星見寮で幼なじみの編集者は一通の手紙を追いかける

星見寮で幼なじみの編集者は一通の手紙を追いかける 第16話「第14章」

屋上の風は、秋の夜の冷たさを帯びていた。星見寮の鉄柵が手荒に震え、遠くの街灯が寮の壁に長い影を落とす。漣は手袋をしていたにもかかわらず、指先の感覚が薄れていくのを感じた。胸の内の緊張が、呼吸のたび少しずつ喉へ詰まっていく。

屋上の風は、秋の夜の冷たさを帯びていた。星見寮の鉄柵が手荒に震え、遠くの街灯が寮の壁に長い影を落とす。漣は手袋をしていたにもかかわらず、指先の感覚が薄れていくのを感じた。胸の内の緊張が、呼吸のたび少しずつ喉へ詰まっていく。

「ここに来てくれてありがとう、漣」

遥がぽつりと言った。彼女は夜風の中でもふわりとしたセーターを着ていて、目は既に決意で固まっているように見えた。遥は寮の外、評価導入に関わった古い研究所の一族の一員だと、この数日で明かしていた。だが今は、それ以上の言葉はいらなかった。周囲には真琴、紗夜、美咲が並び、全員が漣を見ている。

漣は息を吐いた。手の中に、昔の木製の箱を抱えていた。表面は色あせ、角は削れている。子どものころに二人で彫った落書きが、鉛筆の跡になって残っている――彼と、もう一人。

「これは……?」紗夜が指先で箱の縁に触れる。木の匂いが鼻をくすぐる。接着剤の甘い匂い、昔の消しゴムの粉の混じった匂い。漣はそれをそっと開けた。中には薄い録音テープと、しわくちゃになった紙片があった。紙には小さな手の字で「さよならって言わないでね」と書かれている。文字はにじんで、どの方向からも読み取れるものではなかった。

「これは、俺が……」漣の声は震えた。屋上の空気が更に冷たく鋭くなる。子どものころの記憶が、急にもどってきた。小学校の放課後、雨の後の体育倉庫の裏でふたりは木の箱を作った。共同でつくったものには、相手の気持ちの痕跡が残る――漣が自覚する能力は、そのときからじわりと在った。だが、その奇跡はいつも曖昧さをともなった。決めつければ消える。急げば壊れる。

「俺は、あの時――彼女が進路を決めかねていたのを知って、箱に残った痕跡を頼りに、無理やり選ばせた。正確に言えば、選択肢を二つには絞らせてしまったんだ」漣は箱の中の紙を指でなぞった。紙の端が指先にしっとりと吸い付くようだ。

真琴が顔をしかめた。「無理やりって、どういうことだよ。漣、お前は人の気持ちを“読む”ことができると言った。だけど読むだけでなく、仕向けたのか?」

漣は喉を鳴らした。頭の中で、あの日の映像が小刻みにフラッシュする。子どもたちの手、ボンドの白い糸、二人の笑い声。そして最後に、相手の目に浮かんだ微かな恐怖。漣は、その恐怖を押し流すために、小さな嘘と偶然を積み重ねた。ほんの少しの情報と、何度かの話題の置き方で、選択肢を狭めた。相手は去った。漣は成功と胸を撫で下ろしたはずだった。だが今、その箱を見ていると、成功と呼べるものではなかった。

「それが、今の評価制度と同じ根っこなんだ」遥が静かに言った。言葉は屋上の風に飲まれながら、しかし確かな重さを持って届いた。「人の感情を、指標に落とし込んでしまうこと。誰かの選択を“便利な数”に変えてしまうこと。あなたがしたことも、うちの家がしたことも、似ている。」

美咲が唇を噛んだ。「じゃあ、あなたのお祖父さんの仕事と、漣の行為は――」

「同じとは言わない。でも根っこは近い。」遥は箱の録音テープを取り出し、ポケットから小さなテープレコーダーを出した。ふたを開け、ボタンを押すと、昔の風景がざらついたノイズと共に流れ出した。小さな声で二人が笑っている。漣の少年の声、そしてもう一人のか細い声。言葉は断片的にしか残っていないが、二人が一緒にいることの確かな温度が、録音から伝わってきた。

「聞かせてくれて、ありがとう」紗夜が目を閉じる。皆が耳を傾ける。テープの最後に、遠慮がちな涙の咳払いが入っていた。それを聞いて漣の手が小刻みに震えた。彼は自分がしたことの具体的な代償を見せられているようだった――あのとき、相手の自由を奪ってしまったという事実が、胸に石のように沈んだ。

「どうして今になって……」真琴が声を荒げる。怒りは寮と制度に向いていたはずなのに、今は目の前の幼なじみへ向かった。「俺たちはお前が特殊な力を持ってるって知ってる。でも、それで人の道を曲げる——お前は編集者だろ? 物語を導く術を知ってるはずだ。なんでそれを、現実で」

漣は顎を引き、言い訳を探した。言葉は簡単に見つからない。能力を使ったときの感覚をどう説明すればいいのか。痕跡は手がかりに過ぎず、それをどう扱うかは常に選択の問題だった。漣は選んだ。そう、彼が選んだのだ。誰かの進路を「修正」することを。

「逃げてた」漣は低く言った。「それが一番の理由だ。失うのが怖くて、選ばせたくなかった。結果的に、その人の人生の一部を奪った。今でも心に刺さってる。だから、評価導入の話が出たときに、目を伏せてしまった。制度だと外に責任を押しやれば、自分の罪を見なくてすむと思ったんだ。」

遥の瞳が、星見寮の暗がりにじっと光った。「でも見たでしょ。制度がどれだけ個人の選択をすり減らすか。私も家族も、それに気づいて離れたいと思った人間がいただけ。だけど、逃げられない人たちもいる。だから、あなたの罪も、うちの罪も、一緒に向き合わないと。やり直せないわけじゃない。」

漣は唇を噛んだ。向き合う――その言葉は重い。だが同時に、胸のどこかが少し軽くなるのを感じた。懺悔は、ただの自己否定ではない。罰を受け入れて、それでもこれからどうするかを定めることだった。

「どう償うべきか、俺にはまだわからない」漣は正直に言った。「だけど、もう誰かの選択を裏から決めるような真似はしない。代わりに、共同で作ることを信じる。急がずに、時間をかけて、共同制作を続けていく。もし壊れるなら、壊れた分だけ直す。俺は――俺はその責任を取る。」

美咲が彼の肩に手を置いた。「それって、うちのやり方と似てる。壊すんじゃなくて、皆で直す。制度を壊すだけじゃなくて、参加する仕組みに変えるの。」

そのとき、遥がポケットから小さな封筒を取り出した。茶色い封筒は古びていて、宛名は薄く書かれている。封筒の裏には、かつて星見寮で使われていた印章の跡がついていた。印は、評価導入の記録と同じ様式だ。誰かが記録を残すために使ったものだと誰もがわかった。

「これを見つけたのは昨日。倉庫の古いファイルの間に挟まってた」遥の声にむかつきと悲しみが混じっている。「中には、あの手紙のコピーがあった。原本ではないかもしれないけど、差出人の名前と発送日時が書かれている。場所は、学院本部のアーカイブ――普通の入手経路じゃアクセスできない場所よ。」

テープの余韻が屋上にまだ残っている。漣は封筒を静かに受け取り、指先で封を撫でた。封緘の感触はぎこちなく、紙の凹凸が記憶を強制する。彼が追ってきた一本の線が、ついに制度の中心へと繋がっている。だがその入口は、彼一人の力では開けられない。仲間の手がいる。遥の情報がいる。寮の住人たちの意志がいる。

「明日、アーカイブに入るのか?」真琴が問いただす。夜風が一つの質問として屋上をひとしずく冷たくした。

遥は静かにうなずいた。「はい。だけど、ただ取りに行くだけじゃ意味がない。もしそこで手紙の原本を見つけたら、それが何を示すか、誰の選択を背負っているかを、皆で確認しなければならない。あなたが一人で責任を取るって言ってくれたけど、私たちも主体的に参加する。逃げるんじゃなくて