、なんか変だったな」白石が息を吐く。いつものぶっきらぼうさとは違う声。桐谷は顔を背け、梯子から降りるとぎこちなく笑った。「いや、気のせいだ」

松下はカウンターからそっとティーカップを持ち上げ、二人に目くばせをした。花屋の小さな灯りの下で、ふたりの共同作業はいつもと違う種類の静けさを生んだ。二人が同じ意図で作ったブーケは、店の棚の一角に置かれた。芍薬が中心で、淡いピンクと黄の差し色が入っている。タグはまだ付けていない。二人で作った、という証拠にするにはまだ少し恥ずかしかったからだ。

「これでいいのか?」白石が言う。声は小さかったが確かだった。

「うん」桐谷は答えた。言葉少なに、二人は互いを見た。どちらも、言葉よりも先に指先の余韻を信じていた。

そのとき、扉ベルがチャリンと鳴った。外から入ってきたのは、学校の生徒会カラーのジャケットを着た男だった。大山遼(おおやま りょう)。彼は学生会の広報担当で、顔つきに仕事の焦りが出ていた。彼の手にはコンパクトなファイルがあり、その角が夜の灯りに反射していた。

「松下さん、すみません、少しだけ時間いいですか?」彼の声はいつもより丁寧だったが、その裏の急ぎは隠せない。松下は顔を上げ、傾げる。桐谷と白石も顔を向ける。客が入ると店内の空気が一瞬はねる。

大山は一歩進み、ファイルを開いた。そこには写真が挟まれている。駅前商店街のほかの店が学校の『公式ウィンドウ』として取り上げられている一覧だ。写真の一枚には別の花屋のブーケが載っていて、コメント欄には「投票で地域代表に!」と赤く書かれていた。

「学校が、駅前の店を使って来年度のプロモーションをすることになりました。地域連携、ってやつです。……松下さんの店にも、ぜひ参加してほしいんです。生徒たちが作ったアレンジを週替わりで掲載して、学校公式のSNSで紹介する。外向けのイメージを上げれば、進学率や研究補助金の評価にも繋がるって、校長先生が強く言ってます」

松下の顔に影が落ちる。彼女は店の前の通りを見た。そこは夜でも誰かが横切る場所だった。外からの視線が、いつもより重く思える。

「掲載するだけであれば……」松下が言いかけると、大山は間髪入れずに続けた。「ただ、せっかくなら生徒の名前を出して参加を呼びかけたいんです。『生徒作成・桐谷蒼作』とか。地域の人たちも関心を持ちやすいので。松下さんの店も注目されますし、いい宣伝になりますよ」

桐谷の心臓がぎくりと鳴った。名前を出す――それは、彼が一番恐れていたことだった。白石はその提案を聞いて、眉を上げる。目の端にわずかな興奮が光った。彼女は自分の内側の温度を、前より少し大きく感じていたからだ。

「でも、写真には日付と制作者の名前が入ります。学校側のアカウントで投票やいいね数が表示されれば、噂が生まれます。生徒の個人的なつながりが、評価や話題の材料になりやすいんです」大山は言葉を選ぶ。彼の声には焦りと、言い訳が混ざっている。「校長からは、早急に結果を出せって。地区の学校統廃合の噂があって、上からプレッシャーがあるんです。僕にも、……妹がこの学校の奨学金を受けてるんです。今、ここで学校のイメージを上げられれば、妹のためにもいい。だから頼むんです」

その告白に、店の空気がひどく湿った。大山の言葉は、敵意ではなく追い詰められた事情を示していた。それが、桐谷の中で何かをしぼらせる。彼は自分の恐れと、大山の必死さが同じ空気に混じるのを感じた。

「私たち、これに参加してもいいの?」白石が訊く。指はまだブーケの布の端を弄っている。

「うちとしては構わないけど……」松下は声を落とす。「でも、写真や表示に誰の関係性を材料にするのは、いろんな意味で危ないわよ。店としても、学生のプライバシーは守りたい」

「それなら、作ってもらった作品を匿名で出すこともできます」大山が言う。「ただ、匿名だと票が集まりにくい。宣伝効果が半減するんです。……桐谷さん、白石さん。二人で作ったって、名前を出してもらえませんか?」

桐谷は白石の顔を見た。白石の目には、さっきの温度がまだ残っている。彼女は唇を噛んだ。「……私、映るのは怖くない」そう言うと、白石は少しだけ微笑んだ。その笑顔は、緊張で細いものだったが、確かな意思がある。

桐谷の手が震えた。指の震えは、梯子から落ちそうになった時の恐怖に似ていた。彼は心の中で秤を動かした。店を守ること、二人の関係を守ること、そして白石の望みを叶えること。どれも正しく、どれも相反して見えた。

「じゃあ、今週分にしよう。今晩、窓に飾って写真を撮る」大山は手早い。誰も反対する間を与えない。彼はファイルから用紙を取り出し、参加同意書のようなものに言葉だけを走らせる。「明日の朝、学校のアカウントで投稿します。可能なら、二人の簡単なコメントを一文ください。短いやつでいいです」

松下はカウンターから小さく溜息をついた。「分かったわ。今晩は展示してみましょう。ただし、あなた、写真をどう扱うかは私も監視するからね」

大山は軽く頭を下げ、緊張の混じった笑みを浮かべた。「ありがとうございます。松下さん、本当に。桐谷さん、白石さん、よろしくお願いします」

彼が店を出ると、通りの向こう側にあるベンチから電車の灯りが流れ、遠くでアナウンスが鳴った。二人は互いに顔を見合わせ、そしてブーケを窓際の台に丁寧に置いた。タグは今度こそ、小さな手書きの紙に「桐谷蒼・白石結」とだけ書かれた。

ブーケが窓の光を受けると、店内の光がその影を壁に柔らかく落とした。二人はその影に、自分たちの気持ちが宿っているように感じた。共同で作った物は、いつものように彼らの断片を抱えていた。桐谷は白石の目を見ると、言葉を探しながらそっと手を伸ばした。

「……ありがとう、今日は」彼が言う。声は小さく、しかし確かだった。

白石はすぐには返事をしなかった。指先でブーケの茎を軽く押してみる。指先に冷たい水の感触—それは彼女が押し殺していた不安の一つだった。だが、彼女は残った余韻を見せないように、ただ笑った。「別に、何も。手伝った